第14話

 

 「グォオォォ!」


 葵に胸部を深く斬られたゴブリンロードが断末魔の叫びをあげる。

 『看破の魔眼』で常時観測し続けているゴブリンロードのHPが物凄い勢いで減っていく。

 最後の足搔きとばかりに体をよじるが、斬ってすぐに退避した葵には何の影響もない。

 そして、ついにゴブリンロードのHPがゼロになった。

 

 『ゴブリンロードが討伐されました。『対魔王結界』が解除されました』


 無機質な声が頭の中に響き、天を覆っていた黒い結界が崩れていく。

 我らの勝利だ。

 瞬間。


 体内に何かが入り込んでくるかのような感覚が走り、体が燃えるように熱くなる。


 これは、レベルアップの兆候!

 この世界独自のステータスの一種。

 レベル。

 我は、調べ上げた情報からレベルが上がるとすべての基礎能力値が挙がるのではないかと推測している。

 実はこのレベルアップ、この世界にきてからの我の一番の楽しみだったりする。


 しかし、その感覚は突然、不自然に消えた。

 いや、何かに抑え込まれたかのような感覚。


 「なんだ、これ……?聞いてたのと違うぞ?」


 体が軽い、魔力も全回復している。

 これはレベルアップによる副作用だと聞いたことがある。

 だが、能力が上昇した感覚は無い。

 能力、特に魔力は、魔力操作の達人である我なら増えればすぐにわかる筈なのに、だ。


 そんな事を考えていると、頭の中に聞き覚えの無い無機質な声が聞こえてきた。


 『大星空人のレベルが四上がりま……女神アリエスにより、大星空人のレベル上昇が妨害されました。大星空人はスキル……女神アリエスにより、スキルの獲得が妨害されました。』


 おい、ちょっと待て!

 なにをやってくれてんだあのクソ女神!

 我の楽しみを潰しやがって!

 いつかコロス!

 絶対!


 ……ふぅ。


 我がこの世界に来てから身に着けた特技。

 それは感情のコントロールである。

 前世では全くもって必要なかったこの技術だが、今世では女神への怒りを思い出す度に半ば自動的にストレスがたまるようになった為、いつの間にか自然に身についていた。


 『女神アリエスからメールを受信しました。開きますか?YES/NO』


 ……大丈夫。

 我は完璧に感情をコントロールしている。

 どんな文が書かれていようと怒らない。

 頭の中でYESと念じる。


 

 ______________________

 宛先:魔王シリウスくんへ

 ______________________

 件名:死ね

 ______________________

  どうだったかな?私が送った魔物は?

  まさかあなた以外に周りに人が居て、その人があなたの味方だったせいで殺せないとは思わなかったけど。

  頑張って絶妙に弱い魔物を召喚したのが悪かったのかな?

  せっかくあなたの心をズタズタに引き裂いた上で殺せると思ったのに。

  早く死ね☆

  ______________________



 ……。


 あれ?何故だろう?

 怒りが湧いてこない。

 ついに怒りを超越したか?

 我は天才だ。

 その可能性もありえなくは……、いや、これクソ女神に関してはあり得んな。

 じゃあ何故……。


 ……そうか。


 コイツの文章、文の端々に悔しさを感じるからか。

 

 つまり?


 それはクソ女神が我の行動によって少なからず不機嫌になったという事ではないか?


 そう思い至った瞬間、我は無意識の内にあるスキルを発動した。

 そのスキルの名は限定メール。 

 その効果は――返信。

 我がこの世界に来た時、絶対に使用しないと決めたスキル。


 しかし、我は今、猛烈にこのスキルを使いたい衝動に駆られていた。

 そう、全ては、クソ女神への嫌がらせの為にっ!

 そうして我が作成した芸術メールがこちら。


 

 _________________________

 宛先:クソ女神へ(笑)

 _________________________

 件名:ねえ、今どんな気持ち?

 _________________________

 ねぇ、今どんな気持ち?

 ちなみに我は今とっても気分が良いです。

 何故だかわかりますでしょうか?

 あなた様から頂いたメールの御蔭です。

 気持ちの籠った素晴らしいメール負け犬の遠吠えを頂いたので、我からもお返しさせていただこうと思います。


 ざまぁ☆


 今の我の精一杯の気持ちを込めて書きました。

 お返事待ってます!

 _________________________



 我が生涯で培った煽りスキルをつぎ込んで作った力作である。

 あぁ!気持ちいい!


 『女神アリエスからメールを受信しました。開きますか?YES/NO』

 

 すぐに返信が届いた。

 もちろんYES!

 

 

 _________________________

 宛先:クソ魔王シリウス

 _________________________

 件名:無し

 _________________________

  マジ死ね。

 _________________________


 ……。


 あぁ、ホント気持ちいい。


 「空人、顔、キモいよ?」


 戻ってきた葵が、我の顔を見て開口一番そう言った。

 失礼な、とは言えないな……。

 自分でもヤバい顔をしていると分かる。


 「大丈夫か?怪我は?」

 「なんともないよ。それどころかさっきより体が軽いくらい」

 「そうか」

 

 おそらくはレベルアップの影響だろうな。

 

 「それより空人、早く帰ろ?もう時間も遅いし」


 そう言って葵が空を指さす。

 見れば、空は既にオレンジ色に染まっていた。

 どこからか、鐘の音が聞こえてくる。

 確か、子供はもう帰る時間だ、という合図だったか。


 「そうだな、帰るか」

 「あ、そうそう空人、今日のご飯家で一緒に食べるんだって、知ってた?」

 「何!?それは初耳だな……。で、今日の夕食は何なんだ?」

 「カレー」

 「……急いで帰るぞ、葵」

 「はーい。ホント、空人はカレー好きだよねー」


 我は世界最強にして人類最悪の敵、世界征服を目論む魔王シリウスである。

 ……が、同時に旭台小学校一年一組、天道葵の幼馴染大星空人でもある。

 女神への復讐は勿論のこと、世界征服も諦めない、ただその過程で、我の大切な者達を悲しませることは絶対にしない。

 そして願わくば、元の世界で我の仲間たちにも、我の素晴らしい友人達を紹介してやりたい。

 そんな我らしからぬふわふわとした思いを胸に、我は葵と共に家に帰った。


             ―第一章 完―

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