第10話

 巨大な漆黒の鬼。

 丸太のように太い手足。

 手には巨大な棍棒。

 

 そいつが出現した瞬間、結界によって黒く染まった空の下、我は葵を連れ、考える間もなく走り出した。

 

 「逃げるぞ!葵!」

 「う、うん!」


 逃げながらもゴブリンロードに『看破の魔眼』を使う。


 __________________________


 種族名 ゴブリンロード


 名前 なし


 称号 女神の使徒


 加護 女神の加護


 基礎能力値

 HP1000/1000(+500)→ 1500/1500

 MP600/600

 物攻350(+500)→ 850/850

 物防300(+500)→ 800/800

 魔攻100(-100)→ 0/0

 魔防200

 敏捷150

 幸運150


 スキル

 地球人Lv1000(対魔王攻撃力1000倍、魔王攻撃無効、魔王防御無視、対魔王超デバフ、対魔王再生超鈍化etc) 女神の加護Lv5 剛腕Lv3 棍術Lv3 再生Lv1


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 ……騎士以上英雄未満と言った所か。

 しかも、予想通り・・・・『地球人Lv1000』持ち。

 だからか、体が重いのは。

 幸い、コイツの敏捷はそこまで高くない。

 

 コイツが『地球人Lv1000』を持っている以上、我ではコイツを攻撃できない。


 つまりは逃げるしか無い訳だが、取り敢えず逃げる事も出来ずに殺されるなんて事にはならないだろう。


 って、何で我が逃げなきゃいけないんだ……。

 我の方が強いのに!


 いや!考えるな!

 この状況、我が何とかしないと我も葵もこのゴブリンロードに殺される。

 だから、無駄な事なんて考えてないで!今出せる全力で!走れ!

 気を抜けばすぐにでも追いつかれるぞ!

 逃げて、逃げて、逃げて。

 一心不乱に逃げ続ける。


 だから全く気付かなかった。


 「はぁ!はぁ!はぁ!空人っ!は!速い!」


 葵の息が完全に上がっている事に。


 葵の声に反応し、葵の顔を見る。

 葵の顔は真っ青だった。

 考えてみれば無理もない事だった。

 葵は精神面はともかく肉体面は普通の六歳児なのだから。

 

 「グルゥ!」


 まずい!

 ゴブリンロードの気配を近くに感じ、振り向くと、後方三メートル位に居た。

 気付かない内に速度が落ちてしまっていたみたいだ。


 これではいずれ追いつかれてしまう!


 ……葵は、人間だ。

 前世で我が憎み、恨み、殺しに殺してきた種族だ。

 幼馴染とはいえ、殺すのに抵抗は無い。

 仕方ない……ここは葵を犠牲にして……。


 「葵!逃げろ!」

 

 アレ、ワレハナニヲイッテイルンダ?

 自然と自分の口からかと場が漏れた。

 思考と行動が嚙み合わない。

 ……いや……。


 「え!?空人は!?」

 「我の方が体力が残っているのだ!いいから逃げろと言っているだろう!」


 言っても葵が躊躇っているので、我は葵の背中を強く押す。

 そこまでやって、ようやく葵は走り出す。

 結界の端はすぐ近く。

 あの結界は魔王である我を閉じ込めるための結界であると、さっきの言葉が言っていた。

 葵は関係なく出られるだろう。


 「それでいい!我は大丈夫だ!行け!」


 本当はもう解っていた。

 この世界では、前世とは全てが違う。

 前世と違って、この世界で我は人間だ。

 前世と違って、この世界で我は王ではない。

 

 そして何より、前世と違って、この世界で、我を殺そうとする人間・・は居ない。


 我を殺そうと躍起になっているのは女神だけだ。

 『地球人Lv1000』だとか、目立つわけにはいかないだとか、葵が人間だとか、そういうこと全部ひっくるめて考えて……。


 もう我に、葵は殺せない。


 いや、これは葵に限った話ではない。

 母さんも、父さんも、涼香さんも……。

 我は殺せないだろう。

 いや、それどころか前世では散々殺しまくった癖して、我は人間、我を見てくれる人間を、守りたいとすら思っている。

 だから。

 我は振り返り、足を止める。

 それとほぼ同時にゴブリンロードも止まる。

 我は本当に屈辱的な事に、本来我の能力に遠く及ばないコイツを殺すことはできない。

 それでも、たとえコイツを殺せないとしても、我の持つ全てをもって、コイツを止める!


 「来やがれ雑魚が!いずれ世界をこの手に収める、この大魔王シリウスが貴様を薙ぎ払ってやる!」


 我がそう言うと、ゴブリンロードは低く唸った。

 一瞬の静寂。

 きっかけは無い。

 それは突然。

 命を懸けた戦いが始まった。


 戦端が切られた瞬間、ゴブリンロードが手に持った巨大な棍棒を上から振り下ろす。

 それに対して我は空間把握を周囲五メートルに限定して感度を上げ、攻撃の軌道を予測し、ゴブリンロードが振り下ろし始める前に回避する。

 事前に行動を起こせば回避できる。

 

 「よし、これなら……」


 避けられる。

 そう思った瞬間。

 

 「グルゥ!!」


 二撃目の攻撃が我を襲った。


 「ぐはっ!」


 体に衝撃が走り、小石のように吹き飛ばされる。

 結界にぶつかるまで、その勢いは収まらなかった。

 嘘だろ、動物が武技を使うなんて……。

 全くの想定外だ。

 クソッ!

 

 ゴブリンロードがゆっくりとした動きで近づいてくる。

 もう、駄目なのか?

 我はここで死ぬのか?

 こんな雑魚に殺されるほど……


 我は、弱いのか?


 そう、考えてしまった瞬間、我の中で何かが崩れた。

 今までの理不尽が脳内でフラッシュバックして、世界の色が消える。

 自分の中身の奥の部分が冷え切っていき、何故だか全く体が動かない。

 とうとうゴブリンロードが間近に来るも、我の体は動かない。

 いや、動かそうという気力すら沸き立たない。


 「グモォ……」


 ゴブリンロードは静かに唸ると、ゆっくりとその手に持った巨大な棍棒を振り上げる。


 結局女神も殴れず仕舞いになってしまったが、もうそれもどうでもいい。

 我は弱い。

 この世界では、どうしようもなく弱い。

 たかが世界が変わってしまった程度で我はこんな雑魚にも勝てない位に弱くなってしまう。

 そんな奴が、世界征服だの、何かを守りたいだの、烏滸がましかったのかもしれない。


 あぁ、短い人生だった。


 そう、諦めたその時……


 「空人から離れろ!化け物!」


 ここで聴こえるはずのない声が聞こえた。

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