第10話 お昼ご飯で深まる仲

 なんとか説得に成功した俺は、今日から朝別々に登校することになった。


「いってきまーす」

「いってらっしゃいー」


 いってらっしゃい、という言葉に女の子(母親は女の"子"ではないとする!)の声が返ってくるというのはなんとも不思議な感覚だ。

 少しの戸惑いと、嬉しさ。

 いずれ、慣れて風化してしまうだろうこの感情を、もっと味わっていたいと思った。




「タイキ! わたしとご飯を食べましょう!」


 授業が終わると同時に、俺の机に冬乃が突っ込んでくる。

 雪男は後ろからニュっと首だけ覗かせて、


「いいね、僕も一緒に食べていいかな」

「雪男はダメよ!」

「えー……いいって言う流れだったじゃん」

「わたしは2人で食べたいの!」


 おっと、急にぶっ込んでくるな冬乃さんよ。

 嬉しいような、戸惑うような、勘違いを誘うような言動は避けてほしい。

 あまり勘違いさせるなよ……落ちてしまうぞ。


「あー、でもまあ、僕もそこに居させてよ。ほら、フォローするからさ」

「あてにならないわ!」

「ひっどいなぁ……」


 まあ、俺に話しかけてきた時のポンコツ具合を見るに、あてにならないのは実際正しいと思う。

 ただ、


「俺は2人のこと知りたいから、一緒に食べようよ」

「じゃあそうしましょう!」

「なんか、ありがとね……」


 話にひと段落つくと、若干不服そうな雪男が耳打ちしてくる。


「そうだ、マヒロさん、こっち見てそわそわしてるから誘ってあげたら? 姉ちゃんは……僕が説得しとくよ」


 教室を見渡すと弁当箱を持ってソワソワキョロキョロとしているマヒロと目があった。

 この2人の間では仲の良い友達と言うことになってるし、誘っても大丈夫かな。

 でも、


「そんな戦地に向かう兵士の表情で言われても任せにくいよ。本当に説得できる?」

「大丈夫……」


 大丈夫じゃなさそうなんだが、まあ本人が大丈夫というのならいいか。

 そう考えて、席を立った。



 そわそわしてるマヒロの元に向かおうとすると、突然壁が出来た。

 肉壁……正しく言うなら女子ひとの壁だ。

 「マヒロさん一緒にご飯を」「男子には取らせない」「マヒロたんかわいいはあはあ」「一緒にご飯を食べませんこと?」

 マヒロ美少女は早速人気者だな。同じ陰の因子を持つものとしては、あの場から救ってやりたい。

 人混みはいきづらい。

 しかし、この壁の防御力は絶大。陰キャ男子にこれを乗り越える術はない。

 バッドエンド──


「ああっ、タイキー!」


 壁からマヒロが生えてきた。

 意外にも元気そうだ。いや、様子を見るに無理して声を出してるだけか。

 というか、そんな声出したら……


 壁が一気にこっちを向く。

 さながらメドューサの瞳、俺は蛇に睨まれた蛙。

 陰キャの動きは封じられた。

 これから質問攻めにあって殺される……そう思ったのだが、


「ごめーん、友達と食べてくる!」


 勇気を出したマヒロの一声によって壁が崩れていった。



 俺と雪男の席が近いということもあって、俺の席に全員集まる形でご飯を取ることになった。

 お弁当を開こうとして、ふと気づく。

 余りもののカレーをお弁当にしたから、マヒロと完全にカレー被りしているじゃないか。

 ヤバい、今の今まで完全に失念していた。

 絶対に忘れないであろうものを提出直前に忘れた時と同じ、足の先からすぅっと冷えていく感覚を覚える。

 と、とにかく、どうにかしないと。

 でも、どうにかってどうするんだ?

 そんなことを考えている間に、マヒロはお弁当箱を開けていた。


「へえ、カレーか。女子が初日にカレーとは攻めるね」

「あっ、たしかに……」


 今気づいたらしい。

 そんなことより、俺がお弁当を開けれなくなってるんだって。

 見た目全く変わらないカレーはまずいって。

 本当、どうしよう。


「わたしは、これよ!」


 そう言って冬乃が取り出したのは、全体的に茶色い揚げ物がいっぱいお弁当。雪男もそれに続く……が、雪男のお弁当箱は冬乃のお弁当箱の半分くらいだ。

 この姉弟を象徴するようなお弁当箱の大きさに、少し笑いが漏れる。


「わ、笑わないで!」

「いや、ごめん。雪男のお弁当箱がちっちゃいことに笑ってた。イメージ通りだなって」

「良かったわ!」


 ぱああっと明るくなる冬乃。

 冬乃に追い討ちをかけるとまた涙目になりそうだから、若干雪男を悪く言ってしまったのだが、雪男は許してくれる……と信じたい。

 というか、あんまり気にしなさそうだな、意図を汲み取ってくれそう。


「ああうん、食が細くてさ」

「そう見えるよ」

「よく言われる。そんなにガリガリでもないのにね、何でだろ?」

「雰囲気じゃないか?」

「確かに……」


 雪男と仲を深めていると、隣がヒートアップしていっていることに気づいた。

 少し心配しながら、冬乃とマヒロの会話に耳を澄ませる。


「そっちも女子力低いじゃん」

「そ、そんなことないわ!」

「カレーはヘルシーなものもあるけど、揚げ物にヘルシーなものは、そんなにない」

「でも、マヒロのカレーはヘルシーじゃないわ!」

「それは……そ、その通り……」


 なるほど、何やら早速中良さげにレスバをしている様子。

 微笑ましい一進一退の攻防に目を光らせておく。

 お弁当開けないからやることもないし。

 わいわいぎゃーぎゃーと、その後もしばらく続いて、最終的に2人が出した結論は、


「「じゃあ、放課後女子力勝負だ(よ)!!」


 どうしてそうなるんだ。

 そしてその時、昼休み終了のチャイムが鳴った。


「「「「あっ」」」」


 話してばっかりで、結局誰もお弁当食べてないことに気づく。

 俺はお弁当を開かずに済んで助かったし、食が細いであろうマヒロと雪男は別に問題なさそうな顔をしている。

 しかし、冬乃が絶望しきった顔をしていた。

 お腹空いてたんだね。

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