第3話 〔バイト〕ハジメマシタ

「ピピッ!」



 広くもせまくない少し年記ねんきを感じるスーパーの缶詰かんづめコーナーで、小さな電子音がした。



「うわぁ!! なんだ?! コイツ!!」



 Vocaloidボーカロイド/Type-R3タイプ・アールスリー-ST1エスティー・ワン通称〔いちごちゃん〕は、缶詰かんづめコーナーで1人の男がお会計前のサーモンの切り身728円の商品をカバンに入れるのを目撃した。


 万引きをするつもりだった男は、等身大フィギュアが自分をじっと見つめていてビックリした。

 さっきの音は、きっと犯行現場の映像を記録したためにった電子音に違いないと思った。


 「ぎょっ」としてり向く男。

 〔いちごちゃん〕は、その場でただだまって立っていた。






 ――――昨日。

 きらりの祖父は、〔いちごちゃん〕にたのごとをした。



「今週末に町おこしで、人気のアイドルよんで10万人コンサートをする予定なんじゃ。

 それで、最近は観光客が増えての〜。

 町の安全のために、昼間に商店街をパトロールしてほしいんじゃ」

「私ニハ、戦闘機能ガ、アリマセン」

「かまわんかまわん。

 万引きしとるやつがおったら、『ピピッ!』と電子音でんしおんらしてくれるぐらいでえぇんじゃ」

「電子音ダケデ、ヨイノデスカ?」

「あぁ。

 あとは『じ〜っ』と見ておけば、不気味ぶきみがって取るのをやめるじゃろう。

 〔いちごちゃん〕に何かあったら、きららが悲しむからのぅ。戦う必要はない」





 きらりの祖父にいわれたとおり〔いちごちゃん〕は、ただだまって男を見ていた。

 すると男はサーモンの切り身をたなに戻して、逃げるように店を出ていった。





「バイト代、出マスカ?」

「お主、人形なのに金がほしいのか?!」

「博士ノ、借金ノ返済ヘンサイシニ、シタイデス」



 聞けば〔いちごちゃん〕の開発者の博士は、税金を滞納たいのうして家具を差し押さえられたらしい。

 〔いちごちゃん〕だけは持っていかないでくれとお願いするため〔いちごちゃん〕と職員の間に入ったら、運悪く職員が転倒てんとうしたので〔公務執行妨害〕で逮捕たいほ

 そんなみの親の博士を少しでも助けたいとのこと。きららの祖父は感動した。



「よし!

 時給821円でお願いしようじゃないか!!」






 こうして始まった〔いちごちゃん〕のバイトは素晴らしいものだった。

「ピピッ!」と電子音を時々らすだけで、やましいことをしようとしている人はやる気をなくした。

 万引きの件数が減っただけでなく、浮気うわきの件数も少なくなり、ゴミをポイ捨てする人さえいなくなった。

 これで、安心してコンサート当日をむかえられると、町の皆が思った――――――――――。






 だが、コンサート2日前の夜に事件はきた。


 コンサートのステージは、町の広場にある大きな2つの噴水の間に設置された。

 普通は「噴水ふんすい」というと円形だが、この広場の噴水は横長よこながに作られていた。「夏に子どもたちが水遊びをできるようなものにしてほしい」と市民から要望があったためだ。


 コンサートが間近まぢか雰囲気ふんいきを出すために、ひかええめながらも噴水ふんすいにライトアップがされた。

 たまたま夜に通りかかった人は、それを見て(大規模だいきぼなコンサートがもすうぐだな)とワクワクした。


 田舎いなかでは、夜に出歩く人はそうそういない。

 噴水ふんすいを動かしていても誰も見ないので、20:00には噴水が止まる。

 その一瞬。

 偶然ぐうぜんにも、ステージにも少しかかっていた光が魔法陣をえがいた。



「シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ」



 ステージからかすかなけむりがたち、夜の薄暗うすぐらいステージに何かが召喚しょうかんされた――――――――――。


 ガサガサの荒い肌。2メートル近くある、細く長い鼻。それは動物園にいる〔ぞう〕のように見えた。




「……ワレハ【ベヒモス】……。

 ……?

 召喚者ガ、オラヌ……」



 

 魔法陣で呼び出されたのに、召喚した人物がいないので【ベヒモス】は不思議に思った。

 ……が、すぐに考えるのをやめた。



「……オナカスイタ」



 【ベヒモス】のオレンジ色の目が光った。

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