第4章(その3)
彼が黙ったまま立ち尽くしていると、騎馬の群れの中から一人、こちらに進み出てくる者があった。男は馬上からナイゼルをまじまじと見下ろしつつ、おもむろに声をかけてきた。
「今しがたの少女は、我らが無事に保護した。……そなたは一体、何者だ。村を襲った賊の一味か?」
「広い意味では、そうだとも言えるな」
「なのに、仲間を斬ったというか。一体何が不満だったのだ。取り分で揉めでもしたか?」
「それも、広い意味ではそうだとも言える。……彼らは、自分の取り分ではないものに手を出したからこそ、このような末路を迎えるに至ったのだから」
「では、そなたはどういう理由でここに立っている」
「分からぬ。……殺し合いをして、敗れたのは私ではなかった、ということだ。言える事と言えばそれくらいのものか」
「ふむ、なるほど」
男はにやにやと笑うと、棒立ちになっているナイゼルの周囲を、馬のままぐるりと一回りして彼を眺め回した。
「北方人。お前はなかなか面白そうな男だな」
男はそういって、快活に声をあげて笑った。
どうやらその男こそがこの一団の指揮官であるらしかった。あごひげを豊かにたくわえ、すらりと背の高い偉丈夫だったが、年の頃はよくよく見ればナイゼルと同じか、少し若いくらいに思われた。快活そうに見えて、鋭い眼光が油断なくナイゼルを睨み据えていた。
その後ろに従っている兵士達も、馬が多少むずかって足踏みしているのを除けば、私語も無ければほとんど微動だにしない。まさに鉄の軍団、という言い回しがぴったりに思われるほどに統率の行き届いた精鋭揃いだった。これに比べれば遠征軍など、徴兵でかき集められた農民の兵卒どもと、志願して参加した田舎騎士の寄せ集めという、ただの烏合の衆に過ぎなかったかも知れない。
自分を包囲しているのがそんな顔ぶれであることをあらためて確認しつつ、ナイゼルは馬上の男に問いかけた。
「……それで、この私を貴公らはどうするつもりなのだ」
「まあそう慌てるな。そなたもまずは我らが何者か、それを知りたかろう」
「かつての友軍ではないのは確かなようだ」
「かつての、か……ふむ」
男は一人満足げに頷くと、先を続けた。
「おれの名はハールマルド。この地を荒らし回っている北の侵略者どもを討伐すべく皇帝陛下より命を受けた、ジャーマヤーリー将軍麾下の一将である。敵の本隊は将軍閣下が直々に兵を指揮し、これを北方へと押し返したが、砂漠に残った一部の残党が野盗のたぐいとなって近隣の村や旅回りの商人を襲うなど、目に余る様相であるという。……そこで将軍は、このおれに兵を与えて下さり、そういった残党どもを一掃すべしとお命じになったのだ」
「……」
「この地で暴れている一団があると聞き及び、この先の村にたどり着いたのがつい先刻の事だ。もう少し早くに着いていればと悔やまれるところではあるが、それはそれ……その村で、焼け出された村人と居合わせた商人どもから、少々気になる話を聞いてな。北方人の野盗くずれどもを一人残らず斬り捨てて、旅の商人どもの命を救ったという奇特な剣士がいて、なんとその男もまた北方人のような風体であるというのだな。……しかもその男、先ほど村を襲った連中を追いかけて、一人で飛び出していったともいう」
フフフ、とハールマルドは含み笑いをもらしながら、ナイゼルを見た。
「まったくおかしな話だ。そのような奇妙な男、本当にいるのならば是非この目で見てみたいものだ、と思ってな」
「その愚か者なら、貴公の目の前に立っている。それで、満足か?」
ナイゼルがぼそぼそと呟くと、ハールマルドは今度は明快に声を上げて笑いあげた。彼を乗せた馬が少し驚いて身を震わせたほどに、けたたましい笑い声だった。
「結構! それで、そなたはこれからどうする? 今ここで我らを残らず斬り捨てて、ここから逃げてみるか?」
「剣を拾う時間だけくれるのであれば、試してみるのも悪くはないのかも知れぬが。……貴公の部下は強そうだから、少々骨折れだろうがな。それにそうしてみたところで、先々落ち延びるあてがあるわけでもなし」
「本隊と合流し、国元に帰る気はないのか」
「その何とかという将軍閣下の働きで、彼らは北へ押し返されたのだろう? であるなら今から合流するのはとても難しそうだ。……それに今更国元に戻ったところで、仕方のないことだ」
「生きて故郷に帰る気はないと?」
「故郷ならば、尚更だ」
ナイゼルのぼやくような言葉に、ハールマルドはもう一度豪快に笑った。
「あてが無いというなら、我らと一緒に来い!」
「縄をかけて連行するというのか。やむを得ないな」
「違う違う、そうではない。……おれには分かる。お前は、まだまだ人を斬り足りない、という顔をしている」
まるで、何かを試すようなハールマルドの物言いだった。ナイゼルは言葉を慎重に選ぶように、馬上の指揮官に問いかける。
「……私がそういう顔をしているのはよいとして、では誰を斬ればいいというのだ。貴公か?」
その言葉に、反応を見せたのは周囲の騎兵達だった。まるで彼らだけに聞こえる内緒の号令がかかったかのように、ざっと馬蹄を鳴らして、一斉にナイゼルに向かって一歩詰め寄る。包囲の輪が一気に縮まっても、ナイゼルはまったく臆することなく、微動だにしなかったが、この軍団がそれだけ統率の取れた鉄壁の集団であるということは、あらためて窺い知れた。
ハールマルドはそんな兵士達に、待てと合図するような手振りを見せたかと思うと、ナイゼルに向き直った。
「それもよいかも知れぬが、もっと面白い選択肢もある。……我らと一緒に、討伐任務に協力するのだ」
「……?」
「ここに居並ぶ者どもはいずれも鍛え抜いた精鋭揃いだ。そこは疑いようもないが、使える兵士は一人でも多いに越したことはないからな。そなたと元の仲間とにどのような遺恨があったのかは知らぬが、そなたであれば相手の言葉も分かるし、連れて行けば何かと便利ではあろう。……腕も相当に立つようであるしな。何ならば一人斬るごとに金貨一枚を払ってもよいぞ」
「金のために人は斬らぬ」
「いらぬというならそれもよし。……それとも虜囚となるのを好むか。そなたのような手練れを捕らえたとあれば、我らにしてみればそれはそれで相応の手柄には違いないが」
好きな方を選ぶがよい、とハールマルドはナイゼルに告げた。
ナイゼルはしばし無言のまま立ち尽くしていたかと思うと、周囲を窺いながら、ゆっくりとかがみ込んで、地面に転がる血の付いた剣を拾い上げた。もちろんそうすれば兵士達の警戒が強まるのは分かっていたから、相手の出方を窺いながらの恐る恐るといった行動ではあったが。彼らの張りつめるような警戒の目の中で、ナイゼルは慎重に切っ先の血を拭い、ゆっくりと鞘に収めた。
「私は騎士だ。この剣を捨てるわけにはいかぬ。……貴公らと事を起こさずに済まそうと思えば、おのずと選択肢は限られてくるな」
「では、決まりだ。……誰か、この者に馬を!」
ハールマルドの号令とともに、彼らは包囲の輪を解いて馬首を翻した。うち数名が、野盗が引き連れていた馬を接収し、そのうちの一頭がナイゼルのためにあてがわれた。
「よし、出発する!」
そのように号令がかかって、部隊はその水場を離れていく。果たしてこれから先どういった成り行きになるのかは分からなかったが、ナイゼルはただその流れに身を委ねるより他になかった。
(次章へ続く)
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