高校最後の試合

最終話 引退試合とちょっとした未来のお話


「フェリアドとサッカー部で、引退試合しない?」


 3学期に入って直ぐの昼休み、食堂で花がいきなり話し始めた。


「また、突然だな~

 いつやるんだよ?」


 野口がパックのジュースを飲みながら、花に聞いた。


「皆の大学受験が終わった頃にさ。

 3月末くらいにやろうよ。」


 花は楽しそうに話していた。


「でも、人集まるか?

 てか、男子とやるのって、そっちは大丈夫なのか?」


 谷がいつものクールな表情で花に聞いた。


「大丈夫!大丈夫!!

 そういうの気にする人、あんまりいないから。

 グランドは私から監督にお願いして、確保しとくしさ。

 多分、監督そういうの好きそうだから、乗ってくれると思うよ。」

「はい!!俺やりたいっす!!」


 新田が手を上げて元気よく、花の提案に乗った。


「結局、俺、最後の試合、点取れなかったし、最後くらいは点取るところを加奈先輩に見せたいんすよ!

 サッカー部の皆も来てくれるはずっす!!」

「おいおい。また、適当なことを言うなよ。

 一応、確認はしなきゃならんだろうが。

 はぁ…めんどくさいなぁ~」


 菅原は頬杖をついて、ため息をはいた。


「はっはっは~~太一みたいなやつがいるとキャプテンも大変そうだな~

 でも、流石に男子と女子じゃあ、こっちに分があると思うんだが、大丈夫か?」


 菅が笑いながらも、花に気を遣った言葉をかけた。


 花はムッとして、菅に答えた。


「当たり前じゃん!!

 こっちは日本一になったチームなんだよ!!

 そっちは何?東京予選ベスト16?

 プププ~むしろ、こっちが心配だよ~」

「な、何言ってんすか!!

 俺らは京帝と互角に渡り合ったんすよ!!

 女子なんかに負けるわけないじゃないっすか!!」


 花と新田がバチバチと睨みあっている中、他の皆は呆れた様子だった。


「でも、確かに受験のご褒美として、そういうのもいいんじゃない?

 私もちょっと見てみたいし~」


 加奈が興味津々な様子で花に乗っかった。


「まぁ、最近ボール触りたくてしょうがなくなってきてたしな~

 じゃあ、俺も賛成しとくか。」


 野口も笑って、花に賛同して、手を上げた。


「大学に入るまでになまった身体動かしときたいのもあるしな。」


 そう言って、谷も手を上げた。


「はっはっは~俺もいいぞ~」


 菅も手を上げた。


「よし!!じゃあ、決まりね!!

 具体的な日時はグランド確保してもらう監督と相談するよ~

 あぁ~楽しみだな~」

「首洗って待っててくださいよ!!小谷先輩!!」


 花と新田が笑いながら睨みあっている中、菅原は悩んだ様子で呟いていた。


「…えぇ~まず、一応、監督に許可得ないといけないよな…

 …あと、他のメンバーの了承も得て…

 …他の先輩方も呼んだ方がいいし…

 …やること、いっぱいあるな…」


 そんな菅原を見て、谷は思わず、突っ込んだ。


「啓太。お前、中間管理職みたいだな。」

「コラコラ。もっと、褒めてやれ!

 3年の方は俺が誘っとくから、気にすんな。

 監督にも俺が言っとくから。

 啓太は1,2年のメンバー誘っといてくれたらいいよ。」

「…野口先輩…やっぱり、来年も野口先輩いてくれませんか?」

「留年はしねぇよ?」


 そうして、着々と引退試合の準備が進められたのだった。




「いや~公園練習も久しぶりだね~

 何カ月ぶりだろ?」


 野口の受験が終わって、後は結果発表を待つだけになったので、野口が引退してからは止めていた公園練習を再開したのだった。


「そうだな~俺も全然身体動かしてなかったから、ケガしないようにしないとな。」


 野口はしっかりとアップをしていた。


「引退試合の準備もできたんだから、それまでにケガしないでよね~

 一気につまんなくなっちゃうから。」

「分かってるって。

 大丈夫だよ。」

「ついでに受験にも失敗しないでよ~

 なんか気遣っちゃうから。」

「…まぁ、多分、大丈夫だよ…

 …ただ、もうちょい言い方ってのがあると思うんだが…」


 野口は相変わらずの花の直接的な発言に呆れた。


 そして、野口はアップを終えて、花が持っているボールを要求した。


 花は要求されるがままに野口にパスを出した。


 野口はトラップして、嬉しそうな顔をした。


「ん~~~この感触!

 たまんねぇな~~

 ホント、受験まで我慢してたからな~」


 そうして、野口は軽くリフティングを始めた。


「あはは~分かるわ~~

 私もサッカー辞めてから、久しぶりにボール触った時はすんごい気持ち良かったもん~」

「あれ?でも、花って、サッカー辞めてる間もボール触ってたんじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだけど、一人でやってたから、誰かにパスをもらうことは無かったからね~」

「なるほどな~~」


 野口は本当に楽しそうにボールを触っていた。


 そんな野口を見て、花は微笑んだ。


「アキ!受験お疲れ様!!

 ちょっと職場が遠いけど、これからもこの公園練習はずっと続けるつもりだから、よろしく頼むよ~」


 野口はボールを地面に置いて、ニコッと笑った。


「おう!!

 俺も大学でサッカー部入るけど、ここまで来たら、ずっと付き合ってやるよ!」


 そして、野口は花へとパスを出したのだった。




「おぉ~~きれいな人工芝じゃん!!」


 引退試合当日、川島が予約したグランドにやってきた花が嬉しそうにコートを眺めていた。


「あはは~折角の引退試合だからね~

 お姉さん、奮発しちゃったよ~~」


 川島は笑いながら、準備を進めていた。


 コート代は川島のポケットマネーから出してくれたのだった。


「ありがとうございます!!監督!!

 超嬉しいです!!」


 花はゴロゴロと人工芝の上で転がりながら、喜んでいた。


「は、花姉さん!

 汚れちゃいますよ~」


 香澄がそんな花を止めに入った。


 花は香澄の方を見て、ムゥとした。


「…結局、「花姉さん」に戻っちゃったね…」


 香澄は顔を赤くして、花に言った。


「あ、あれは気の迷いというか…

 とにかく、あれっきりです!!」

「あはは~まぁ、いいんだけどね~

 こっちに慣れすぎて、違和感感じそうだし~」


 花は笑って、香澄を許したのだった。


 すると、哲男がやってきて、花に声を掛けた。


「嬢ちゃん!!久しぶりだな~」

「てっちゃん!!来てくれたんだ!!

 久しぶり~~」

「がはは~監督さんのバスには全員乗れなかったからな~

 わしが車を出して、手伝わせてもらったわ~」

「ありがと~てっちゃん~」


 そんな話をしていると、哲男の車に乗ってやってきた野口と谷、菅、菅原がやってきた。


「川島さん。お久しぶりです。

 色々と準備とか予約とか、ありがとうございます。

 今日はよろしくお願いします。」


 野口はまず、川島に丁寧に挨拶した。


 川島は笑って、野口の肩をポンポンと叩いた。


「相変わらず、野口君は真面目だね~私もこういうの好きだから、全然いいよ~

 こちらこそ今日はよろしくね~」


「…その前になんで俺だけ、フェリアドのバスなんすか!!」


 皆が川島に挨拶しているところに新田が怒った様子で近寄ってきた。


 野口の傍に居た菅が笑いながら、答えた。


「はっはっは~哲男さんの車は5人乗りだから、定員オーバーだよ~

 他のサッカー部のメンバーも居るし、それに太一は妹がいるから、一番、気まずくなかったと思うんだが?」

「滅茶苦茶いじられましたよ!!

 バスん中の話題、ほとんど俺でしたからね!!

 加奈先輩も楽しそうに俺の事いじってくるし!!

 最悪でしたわ!!」


 加奈が新田にすっきりした笑顔で、近寄ってきた。


「いや~~最高だったよ~

 いじられてる太一君、可愛かったよ~」


 すると、加奈の隣にいた愛が加奈を睨み付けた。


「加奈さん…お兄ちゃんをあんまりいじめないでもらえますかね?」


 加奈は愛のお兄ちゃんを守るような発言にときめいて、愛を抱きしめた。


「愛ちゃん!可愛い!!

 そんなにお兄ちゃんが大好きなんだね~

 もう撫でちゃうぞ~」

「や、やめて下さい!!

 離れて下さい!!」


 愛は加奈をはがそうと必死になっていた。


 谷はその様子を見て、呟いたのだった。


「…太一は伊藤のどこに惚れたんだ…」




 そうして、準備を進めていると、一台の中型バイクがけたたましい音をたてて、グランドの傍の駐輪場にとまった。


「おぉ~~やっぱり来た~~」


 花が嬉しそうにしていると、バイクにまたがっていた運転手がヘルメットを外した。


「おっす~皆元気~」

「遅いよ~千里子先輩~

 早く~」


 そうバイクでやってきたのは千里子だった。


 野口は驚いて、千里子に挨拶しに行った。


「お久しぶりです。

 というか、バイクの免許取ったんですね?」

「あぁ~まぁね~

 暇だったから~」

「…結局、チームはまだ見つかってないんですね…」

「…うん…もう、若干諦めてきた…」


 千里子はうなだれた様子で野口に話した。


「花姉さん、千里子先輩も呼んでたんですね。」

「うん。他にも律子先輩とか呼んだけど、遠征中で無理だったよ~

 試しに麻衣も呼んでみたけど、絶対、嫌って言われたよ。」

「…そりゃ、そうでしょうね…」


 香澄は珍しいことに花に対して、呆れた様子だった。


「でも、あと、一人来るはずなんだけど…」


 すると、1台のタクシーがコートの横に止まり、スタイリッシュな恰好をした女性が一人、降りてきた。


 花が目を凝らして、その女性を見ると、何かに気付いて、走って女性に近づいて行った。


「汐音先輩じゃん!!

 なんつぅ恰好してんすか!!」


 そう、最後の一人は汐音で、およそサッカーをする恰好には見えないオシャレな服装でやってきたのだった。


「普段着なんだけど、そんな変かな?」

「変とかじゃなくて!サッカーする気ないでしょ!!」

「そりゃ、無いよ。

 私、見に来ただけだよ。」


 汐音はこともなげに花に答えた。


「えぇ~~なんすか、それ~~

 久しぶりに汐音先輩とサッカーができると思って、楽しみにしてたのに~」


 花が残念がっていると、汐音のカバンから、1冊の雑誌が零れ落ちた。


「もう!汐音先輩、落としましたよ…

 てか、これひょっとして汐音先輩?」


 花が雑誌を拾うと、どうやらファッション雑誌のようで、表紙を見ると、汐音らしき女性が写っていた。


「あぁ、ごめ~ん。落としちゃった~

 これ私だよ~すごくな~い?」


 これ見よがしに自慢してきた汐音にイラッとした花は雑誌をポイッと放り投げて、コートへと戻って行った。


「ちょ、ちょっと~~!!」


 そう言って、直ぐに雑誌を拾い上げて、汐音もコートの中へと入って行ったのだった。




「…じゃあ、早速始めましょうか~

 審判は私がするね~」


 コートの真ん中でサッカー部とフェリアドFCが整列している中、川島が両チームに話していた。


「サッカー部の子達も女の子だからって、遠慮しないでいいからね~

 どんどん身体ぶつけてってね~

 おっぱいに手が当たってもファールじゃないから~」

「…何を言ってるんですか…川島さん…」


 川島の言葉にサッカー部の大半が照れている中、野口が呆れた様子で川島に言った。


 川島はニヤリと笑って、サッカー部の方を見た。


「…特に、香澄はデカいよ…

 狙いどころだから、頑張ってね~」


 サッカー部の視線が香澄に集まって、香澄は思わず胸を隠した。


「か、監督!!いい加減にしてください!!」

「あはは~ごめんごめん~

 まぁ、とにかく、久しぶりの子も多いから、ケガだけはしないようにね~

 じゃあ、両チームとも礼して、向かいの人と握手して~」


 両チームとも大きなため息をつきながら、挨拶した。


「よろしくお願いします!!」


 谷は向かいの香澄と握手した。


「そういや、香澄とサッカーすんの久しぶりだな。」

「そうですね。

 タニスケ君はサッカー自体が久しぶりだと思うから、ケガに気を付けて下さいね。」

「…やっぱり、その呼び方は変わらないのか…試合中に絶対、言うなよ…」


 そして、花は野口と握手した。


「絶対負けないからね~」

「おう!こっちも負けねぇよ!!」




 ピィ~~~~~


 そうして、川島が試合開始のホイッスルを吹いた。


 フェリアドFCボールから始まった試合はボールに慣れるところから始まって、ゆっくりと試合が進行していった。


 そんな中、中盤で菅原がボールをカットして、谷にボールを渡した。


 谷は香澄がボールを取りに来たのを華麗にまたぎフェイントで抜いて、新田にスルーパスを出した。


 新田は少し遠めだったが、ダイレクトでシュートをした。


 シュートは見事、サイドネットを揺らして、サッカー部があっという間に先制したのだった。




「おっしゃ~~~!!!」


 新田が大喜びしていると、ベンチにいた愛が怒った様子で新田に叫んだ。


「こら~~~!!!

 今日は3年生の引退試合なんだから、2年生が頑張ってどうすんのよ!!」

「えぇ~今のは素直に褒めるシュートだろ~」


 すると、加奈も笑いながら、愛に便乗して、新田に声を掛けた。


「そうだそうだ~~~!!

 空気読め~~~~!!」

「加奈先輩まで!?」


 新田は折角点を取ったのにと、うなだれていた。


 そんなやり取りがされている中、香澄は谷に近寄って、声を掛けた。


「相変わらず、タニスケ君、上手ですね。

 見事にやられましたよ。」


 谷はフッと笑って、香澄に言った。


「お前ももっと遠慮せずに来ていいんだぞ。

 …ただ、その呼び方は止めろ。」




 そんな感じで、試合は和やかに進んでいき、フェリアドFCがカウンターで花と野口が1対1の形になった。


「花!!抜け~

 彼氏をぶち抜いてやれ~~」


 麻耶が花に叫んだ。


「昭義~~!!

 ぜってぇ抜かれんじゃないぞ~~」


 菅が野口にのんびりと走りながら、声を掛けていた。



 花と野口はいつもの公園練習の時のように、真剣な表情で対峙していた。



 そして、花はボールを前へと蹴りだしたのだった。





 ――――――――――それから、5年後。




「…ということで、野口選手、日本代表になった感想を聞かせて頂きたいんですが、よろしいでしょうか?」


 女子日本代表の合宿所で花はサッカー雑誌の取材を受けていた。


「…その喋り方、やめてくんない?

 なんかめっちゃやりづらいんだけど…」


 花はうんざりした様子で、記者に言った。


「私だって、仕事なんだから、普段と同じように聞いてんだよ。

 まぁいっか。娘相手にこんな気を遣ってもしょうがないか。」


 そう言って、花の母親の春子はいつもの口調に戻した。


「しかし、こんな楽な仕事ないな~

 娘に話、聞くだけなんて~

 よくぞ、日本代表になってくれた!!娘よ!!」

「喜ぶ理由が釈然としないんだけど!!

 全く…で、何を話せばいいの?」


 花は肩肘ついて、めんどくさそうにしていた。


「そうだな~そういや、旦那は元気?

 新婚なのに離れ離れって、あんたら大丈夫なの?」


 花と野口は野口が大学を卒業してから、直ぐに結婚して、結婚1年目の新婚ほやほやだったのだ。


 まだ、両方とも忙しくて、式は上げていなかったが、花の左手薬指には結婚指輪が光っていた。


「…ご心配どうも。

 別に仲はいいですよ!

 それにアキは元気だよ。

 トレーナーの仕事にも慣れてきたみたいだし。

 アキはアキで頑張ってるよ。」

「そっか。そりゃよかった。

 じゃあ、そろそろ子供もできる頃かな?」

「ば、バカ!!こんな大事な時期に子供なんて作るはずないでしょ!!」


 花は気恥ずかしそうに怒った。


 そんな花の言葉を聞いて、春子は残念そうにしていた。


「えぇ~早く孫の顔が見たいな~~」

「もう!!いい加減、ちゃんとした取材してよ!!」

「あはは~冗談だってば。

 分かったよ。」


 そう言って、春子はコホンと息を整えて、真面目な顔で質問をし始めた。


「えっと、今回の取材の目的は初めて日本代表に選ばれた花の経歴についてです。

 …と言っても、中学までの話は私でも大体分かってるんだよね~

 だから、今日聞きたいのは、高校でまたサッカーを始めたきっかけってのを教えてほしいんだよ。」

「あれ?私、言ってなかったっけ?」


 花はとぼけた顔で春子に言った。


「聞いてないわよ!

 知らず知らずの内にフェリアドに入ることになってたから、何があって、そんな事になったのかは私も全然知らないのよ。

 なんか劇的なことがあって、またサッカーする気になったんじゃないの?

 その面白そうな話を記事にしたいんだよ~」


 春子はワクワクした顔で花にボイスレコーダーを向けた。


「えぇ~でも、そんな大した話はないよ?別に。

 てか、恥ずかしいから、話したくないんだけど…」


 花は嫌そうな顔で春子に言った。


 春子は両手を合わせて、花にお願いした。


「そこを何とか!!

 最悪、面白くなくても私の力で、話盛るからから!!」

「…それは記者として、どうなのよ…」


 花はため息をついて、しょうがないかと諦めて、どこから話せばいいやらとう~んと考え始めた。


 すると、花はクスっと笑って、話し始めたのだった。




「私の第二のサッカー人生はある男の子に「ドMで根暗」って言ったところから始まりました。」




 おしまい

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さかこい半々 @kandenEFG

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