あたしにしときなよ

三郎

第1話

 それは、年の終わりが近づき始めた12月半ばのこと。私——田中たなか彩子あやこは、予約していた誕生日ケーキを受け取り、彼氏のたっくんの家に向かっていた。その日は彼の誕生日だった。


「たっくん、喜んでくれるかなぁ」


 驚かせようと思い、彼には連絡を入れずに、喜ぶ顔を想像しながら向かっていると——


「……えっ」


 彼の家から女性が出てくるのが見えた。


「送って行くよ。リカ」


 その後に続いて彼が出てくる。目が合う。指先から力が抜け、誕生日ケーキは床に落ちた。


「ねぇたっくん、早く車開けてよー」


「……あぁ、ごめん。今開ける。はい。どうぞ」


 彼は何も言わずに、女性を車に乗せて去って行った。


「うわぁ……大丈夫ですか? お姉さ——って、彩じゃん! ちょっと! 何!? もしかして今の彼氏!?」


「……美波みなみぃ……誰よあの女……」


「いや、知らんけど、どう見ても浮気相——「やだぁ!それ以上言わないでぇ!」ごめん。と、とりあえずほら、おいで。こんなところで突っ立ってたら危ないから」


 たまたま通りかかった友人の美波に連れられて、私はそのまま彼女の家へ向かった。


 しばらく泣いて、落ち着いた頃に彼の方から電話がかかってきた。彼は浮気したことを素直に認めたが「最近お前太って魅力無くなってきたから」と開き直った。ショックで何も言えなくなる私の代わりに、隣で聞いていた美波が怒鳴った。


「あぁ!? ふざけんじゃねぇぞてめぇ! 女の子泣かせて何開き直ってんだこのクズ!」


 すると電話は切られ、着信拒否にまでされてしまった。


「くそっ。なんだあのクズ……ぽっちゃりしてても彩は可愛いだろうが!」


「……太ってることは否定しないんだ」


「あっ……ごめん彩……」


「……いいの。事実だし。……私も最近太ってきたなぁって、思ってたし。……見ないふりしてたけど」


 彼氏には捨てられ、彼のために買ったケーキは落としてぐちゃぐちゃになってしまった。


「……ケーキ、もったいないから食って良い?」


「けど……ぐちゃぐちゃだよ」


「良いよ。食おうよ。やけ食い」


「……私はいい。これ以上太りたくない」


「……そっか。なら、あたしが一人で食うね」


 そう言って彼女はぐちゃぐちゃになってしまったケーキを一人で食べ始めた。食べながら、彼女は何故か泣き始めてしまう。


「なんで美波が泣くのよぉ……」


「ごめん……ケーキが美味しすぎて」


「……そこね、結構有名なお店なんだ」


「そうなんだ。通りで美味いわけだ。あんなクズに食わせるのは勿体無いね」


「……苺一粒だけ貰ってもいい?」


「うん。食べなよ。高かったんでしょ?ほら、あーん」


「……あーん」


 彼女の手から口に放り込まれたいちごは、いつもより酸っぱく感じた。

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