第8話 敗北と、照れくさい家事
「ああああっ、負けたっ! 銃口曲がってた!」
「言い訳無用、だよ!」
「その通りだよ! ああくそっ、次は勝つ……」
普通に悔しい。
負けというは、何度やっても慣れない。
たとえそれが、2年間仲間として、練習相手として、時には敵として戦ってきた相手だとしても。
俺が負けず嫌いっていうのも、もちろんあるだろうけど。
「じゃあ、今日の家事はよろしく〜」
「家事、家事ね……じゃあ、洗濯物から始めるか」
「お願いしまーす」
ポイっと、マヒロの制服が投げ渡される。
まだ温もりを感じるその制服には言葉に表せない魔力が詰まっているようで、俺は硬直してしまう。
これを今から洗わないといけないってことになるのか。
その事実に、本当に今気づいた。
いや、まだ制服はギリ大丈夫、洗濯機の中に突っ込むだけだから。
けど、今日は大丈夫かもしれないけど、よくよく考えたら洗濯って下着も洗うよな……?
煩悩値がドンドン上がっていくのを頭の隅で自覚しながら、悲鳴のように口を開く。
「マヒロさーん! やっぱ洗濯は個人でやることにしよう!」
「敗者は黙って従うの」
それはその通りなんだけど!
めんどくさくなったとかじゃなくて、単純にこう、性別の壁がですね。
そう言ってしまえば楽なのは分かっているのに、性別に関しては素直に口に出せないのが
「じゃあ、はい。頑張ってきます……」
俺の馬鹿、と自分を罵倒しつつ目下の敵を見定める。
目標はブラウスと靴下。
これを正しい手順で洗濯機にぶち込むだけ……のはずなのに、どうしても意識してしまう。
制服ならいける、下着は無理とかさっき思ってたけど、やっぱ制服も無理ですわ。
でも、こんな事じゃ同居なんて出来ない。
心を無にするんだ……
仏説摩訶般若波羅蜜多心経仏説摩訶般若波羅蜜多心経
「ごっ、ごめん! やっぱ洗濯は別でやろう! その、下着とかっ」
「あぁ、気付きましたか」
「うん、だから……って、なんでそんな修行僧みたいな顔つきになってるの?」
「色々あるんですよ」
「なるほどね?」
その後少し話し合って、洗濯物は勝敗に関わらず自分の分は自分でするという決まりになった。
こうやってミスから学んで、少しずつ前進していって、最終的には快適な暮らしを手に入れるのだ。
今はその準備期間、と自分に言い聞かせる。
そうでもしないと今にでも気持ちが爆発しそうになるから。
「じゃあ、どうする? 俺が今からご飯作ろうか?」
「うん、お願い! タイキのご飯楽しみ!」
「料理なんて授業くらいでしかしてこなかったけど、多分レシピ見たら何とかなるよな……」
スマホを取り出して、クッキングパッドを開く。
初期に入っていたまま消してはいなかったけど、いざ使おうとなると使い方がイマイチ分からない。
そこから調べなきゃいけないのか。思っていた何倍も難しい料理という行動に、急に自信がなくなってきた。見通しが甘かった。
中学時代、料理に対する不勉強を呪う。
そうやって、しばらく硬直していると、
「あっ、じゃ、じゃあ! 私と一緒に作ろう!」
「いいのか? 勝ったのに?」
「うん……私、料理できるし」
そう言って、グッと腕を曲げ筋肉(ない)を強調するマヒロ。
なるほど、その申し出は素直にありがたい。
料理は出来ないこともないのだろうけど、俺1人だと時間がかかる割に、たいして美味しくないものが出来ていただろうから。
最初くらいは、しっかり学ぼう。
「うん、じゃあお願いしたい。それで、俺は何をすればいい? 何を作ればいいかも思いつかなくてさ……」
「待って。とりあえず、エプロンに着替えてくる。その間に料理も考えとくね」
「ありがとう、いってらっしゃい」
────────────────────
マヒロ視点
い、言っちゃったぁ……
部屋にエプロンを取りに戻る最中、私は過去の私を褒めちぎる。
よく勇気を出した!
タイキと同居を始めてから、色んなところでめちゃくちゃ勇気を出してる。
内心はめちゃくちゃに恥ずかしいけど、それを出来るだけ表には出さないようにしてる。負けた気がするからね。
「それで、何を作るかだけど……」
実はもう決まっている。タイキの好物である、カレーを作ろうと思う。
中学までは自分のことで精一杯だったのに、同居を始めてからは余裕ができたのか、タイキのことばかり考えている。
経験したことがないから、不思議な感覚。
でも、タイキと同居してから自分のことが分からなくなる不思議な感覚になってばっかりだ。
まあ、私の中の天邪鬼な部分が邪魔をして、無意識のうちに明確に言語化するのを避けているだけかもだけど。
ほら、また誤魔化した。
「ええと、エプロンエプロン」
タンスの中をゴソゴソと漁る。
一昨日に荷解きをしたばかりだから、思いの外すぐに見つかった。
黒いエプロンを手早く身につけて鏡で姿を確認する。うん、大丈夫。
だけど、すぐに部屋からは出ない。まだ心の準備ができていないから。
待たせてごめんなさいだけど、もうちょっとだけ深呼吸。
「ふぅーーっ」
口下手だから、ちゃんと説明できなかったらどうしよう。
ミスったらどうしよう。
そんな、不安な気持ちは全て飲み込んだ。
幸い、一人暮らしをしていたから料理に自信はある。
だからきっと、大丈夫。
「よし、行こう」
─────────────────────
「ごめん、待った?」
「いや、全然。それに俺の仕事を手伝ってもらう訳なのに、文句を言うことはないよ」
「タイキならそういうと思ってた」
信頼されているのか、舐められているのか。
なんてふざけてみたけど、前者だろう。マヒロとの間にはそれくらいの信用があると、2年間の付き合いで俺はしっている。
「で、何を作るんですか?」
「カレーにしよう!」
カレーか……いいな、俺の好物だ。
スパイシーなやつでも、林檎と蜂蜜がとろーり溶けているやつでも、カレーなら何でも好物の部類に入る。
それにカレーは昔授業で作ったこともあるから、手順は忘れているかもしれないけど、体は少し覚えているかもしれない。
「それは楽しみだ」
「えーとじゃあ、とりあえず野菜を切ってもらおうかな……」
「分かりました。何を切れば?」
「ところでさ、急にかしこまってどうしたの? 不気味」
「ぶ、不気味って……いや、教えを乞う立場に立ったから、言葉から改めようかと……」
「やめていいよ。料理は危ないから緊張感を持たなきゃなのは確かだけど、基本的には気楽に、ね」
「なるほど……それが料理の極意」
「いや、そういうわけでもないんだけど。とりあえず、私の手本見てて」
そうして、マヒロ先生の料理教室が始まった。
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