7.4 88〜90ページ目 検査入院

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 LIFE:


 二月一日から八日


 検査入院中には、典型的な検査とともに、『薬』やプレミアチケットの影響もできる限り調べることになった。『薬』は実際に服用して、その効果と副作用を調べた。プレミアチケットはそう簡単には使えないので、マティアスが残したデータと私の体の変化を比較することで、今後の影響を予測することになった。


 『薬』を服用しない限りほとんどの時間は症状が出ていて、動けずに眠っていたので一週間の検査入院はあっという間に終わった。私の病気の症状は寝ているときに出るから、私は常に何らかの装置につながれてデータを取られていた。


 『薬』を服用した日には、ほとんど食事がとれないので、別の方法で栄養をとった。『薬』を飲んでも、根本的な痛みからは逃れられない。ただ、ギリギリ日常生活を送れる程度の状態なので、直と動物園に行った後しばらくの間、よくこの状態で色々な場所に出かけられたなと今は思ってしまう。あの時は体が痩せていっても、どれだけ痛みがあっても、たとえ数日に一度でも、思い描いていたような普通の日々が送れるのが嬉しくて仕方なかったんだ。


 けれど、あれからプレミアチケットを何度も使ったせいだろう、私の今の体力では、『薬』を飲んで学校に通うことは無理になっていると思う。


 ☆   ☆   ☆


 検査入院中に目が覚めると、私は毎日担当看護師の女性と雑談した。その人は、私を幼い頃から知っていて、今まで私は自分のことばかり話していたのに、今回の入院中には彼女の話をたくさん聞いて、悩みや現実を知って、とても不思議な気持ちになった。


 彼女は五十代の女性で私と同じくらいの歳の子どもがいるらしかった。ある日の夜、どうして看護師になったのかを聞くと、「沙樹ちゃんはがっかりするかもしれないけど、経済的に安定した生活を送るためよ」と答えた。


「私、この仕事が苦手でね、若い頃は何度も辞めようか悩んだ、毎日毎日同じことばかりしている気がした。朝も夜もない仕事だし、体力的にもキツかった。

 でも、三十代後半の頃に海外を旅行中に、あるドクターに出会ったの。彼女になぜ医師になったか聞くと、「結構賢くて成績も良かったのに、頭の使い道を思い浮かばなかったから、医師になった」と答えたの。「さまざまな患者を診れるようになるまでたくさんの経験を踏まなければならなくて苦労したけど、今は毎日違うことができるから医師になってよかった」と満足げに、でもどこか真剣な眼差しで言っていた。彼女はそれからソファーに転がって「でもまあ、ずっと勉強しないといけないけどね」とつぶやいて、医学誌を読んでいたのを覚えてる。

 私は日本に帰ってきて、新しい病院、つまりこの病院で仕事を初めた。その頃から、わたしは日々違う人間を相手にしているのだから、たとえ症状が似ている患者さんがいても話しかける言葉は変わるし、——体力的にキツイことは変わらないけど——毎日が同じことの繰り返しだとは感じなくなった。

 あの時、あのドクターに出会わなかったら、とっくの昔に別の仕事に就いていたと思う」


「そっか、どこにいても、何をしていても、考え方次第で世界は変わるんですね」


 私はこの話をした後、入院することは決して私にとってもマイナスになるわけじゃなくて、私の人生は病院でも続いていくし、得られるものもあるはずだと初めて心の底から思えた。

 

 ☆   ☆   ☆


 検査入院から一週間後、病院での担当科とスイスでマティアスを診ていたチームの所見を含む検査の結果、やはり入院することを勧められた。今の状態では『薬』を使っても、高校に通い続けることはまず出来ないだろうと言われた。

 家での生活も可能だけれど、家族の協力が不可欠で、リハビリが必要なほどに私の体が弱ってきているらしく、『薬』は誰かがそばにいるときにのみ使うこと。そして、プレミアチケットは、あと二枚使えたらいい方だろうと告げられた。


 私が持っているプレミアチケットは、残り三枚だけど、自分の体のことを考えるならば、もうプレミアチケットは使わないほうがいいと断言されてしまった。


 ☆   ☆   ☆


 病院にいると、当たり前だけれど、病気の人に出会う。この病院は子ども専用の棟もあって、少なからず、生まれた時からずっとここに住んでいる人がいる。


 私が昔出会った小学生の男の子もその一人で、学校には通ったことがないと言っていた。とても明るい子で、病室の外で出会うたび、笑いかけてくれて、暗い顔をしているのを見たことがなかった。たくさんの人に迷惑をかけてるんじゃないかと悩んでいた私に、「人と違っていい、さっちゃんはさっちゃんのままでいい」と言ってくれた。でもあっけらかんとした表情で「病気なのは仕方ないけどさ、痛みなんて感じなきゃいいのにね!」と大声で言い放った。


 その子は他の病棟に忍び込むのが得意で、病院中が彼の知り合いだった。良いことも悪いこともすべてここで起こっていた。彼が人より幸せだったとか、不幸だったなんて、勝手に言えないけれど、彼の居場所は確かにここにあった。




 Will and testament:

 贅沢ぜいたくを言うならば、何らかの方法で、病院でお世話になった方の力になりたい。子どもたちのお手本にはなれないかもしれないけれど、人と違っていい、君は君のままでいいんだよって伝えたい。


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