閑話11 天使の神託

 何故だ、何故だ、何故なんだ、なぜなぜなぜなぜ!

ステージから転げ落ちた私は、広場を離れ大通りを走っていた。

息切れがする。足もガクガク震えていた。滅多に運動する機会がなかったからか。そんなもの、自分には必要なかったのだから仕方ない。

だがあの場にはいられない。ヒイヒイ言いながら、走る。

それを不審そうにナランの人間が眺めていた。自分が慕われていないことなどわかっていた。私にはそんなものどうでもよかったのだ。神父になり司祭になり、司教になり法皇になる。その為の踏み台に情など感じなかった。どう思われてもよかった。


 しかし、ミヤエルは、アトラはどうだろう。ミヤエルは皆から慕われている。天使の神託も聞けるのだ。そんなものはただの嘘だと、私は信じようとしていた。なら何故自分には聞こえないのだ、神の声が。これだけ地位があるのに、野望のないヒラ神父になぜ聞こえる?

 アトラは? 同じ孤児なのになぜこうも違う? 世界を変える加護の力をなぜ持っている? 力のあるのにそれを使おうともしない。なのに皆から好かれ、守られている。


 さっきだってそうだ。広場のステージでアトラの力を誇示したというのに。町の者たちは、私の言葉を否定した! 皆が口々に「アトラは加護持ちでなはい」と言う声が耳に木霊する。


ナランの教会支部へ飛び込む。地下へ降りると、隠し扉を荒々しく開けた。


「コブ!」


そこには、奴隷商人のコブがいた。奴隷を扱っているとバレたので、私が匿っていたのだ。


「夜にあの加護持ちを捕らえろ! どんな手を使っても構わん!」


もうなりふり構ってはいられない。どんなことをしてもアトラを手に入れる。この手段しかないのだ。


「しかしですねえ」


コブは気味の悪い顔で笑う。なんと卑しい笑みか。こんな奴といっときも居たくはなかったが、今は必要なのだ。汚れた奴隷商人め。


「加護持ちですよ? ウチの奴らがもう何人かやられてんです。あっしたちだけで捕らえられるとは」


「金は払う! 地位だって約束する! とにかく捕まえろ! この私の命令が聞こえないのか? 助けてやったというのに。突き出してやってもいいんだぞ!」


そこまで言うと、ドアを閉め階段を上がる。自分の部屋へ駆け込んんだ。

やっとそこで息を吐く。とにかく、あれさえ手に入ればいい。そうすれば一気に格上げだ。これでまた自分の野望に近づく。

そこでふと気づく。やけに明るい。夏なので夜が来るのは遅いが、それにしても明るい。目を閉じていたいくらいだ。


自分の部屋に誰かがいる。部屋が明るくて見にくいが、男が立っているのが見えた。どこから入っていつからここにいるのだろうか? それにしても、眩しい。この光は一体なんなんだ?


「誰だ、貴様は」


私はいつでも助けが呼べるように、ドアへ近づく。あいつの刺客や、いやあれか? それとも奴か? 思い浮かぶ顔は多い。恨まれているのはわかっている。だがそんなことで野望を止めるわけにはいかないのだ。


「雇われたのか? どこのどいつだ? 金ならそっちの報酬の倍払おう。どれくらい必要なんだ?」


ここで死ぬわけにはいかないのだ。ここで!


「ふうむ。セフィリナ様の名を語るには、腐りすぎている。少しお灸が必要か?」


なにを言っているのだ。こいつは。男は怯えることもなく、ただ私を観察している。これからどう審判を下すか、考えているように。


「アトラに手を出さないように、忠告をしに来ただけだったのだがな」


アトラの差金か? どんな人脈だ? あの女にそんなツテはないはずだが。しっかり調べたのだ。孤児として孤独に生き、一時は帝国で暮らしていた。そこでどう生きていたかは掴めなかったが……ある日ひょっこりとカルゼインに帰ってきた。加護の力を手にして。


「そっちより倍の金を出す。こちらへつかないか? ただの魔道具士にお前に払う金はないはずだ。なんなら名誉を約束してやってもいいんだぞ。加護持ちを見つけた功績だ! どれほどかわかるか!」


「それはお前の本心か?」


目を見張る。男の背中から放たれた光、そして羽。四つの翼が羽ばたいている。強風が吹き、ベッドのシーツを巻き上げた。男は輝いていた。まるで、そう、神の遣い、天使のように。

いや、天使だ。天使なのだ。目は新緑に輝き、神々しい輪を頭上に輝かせている。翼はこの部屋では窮屈そうだ。それくらい大きかった。


「あ、ああ……」


膝から崩れ落ちる。現実なのだろうか、夢を見ている? それかもう死んでいるのだろうか? どこかの刺客に襲われ、天界に連れていかれたのかもしれない。そんな。まだ死ねない。私は、私は私は私は……。


私は、ただ、幸せになりたかっただけなんだ……。


「その幸せとは、地位や名誉、金で受けられるものなのか?」


天使は心が読めるのだろうか? それとも私が口走ったか。

だが天使の問いに、私は悩んでいた。どうだったろう? 私の望む幸せとはなんだったろうか。神を敬い、救いを信じ、人々と共に笑う。

そうではなかっただろうか。いつからだろう。もっと金と地位が欲しいと思ったのは。幸せがすり替わったのはいつだったろう。


「お前は孤児として貧しく孤独に生きたことはよく知っている。それでもセフィリナ様を信じていたはずだ。その想いを忘れたか? 孤独は金で埋められるか? 否か?」


そう、私は孤独だった。司祭になっても孤独だった。なのに、あのヒラ神父は反対に人々に囲まれて幸せそうだったな。地位は反対なのに、幸せは反対。どんなに地位を金を手に入れても、孤独だった。不幸だった。

いつもなにかに急かされて、追われて、怯えて、そんな人生ってこの私が望んだことじゃないよな? なのになぜ私は、こうも孤独なのだ?


「私はもうすでに見放したいのだがなー。だが、セフィリナ様はお前を見放さない。いつでもお前を愛している。常に信じているのだよ。ですよね、我が主人」


そう言って、なにか嬉しそうに笑う。その瞬間、温かいものに包まれた感覚を私は受けた。やわからな薔薇の香り。温かく優しい空気。微かに聞こえる息づかい……そして、慈愛に満ちた想い。


「ほら。神はいつでもお前と居るのだ。そして私も。そのことを忘れないように。神はいつでも見守っている。私もちょこちょこ、様子を伺うよ」


気づくと、私は薄暗い部屋にへたりこんでいた。

夢だったのか? だが、床を見て理解した。金色に光る羽が、きらきらと輝いていた。


 私は支部を飛び出していた。西へ向かい、ただ走る。途中でコブの顔を見たような気もするが、気のせいか。

私の心は慈愛に満ち溢れていた。そして興奮していた。

女神様はいつでも私を見守っている。そう、私は孤独ではないのだ。

いつ忘れてしまったのだろう。当たり前すぎるから、忘れてしまったのだろうか?


この感動を、興奮を、そしてお詫びを伝えたい。

神に愛されし、加護の子へ。

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