あらさがし

真実が戦争において最初に殺される。

-アイキュロス-


1941年7月7日


数日前捕虜が2〜30人ほど殺された、何らかの戦時法や国際法違反のクロ--例えば民間人への暴行--を働いたと言う訳では無い。

資料によれば一般的な合衆国軍の士官や下士官で、そのうち数人は負傷者を残置する事を決断出来ず投降した様な兵としてはやや甘い人間だった。

当初これは隠蔽されかけたが、スタンレイが幕僚達に「捕虜の証言の裏付けがいる」として仮収容所に向かわせた際に捕虜が叫んで暴露された。

犯人を探す事にあまり苦労しなかった、連合国陸軍憲兵隊が到着する前に、スタンレイは「出ないなら全員犯人という事にして全員銃殺にでもすれば良い」と脅迫染みた発言を本気で言っていた。

それで怯えた協力者の一部が自白し、真相は明らかになった。


「で、君たちはアレかね?連合国の理想とか大義とかの為に捕虜を成敗とかだったか、それをしたと」


スタンレイは看守3人、近隣の州防衛軍の兵士6人、連合国陸軍補給部隊兵士4人が中心である事を突き止めた。

補給部隊のメンバーが武器弾薬の一部の提供と遺体隠匿の協力、看守が囚人移送の協力、州防衛軍の兵士が主犯格という事らしい。

容疑者に現地で現状最高位の将官ゆえに、臨時で法廷を開く羽目になったスタンレイの内心は極めて不愉快であった。

犯行グループの主張と言えば下らない愛国心を都合の良い言い訳にしている上に、悪びれる様子もなければ、侮りすら有していた。

連合国中部戦線は睨み合いが続いているから平時の気分が抜けないらしく、法の加護があると思っているらしく、その癖戦時であるからどうせ減刑されるとタカを括っている。

ここまで阿呆ならいっそ幸福かもしれない、スタンレイはそんな感想を横に置いて、淡々と判決を出した。


「当軍事法廷は被告人全員に死刑を宣告する。

罪状は大量殺人、拷問、死体遺棄、国家への叛逆及び武器の不法所持更には軍の命令違反による抗命である。

絞首刑だ。速やかなる確実な死刑を宣告する」


略式裁判の全員が驚愕していた。

検察にあたる憲兵と、一応弁護人である軍法務官、ついでに証人の州防衛軍将校数名に筆記記録をしていたアイカも。


「ぐ、軍の法的には銃殺では・・・?」

「こんな奴らが軍人と思うか?きっと北のスパイか軍人とすり替わったイカれだよ、刑事犯程度の価値もない、ましてこいつらは軍服を着ずに犯罪を基地の外でやってるんだ、それを軍法で裁くのは難しい為一般的な刑法とする」


酷い屁理屈であった。

ただこれを否定する根拠が乏しく、犯人は自白し、しかも連合国陸軍や政府の中でも犯人を擁護する気もなかった。

一部のリベラリストは「恣意的解釈な気もする」とやや苦言を呈する程度で、軍部主流派の、すなわち野戦将校としての経験がある者達は判決を支持していた。

理由は簡単、こんな連中が軍人な訳ないだろという言葉に心底同意してたのだ。

極右派や超国家主義者、一部のファシストは黙りこくるしかなかった。


「メスの小鬼グークに色ボケた老害が」


犯人の一人が発した言葉は憲兵数人の背中を震わせた、この常に渋い面をした将校が非常に厳格であり、侮辱を許さない以上取り押さえる事になるからだ。

恐る恐る憲兵曹長がスタンレイを見た。

それは想像より恐ろしかった、地面で死につつある毛虫を見下ろしような目をしていたのだ、彼にとってもう彼らは生者の判定をされなかった、死霊と変わらぬものが何を言おうと知った事ではない。

既に死んだものの言葉を気にしないで良いことは、スタンレイにとって神学校で学んだ数少ない人生に役立つ良い事であった。


1941年7月9日


最早肉で出来た人形が吊し上げられ、風に揺られる音を後ろにスタンレイはキツく長い仕事を全て終えたあとの人間が良くする、無味乾燥と言った顔で煙草に火を灯すか少し思案していた。

もっと早くこうするべきだったのだと嫌気がしたのだ、決断が遅いんだよ、だから北軍のように元気よく前に出れないんじゃないか。

そして暫く思案した後、煙草を戻した。

ミナツキが煙草を好まないし、休暇で会った際それで怒られるのも嫌だった。

青い顔してる憲兵曹長に「やっぱ要らんからやる」と押し付け、再編された部隊を確認する。

M3リー戦車は16両、おおよそ増強中隊1.5くらい。

・・・定数を8割程度しか満たせて無い。

幸い上もそれを認識してるのか最新型の対戦車自走砲中隊2個を増強として回してくれた、主砲だけで言えばリーと同等クラスだし、航空機エンジン積んでるので早いのだが・・・装甲が薄い。


「これであの進出鬼没の連中止めろっていうんだから困るよなあ」


スタンレイは敵のやり口に正直なところ感動していた。

敵軍の後方を常に食い荒らすように動くが、欲はかかず、それでいて敵の逆襲部隊の初撃は叩いて足を鈍らせる。

惚れ惚れする動きだ、恐らく敵指揮官の生まれは騎兵科だったのだろう。

襲撃し、展開し、撤収する。

合衆国大陸派遣義勇軍はこの前ジトミルの抵抗線を食い破ってそのままキエフ市街地に突入し、続いてクリミアへ前進中とこの前イタリアの新聞が言っていた。

合衆国軍人は戦争を覚え始めたらしく、ドイツ陸軍も再編されソ連のキエフ・ミンスク・リガの抵抗線を食い破られてソ連軍は戦線を縮小している。

何せそれのせいで朝鮮半島や樺太からソ連軍が総退却を開始していると日本の新聞が言っている。

おおかた、日本政府が「出て行かなきゃ刺す」と脅したんだろう。

うちの国も島国ならただ対着上陸作戦だけを考えればよかったんだが。


「失礼します!第87兵站集積地が襲撃を受けたとのことです」


作戦幕僚からの報告を受けて、スタンレイは脳内の地図を開きながら思案した。

そして一つの案が出てきた。


「ちょっと上級司令部に意見を出してくる、暴論だがこの案なら行けるかもしれん」


彼はまともな思考をする敵であるなら、少なくともそれの対応に悩む事はまともじゃない味方を相手にするよりも気が楽である事はよく知っている。

彼と自分とで共通のゲームをしているのだ、ズルも卑怯もなく、であるならば文句は無い。


1941年7月8日、南米


ISAF独立南米連邦の最高秘密会議が開始されたのは一昨日前で、ABC三国の政治家や軍人が額を合わせてとある難題について論議していた。

円卓の会議室の扉の前ではISAFの記章を付けた"連邦軍"、すなわち国籍に関わらず南米大陸に奉仕する存在の者たちが最新式の短機関銃を装備して警備している。

第一の論題はまず、今現在の世界大戦について。

これについては三国の意見はかなりバラけているが、あまり重要と思われていない。

ドイツに与するにしても派兵は論外だ、アルゼンチンが非公式な義勇兵と観戦武官を送っているが、ブラジルとチリは勝手にやってろと思っている。

それにアルゼンチンにしても、これ以上をする気はないし、能力もない。

より気まずく、タチの悪い問題は連合国だ。


「一旦状況を整理します。

現在のところ戦線は合衆国軍が優勢ですがトロツキーの介入以来、合衆国軍は戦力集中を決定的なものに出来ず完全な敵戦線の打開を図れません。

先のケンタッキー・バージニア攻勢もマイアミ作戦などで連合国軍は場当たり的で常に後手に回っています」


連邦軍戦略研究室職員は会議の円滑化の為に語り始める。


「しかし連合国陸軍は未だに決戦兵力を有しており、第二次動員の兵員が揃う来年2月まで存続するのは可能であり、合衆国軍が今年の自然休戦期までに押し切るのは不可能です。

装備の質的量的劣化が見え始めて来ましたが、佐官級将校のキルレートはおおよそ1:3であり、これは前線指揮官の質的な差から両軍の差は事実上互角である事を示しています。」


出席者たちはざわめく事なく、再度考えを纏めている。


「連邦軍のシミュレーションでは恐らく両軍は1943年に戦線の最終的解決を目的とする決戦を行います。

現在のところ、連邦軍の予想では6割の確率で合衆国軍が勝利し、戦争の決定的主導権を決めることになるでしょう。

そしてメキシコを超えて、中米を超える事も明白です」

「何故だね、我が国は参戦国では無い。日本軍との解決がついてないのに来るかね?」


議員の一人が声を上げる。

戦略研究室職員は冷め切った瞳で議員を見て、叩き切る様に言った。


「合衆国資本を凍結した自国の裏庭をただ黙って見逃す訳が無いでしょう。

今まで我が国が彼の国の一国搾取体制の憂き目に合わずに済んだのはメキシコの内戦と連合国が存在するからですよ。

そのどれもこれもに解決がついてしまえば、合衆国は誰に気兼ねする事なく連邦への直接的軍事侵攻を開始するでしょう。

連合国海軍が居なくなってしまったら有力な脅威なんぞ合衆国大西洋艦隊にありません」

「し、しかし英国を刺激する様な行為だが・・・」


それを聞いて唖然と言いたげな顔をした戦略研究室職員が返した。


「国際社会の不変の常識は"イギリスは常に信用するなかれ"と小官は政治学で学びましたが時代の変化でもありましたか?

彼らにとって南米はただのチェス盤です、現在の連邦なぞ、盤が大きくなっただけでプレイヤーではありません。

その点では日本も同じです、あの利己主義者は極論すれば自国のあの弓状列島の為なら連合国すら切り捨てますよ。

良いですか、ついに決心せねばならないのです。

今後我々ラテン・アメリカーノがただ搾取されるアルゼンチン平原の牛と変わらない存在になるか、あるいは自尊自衛の力を得るかです。

我が連邦が、南米人が存続する為には連合国が完全な敗北を遂げてもらっては困るのです」


まばらな拍手の後、アルゼンチン大統領のフアン・ペロンが不愉快げに口を開いた。

ファシズムに寄っている彼は親独主義的だが、ムッソリーニの方に傾倒している為連合国と合衆国に中立的な見方をしている。


「なんとも泣ける浪花節で結構だが・・・その為に何人の兵を失うのかね?」


それは確かに深刻な問題だった。

外国の戦地、しかもグリンゴの北米でラテンを死なせてこいと言ったら連邦は崩壊だ。

しかし、戦略研究室職員は愉快な表情を浮かべて言った。


「別に直接参戦だけが戦争ではありません、民生品・トラック・それに医薬品や食糧を流すんですよ。

なんなら、港も貸してやりなさい。」


それを聞いて戦略研究室職員の言いたい事に誰もが気付いた。

つまり、自身の生存と発展のためにグリンゴの戦争を利用すれば良いと言っているのだ。

とんでもない理屈である、しかもこれで輸送船が撃沈されたり債権が焼き付く恐怖で参戦への道筋を国民に納得させている。

会議室の全員がその、極めて年若い連邦主義思想の学生のカリスマの片鱗に釘付けになった。


「なるほどありがとう。後学の為に君の提案をベースに検討を開始しよう。」

「ありがとうございます、必要になったら呼んで頂ければ幸いです、基本研究室におりますので」

「うむ、これからも宜しく頼むよ。ゲバラくん。」


その男は、にこやかに言った。


「友達はみな、チェ・ゲバラよぉ、ゲバラと呼びます」


1941年7月11日、中西部戦線


「なにか変だ、何が変なんだ」


一階級特進しグラハム中佐となった彼は、傷跡すら男前にする要素の一つと言う様な雰囲気を纏って丘陵から敵のいる戦線を伺っていた。

次の襲撃作戦あたりで敵は本格的に対抗してくると言うのが彼の予想だった、この襲撃は六回目、敵は既に狩り場を特定してきている。

本来なら別の地域に移動したいところであるが、残念ながらカンザス州などで他に良い地域がない。

そろそろ本格的に一戦交えても良いと思っているのもある。

だが確かに妙に何かが変なのだ。


「砲弾の何発かぶち込んでみりゃ分かると違いますかね」


レンジャーズ合衆国偵察兵の班長が進言した、確かに良いアイデアだ。

後方の15センチ野戦砲を装備したオープントップ式自走砲型シャーマン、通称フンコロガシに射撃を要請する。

・・・ドイツ人はどうして砲兵車両がやれマルハナバチだとかコオロギとかそう言うのにするんだろう。

グラハム中佐の思考を打ち切る様に重い音が聞こえる、大きなボトルから栓を引っこ抜いた様な榴弾砲特有の音だ、自軍の砲声ほど気分が良いものも無いので、全員が空を一瞬見上げる。


「弾着、弾着、良い腕だな、試射でほぼ命中してる」

「射表と機材がクルップ提供のやつです、よお当たりますよ」

「指揮戦車に戻る、機械化歩兵メッキンフと戦車を随伴させるぞ」


指揮戦車に乗り込むと同時に、グラハム中佐は顔を出した。

狙撃は心配していない、彼の指揮戦車と他の戦車は見た目が殆ど変わらないし、対戦車火力を捜索しつつ指揮するならこれしか無い。

前衛のM8スカウトから通報が入り、グラハム中佐は顔を顰めた、絶対良い報告じゃない。


《報告!目標地点に人無し!死体もです!居るのはカカシです!》

「あぁクソッ・・・!全車全速後退!」



「グリッド44-54、釣れました。」


野戦電話の受話器を持ったキャバルリースカウトの前衛が静かに呟いた。

それは直ちに指揮所のスタンレイに繋がり、スタンレイは信号弾を打ち上げ、砲兵将校たちは叫んだ。


「全砲兵全力射撃!」


下はM2ボーレガード戦車、M3リー、周辺部隊の105mm砲陣地などが一斉に光り輝き、四斉射の砲撃が集中豪雨となって降り注ぐ。

最終弾着と同時に、軽装駆逐戦車M14キティが一気に飛び出す。

リーと同等の火力を有し優れたエンジンで快速なのが良いのだが、いかんせん装甲が終わり切っている竜騎兵の様な存在だ。


「てぇっ!」


隠れ潜んでいた陣地から偽装を解いて現れたキティたちは、側背面を強襲、一挙に制圧せんと攻撃を仕掛ける。

キティたちは二個中隊、撃ち合いを目的としてないので三斉射して即座に後退機動に移る。


本命はここじゃない。



機関短銃をばら撒きながら南軍旗をあしらった騎兵達が、一挙に米軍火力陣地に攻撃を仕掛けていた。

グラハム戦闘団の火力陣地に、である。

スタンレイの閃き自体は極めて簡単なコトだった、要するに自分も空き巣強盗をやると言うだけである。

ただ怖いから、ずっと家主が出掛けるのを伺っていた。


「でもなんで火力陣地がここにあるって分かったんです」


現地軍から借りてきた騎兵将校が、スタンレイに尋ねた。


「機械化部隊の活動範囲、限界、インフラ、この3点だ。結局のところ機械化部隊って言っても今までと変わらんからなあ・・・」

「・・・鉄の馬も苦労してるんですなあ」


誰かが自走砲部隊の弾薬運搬車を吹っ飛ばした、トレーラーが宙を舞う。

トレーラーはそのまま弾薬集積所に、飛び込んだ。


「「あ」」


自走砲中隊3個分の弾薬集積所に。


「総員退避、撤収!!」


誘爆して爆ぜた砲弾はあちこちに飛び狂っている!

飛び交った砲弾により敵味方は散り散りに逃げ、襲撃自体は8分ちょっとでしか無かったのにも関わらず、再集結は40分近くかかってしまった。

そのため合流しきれず迷子になった騎兵が何人か捕虜になり、"面倒なやつ"がカンザスに来た事を知ったので合衆国は警戒を強め、これまでの様な意欲的作戦を打ち切る事となった。


結局両軍はこんな苦労をなんでしてるのか分からないまま、いつか来るかもしれない敵の視線を感じつつ睨み合いに入ってしまった。


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