第9話

 仕方が無いとは言ったが、我は別に諦めたわけでは無い。

 ここへ来た目的の一つは『地球人Lv1000』への対抗策を見つける事だ。

 よし、そろそろメインである『地球人Lv1000』への対処法を試すとするか。

 我は早速検証を始める。

 まず前提として、我は『地球人Lv1000』の前ではいかなる攻撃も通じず、防御力は紙切れ以下、加えてステータスは極大ダウン。

 ホント、マジで摘んでいる。

 まず攻撃は通らない、防御はできないのでそこはいったん考えない事にする。

 つまりは逃げる方法(ただし動くことはできない事とする)を考えてきた。

 

 転移である。


 しかし、『転移の魔眼』による転移はダメだ。

 あれは転移距離に制限が無い代わりに発動までに一、二秒のラグがある。

 『転移の魔眼』は完全に移動用だ。

 

 前世の戦闘時は転移で攻撃を避けるよりも早く動けた為、難易度の高い上位属性、転移を含む空間魔法を覚える必要を感じなかった。

 だが、今世では攻撃を避ける云々の前にそもそも戦闘時動けないので、上級空間魔法、瞬間転移の習得が必要だ。

 理論は頭に入っている。

 後は練習あるのみだ。


 「まずは、初級から……。確か空間把握だったか?」


 初級空間魔法、空間把握。

 空間魔法の初歩の初歩。

 文字通り、周囲の空間を把握する魔法である。

 発動自体は簡単だが、範囲を広げれば広げるほど難易度が上がる。

 そして、空間魔法において、空間の正確な把握は全ての空間魔法の土台だ。

 ここはしっかりやっていこう。


 「確か、指南書には魔力を周囲に広げるイメージで……。ん?なんだ?簡単ではないか」


 ……。


 何か思いのほか簡単にできるんだが。

 困惑しつつも段々と魔力を広げていく。


 百メートル、二百メートル、五百メートル、千メートル、五千メートル……。


 まだまだいける気がするが一度辞めようか。

 確か、前世の一流の空間魔法師の空間把握の範囲が五千メートルだった気がするが……。

 

 いや……、そういえば最近忘れてたけど我、超天才だったわ。


 我が苦手な魔法なんて聖属性魔法位のはずだ。


 「それにしても半径五キロ以内にゴブリンが居ないのはなんでだ?」


 本当に一匹残らず狩りつくされてしまったのだろうか?

 これではついでにやろうと思っていたダンジョンの魔物に関する検証ができない。


 「まぁ良いか」


 別に必ずしも今日しなければならない事ではない。

 懸念事項があるので近いうちに確認する必要があるが……。



 空間把握を一流の空間魔法師の練度で習得した後も練習を続けた。

 四時間くらい練習し続けたところで練習を辞める。

 今の時間は午後六時。

 さすがにこれ以上遅くなると母さんに怒られそうだ。

 いや、もう怒られる時間帯か?


 ヤバいな、時間を掛けすぎたかもしれない。


 流石に今日一日では目的の上級魔法、瞬間転移は習得できなかったが、あともう少しの所までは来た。

 それに、残り魔力も三割を切っている。

 

 「今日はこれで良しとするか。また明日来よう」


 再び『転移の魔眼』でダンジョンゲート前まで転移したら、そのままダンジョンゲートに触れる。

 一瞬ふわっとした感覚が走った後、我は元の場所に戻ってきた。


 「ふぅ、よし、帰るか」

 「よし、帰るか、じゃないわよ。なんであなた、ダンジョンなんかにきてるのよ」

 「は?」


 突然、後ろから聞き覚えのある声がする。

 まさか、と思いつつ振り返ると、そこには葵が居た。


 「何故貴様がここにいる!?」

 「貴様?」

 「あ、あぁすまん」

 

 少し気が動転してしまった。

 

 「それにしても――」


 「それにしても何で俺がここにいると分かったんだ?」そう葵に問おうとしたその時。


 『魔王シリウスの『三ッ沢ダンジョン』脱出を確認しました』

 

 想定はしていた筈だった。

 

 『ダンジョン内に他の人間は存在しません』


 女神の罠を想定した上で、もし『対魔王超デバフ』を受けたとしても生還できると踏んだこの『三ッ沢ダンジョン』を選んだつもりだった。


 『『対魔王ダンジョントラップ』が発動しました。ダンジョン内の魔物を統合します。このダンジョンは枯れています。ダンジョン内に魔物は居ません。代替措置として『三ッ沢ダンジョン』を消費し、ゴブリンロードを召喚します。』


 六年ぶりの無機質な声が聞こえたかと思うと、ダンジョンゲートがあった場所からダンジョンゲートが消え、代わりに漆黒の魔法陣が出現した。

 

 「何、これ」

 

 突然現れた魔法陣に困惑する葵。


 『対魔王ダンジョントラップ』

 女神が我を殺すために仕組んだ罠。

 絶対に碌なものではない。

 

 「葵」

 「何よ」

 「転移する、手を取れ」

 「え?」

  

 未だに状況が呑み込めず、呆けている葵の手を、我は強引に取る。

 

 「『遠見の魔眼』、『転移の魔眼』」


 我はとにかくこの場から離れるべく、適当に離れた場所に転移を試みる。

 しかし、


 『『対魔王ダンジョントラップ』の効果『対魔王結界』により、魔王シリウスは結果以外への魔力干渉が出来ません。』


 その結果は無慈悲な宣告だった。


 「クソッ」

 「え、今眼が光って……」

 

 『術式の発動準備が完了しました。召喚陣を起動します。『召喚:ゴブリンロード』』


 「マズイ……」


 本格的に術式が起動する。

 魔法陣から黒い光が迸り、瞬間、その光が強く瞬く。

 一瞬黒い光の放射によって世界が白に染まり……


 視界が戻った時、


 「グオオオオオオオオォォォ!!」


 そこには、巨大な漆黒の鬼が居た。

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