ロード・トゥ・アトランタ

「ジョージア州防衛軍44旅団か」

「そうであります。」

「他の隊員は何処にいる?」

「僕らで全員です将軍」

私はそれに驚愕した、残余三十五人となった旅団にではなく、忠勇の至情は実在することに。

-パットン退役元帥「連合戦史上巻」(1954年発刊)


アトランタへの道を進み始めた合衆国軍は攻勢数日で縦30キロ横24キロに戦線を食い破っていた。

突破口を切り開いた合衆国軍の攻撃力は凄まじく、前線州防衛軍二個旅団と正規軍一個師団を蹴散らし、アイゼンハウワーの遅滞戦術なんのそのと勇躍し攻めかかっている。


「まるでマナサスブル・ランだ、南北が逆転してるが・・・」


パットンですら南北戦争以来の致命的事態には面を食らうと言った状況だった。

だがここで事態が変化した。

南部連合陸軍の特殊作戦部隊SOGが後方の鉄道線への爆破工作、橋梁破壊に成功したのである。

占領地の急速な拡大は後方地域を管理する要員である州軍の不足を呼び、合衆国軍は訓練不足の兵士を、訓練期間の延長線上として後方警備に送る事になってしまっていた。

侵入した南部連合特殊作戦部隊はCSAコマンドーと呼ばれるイギリス式の特殊作戦訓練を受け、呉鎮守府101海軍特別陸戦隊に上陸作戦の教えを受けて育った者たちだった。

彼らは北部訛りの英語、フランス訛りのカナダ英語、そして本国式の英語などを巧みに使い分けれるため、正規軍の一線級部隊でも無い限り相手に出来るはずはないから当然だった。


深々と入り込んだ合衆国軍は兵站線の混乱を受けて進撃を鈍化させたが、すぐに計画を事態に合わせて修正させた。

破断した鉄道線から先の物資集積地や、他の部隊の燃料弾薬を融通したり再分配する事で攻撃部隊の兵站を作り直したのだ。

ロジティクスとストラテジーの層の厚さは1860年代から北軍のが上である、合衆国軍のシステムによる個人を否定した集合生命体らしい動きだった。


合衆国軍は戦線を再編し、シャーロットに立て篭もる連合国軍空挺部隊とジョージア州防衛軍44旅団及びバージニア州防衛軍551装甲偵察大隊を包囲撃滅し、戦線を直線化させようとした。

ブローイング・ロックからヒッコリー及びブラックマウンテンを制圧し、スパータン・バーグ及びグリーンビルへ彼らは進路を取る。

パットンはスタンレイに対し、増援としてこの地域に向かえと命じた。


「我々の部隊が一軍昇格ですか、嬉しい限り」


スタンレイは渋いツラを更に渋くさせた。

一軍昇格はスポーツ以外で嬉しい物であるはずが無い。


「対戦車自走砲などは手当たり次第そっちに回す」


スタンレイの言いたいことを察しているパットンはそう返し、スタンレイは有るにはあるのかと理解した。

問題はその対戦車自走砲とやらが、民間に払い下げられたトラクター用UEキャリアーに徴用して砲を乗せただけの代物ということだった。

37mm対戦車砲という主砲と呼ぶには可愛らし過ぎるモノしかない。

スタンレイはマチズモを信仰してない、信仰しているのはミナツキだけだ、だがそれにしても許容範囲や限度が他にある。

パットンもそこは理解してるのか、37mm榴弾の配給は多かった。

本当に欲しいのは76mm砲とそれのHEATやAPCRだが・・・。

それでもスタンレイには追伸で嬉しい知らせが入った。


「案外、人生の因果は巡るらしい。」


周波数表を受け取って、彼は自身のヘルメットをつけた。



合衆国陸軍ポトマック作戦集団の最前衛であるカーティス支隊を指揮するトマス・カーティス陸軍大佐は、その年季を感じる自身の頬を少し左手で撫でた。

本来なら退役願いを出していたのだが、申請を受け付けてくれそうに無い情勢である。

事実上双方とも第二次南北戦争北側は聖戦と呼び始めていたを本土決戦と認識しているのでそうした世情的な面から、あまり申請しづらい気がした。


「敵は散発的にですが、中隊から小隊規模の機甲部隊及び戦車駆逐車で攻撃を仕掛けてきています」


情報参謀の言葉に相手のやり方を憎らしく感じた。

押されれば引く、圧力をのらりくらりと交わす、そう言う将校を相手にすると非常に面倒だ。

装甲部隊なら押し切れば良いと思う者も多いが、そもそも装甲部隊の速度とはありとあらゆる方法で支援されているから出来るわけだ。

チーターの全速と大して変わらない。


「現在のところ派遣した二個増強捜索中隊は連絡を途絶しています」

「鏖殺されたか、戦車小隊もつけたから行けると思ったが」


そんな話をしているうちに3キロ前方から爆発音と砲声が聞こえた。

また襲撃されたか!と指揮車両のトラックから顔を出すと、どうやら地雷を踏んだようだった。


「"ハリネズミ"を前に出させて地雷原を処理させておけ!午後にはスパータン・バーグだ!」


カーティス陸軍大佐にとっては腹立たしい敵ではあるが、仕方ないとも理解出来た。

こんな搦手を使うしか無いということは敵はかなり厳しいらしい。



スパータン・バーグに進撃する合衆国陸軍に対して遅滞戦術を仕掛けるスタンレイは、午後13時に主抵抗線で全面的な交戦状態に入った。

基本的に戦力比が不利である為、遅滞戦闘で稼いだ時間で増強した即応の陣地化を活かし、適時後退を駆使している。

第一次から第二次線は街道を半包囲するように火力集中を叩き込み、あまり多く無い砲兵火力をフル活用して、敵の前衛を漸減した。

だが戦力比はどうしようもない、まして応急陣地、2時間しないうちに押され出す。


「事前の通り、統制線イエローまで後退。戦車部隊は前進し前線諸隊の後退を援護。」

「了解。戦車前へ。」

「予備陣地確認完了、予備隊の損耗は極々軽微です」


スタンレイの個人的見解だが、部隊損耗もだが戦闘時間は出来得る限り短くしたいと考えている。

破断限界点は練度×装備+戦闘時間=として計算式がある、この計算式にXファクター想定外は存在しないから全指揮官はこの計算式の計算値の解釈に悩み続ける。

この再編されたての部隊は信用ならない、正直なところ敵が勢いを落としているものの、それだけにここだけは取ると意固地になられては終わりが近い。


「そろそろ来るはずだが」


スタンレイは腕時計を見て、空を見上げた。

うっすらと何かが見えた、ついに来たらしい。



カーティス陸軍大佐は呆れ返った、連中、地上軍部隊相手に重爆撃機を持ち出しやがった。

連合国軍CSAF大規模対地攻撃部隊GAU、南部連合の虎の子である。

この連合国の切り札を持ち出させた事はそれだけ連合国総司令部は危機感を持っていたのと、航空部隊の同意を得やすかったのである。

それはスタンレイが現役を退くきっかけの国境紛争に際して航空攻撃により一挙に敵を蹴散らす事が可能と示した、つまり予算獲得に際してかなり"貸し"を感じていた。

ついでに言えば、ここで陸軍の危機を救う事は今後に大きな影響を及ぼすのも認識している。

攻勢部隊の前衛から6キロ後方部を一挙に焼き払う大規模爆撃は、適時折り返してくり返す様に執拗なローラー爆撃シフトで行われる。

前衛主力は無傷ではあるが後方の連隊司令部や連隊砲兵、輜重段列は全てぐちゃぐちゃになった。

この異例の航空攻撃は合衆国軍の制空権が限界まで伸びたせいで起こっていた。

これまでの戦いで想定以上の損耗が双方を削っていたが、防衛側の優位性、つまりレーダーによる奇襲が連合国側の損害をある程度減らしている。


「諦めてくれると良いんだが」


叶うはずがない望みだった、彼らにとって強烈な一撃はむしろ弱者の抱える攻撃性に容易く司令官達を変容させる。

そう言う司令官が行う命令は、大概犠牲をあまり考慮されない力戦となる。

初の国産単葉全金属戦闘機の系譜である<サンダーボルト>の試験生産型まで前線投入し、機銃掃射や200キロ爆弾の豪雨が降るとも彼らは攻撃中止を命令しなかった。

昼は爆撃を耐え凌ぎながら浸透して乱戦を狙い、夜になると果敢に合衆国軍の強襲が行われ、朝になれば再び戦闘機が地上掃射する中白刃戦闘。

このスパータン・バーグ防衛戦は、第二次南北戦争のパッシェンデールと度々言われた。

再編された友軍が敵側面を脅かし、遂に合衆国軍の指揮統制が破綻し、合衆国先遣集団が事実上消滅したからである。





戦後60年、未だこの街は遺骨と不発弾と金属汚染という戦争の遺物が取り憑いている。



カーティス作戦部隊が失敗したとはいえ全体的には合衆国陸軍は攻勢に満足出来る成果を感じていた。

恐らくあと2回か一回の大攻勢でアトランタを射程圏に収められる、そうなれば戦争はもうすぐ終わるだろうと言う至極妥当な判断だった。

だが東岸の戦線を押し切る一手が足りていなかった、強いて言うと東岸後方への上陸作戦となるがこれはもう使えない。

南部連合海軍の艦隊型空母が勇躍バミューダ近海を根拠地としながら大西洋を荒らして破壊活動を続けているのだ。


「通信傍受及び偵察情報によると、敵空母は英国国籍商船3を含めた9隻からなる油槽船・弾薬補給艦を連れて破壊活動を継続中。

現在までに30隻以上の対欧輸送船及び護衛艦を喪失しております。」


海軍作戦部の報告は地下バンカーの戦争指導部にとってかなりの胃痛を感じさせる言葉だった。

海軍の主力は手当たり次第に太平洋戦線にぶち込んでいる、本来なら南部連合相手に空母が2隻回せるはずだったのだが、ここにきてイギリスが不穏な動きを続け、さらに太平洋で日の丸か星かの総力戦で艦載機と人員が足りない。

最近イギリスはカナダにウェリントン爆撃機四個中隊を贈与し、RCAF王立カナダ航空軍はオタワ郊外作戦基地を拡張している、つまり五大湖工業地帯は射程圏に収められつつある。


「何とか敵空母をなんとかならんのか?」


大統領の疑問に海軍作戦部長は淡々と書類を提示した。


「敵空母<イリュージョン>自体は大した問題ではないのです、問題は作戦活動の自由さを敵が有していると言う事実であります。

 この作戦活動の自由さを提供しているのは間違いなくイギリスの援助であり、援南補給路を遮断するか、或いは敵を引っ込めさせる必要があるのですが・・・」


それが出来れば苦労はしない。

常に攻撃の利を敵は有している、南部連合大西洋方面派遣艦隊は内容は巡洋戦艦<ブキャナン>及び、軍縮により戦艦からの改装を受けた空母<イリュージョン>--改装されねば<ゼネラル・リー>だった--を主軸とする作戦部隊である。

作戦機は戦爆合わせて80機、これに偵察任務機等の水上艦載機を足して93機の航空部隊を有している有力な水上部隊である。

また、合衆国は把握してないが補給艦9隻のうちの1隻は水雷艇補給艦であり14隻の水雷艇が猟犬として野に放たれているわけである。


「空母を狩るには空母しかあるまい、機動部隊を回せないのか?」

「残念ながらこれまでの対日戦の戦訓を考慮する限り、航空攻撃は強烈な対空火力を有する敵部隊相手には損失のが大きいと判断せざるを得ません。特に英国製電探とそれに連動する対空火器類は極めて脅威と・・・」

「またライミーに悩まされる・・・」


海軍幕僚の意見は大統領にとってのなんらかに悪影響を及ぼしていた。

その悪影響は全員が理解し、全員が感染している。

"もしかしたらイギリスが仕掛けてくるんじゃ無いのか"。


だとすれば戦線を上手くたたむしか無い、じゃあどうする?何らかの強烈な一撃を見舞って戦果として和平。

だがそれができれば苦労はせんのだ!


「・・・大統領、<エイギル>級戦艦を使って良いなら良い案があります」


古今戦史に稀にみる暴論がぶち上げられ、ゴーサインが出た。

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