第42話 一件落着


 オルウィン司祭さまによる騒動が終わってから、わたしの店にミヤエルさん、アーレンス、リルラちゃんが集まっていた。みんな険しい顔をしている。

わたしはハーブティーを淹れて、みんなに配る。リオくんはクッキーをつまみ食いしていた。のんきなのはわたしとリオくんくらいだった。


「アトラさんを手に入れることに失敗した彼なら、次の手を打つでしょう」


「ああ。とうとう実力行使に出るかもしれない」


「そうなったら、あたしたちがお姉様を守らないといけません」


オルウィンさまがあきらめるとはわたしも思えない。自分の地位と権力を手に入れるためなのだ。あれだけ力を欲している彼が、そうすごすごと帰るとは思わない。わたしもね。


「でも、大丈夫だと思うけどな。うちにはあみぐるみゴーレムもいるし」


まあ、それによる安心はある。けど、リルラちゃんは呆れたようにリオくんを見た。


「どんな手を使うかわからないんですよ? 武器とか魔道具とか、もしかすると別のスキル持ちをよこすことだってありえるんですから!」


「あの奴隷商人は、スキル持ちの手札なんて持ってないと思うけどな。オレが初めてみたいだったし」


問題はオルウィンさまの手持ちだよね。意外と持ってるかもしれないし。底の見えない人だから、次の一手を強力にすることはあるだろう。


 今日は満月らしい、東の空から月が昇ってくるのが見えた。この世界でも月はある。でも、緑色の不思議なお月さまだ。月には月人族と呼ばれる一族がいるそうな。言い伝えらしいけど、緑色の月を見上げると、あながち本当の話のようにも思える。


 店のドアが開いて、みんなの顔が一斉にドアへと向いた。そこにはオルウィンさまがいた。わたしを奪う算段でもあるのだろうか。

アーレンスたちは警戒して、いつでも戦えるように身構えていた。わたしも、あみぐるみゴーレムへ指示する姿勢だ。

だが、オルウィンさまは何も言わない。

 どうも様子がおかしい。息切れしているし、なんだか興奮しているような? 

酷い目にあったのか服はボロボロだし、目元が腫れてるし、体は震えているし。

そしてその視線は、夢でも見ているようにうっとりしていた。


「えっと、オルウィンさま」


「アトラさん! すみませんでしたああっ!!」


わたしが口を開けた瞬間、オルウィンさまが深々と礼をした。


「はいい?」


その場の誰もが、目を丸くした。


 オルウィンさまは顔を上げると、泣いていた。一体オルウィンさまになにがあったのか。何かを企んでいるようには見えない。こんだけボロボロで目が腫れて震えているんだ。これが演技だったら大したものだ。


「貴女の言う通りです、アトラさん。孤児でも力がなくても悔しい思いをしても、私も貴女のように精一杯生きていたのです。それを私は忘れていました。力を持てば幸せになる。私を馬鹿にして足げにしてきた奴らに報いを受けされられる。もっと強くなれば、力があれば……そう信じて生きてきました。でも、どこか心に穴が空いたような、そんな思いを見てみぬふりをしておりました」


なにか語り出した。もうちょっと話を聞いてみようかな?


「それは間違っていました。天使様の喝に目が覚めたのです。申し訳ありませんでした!」


天使? アーレンスたちが顔を見合わせる。わたしには心当たりがあって、あの天使の仕業だろうとオルウィンさまに近づいた。


「お姉様! 離れてください! 何か企んでいるかも」


わたしは振り返ると、ゆっくり首を振り安心させるように笑いかけた。


「大丈夫ですよ、リルラさん」


よく神託をいただくミヤエルさんも理解したらしい。

わたしはオルウィンさまの方へ向き直る。


「もしかして、天使さんに会ったんですか? いつもセフィリナ女神さまと一緒に、わたしを見守ってくれているんです」


「ああ、やはり、そうなのですか……」


オルウィンさまは神様でも見るような視線だ。いや、わたしが女神さまではないんだけどね。聞いています?


「ミヤエル君。君はよく神託をいただくと聞いていた。内心、私は馬鹿にしていたんだよ。そんなことあるわけなかろうと。しかしついさっき、私も神託をいただいだのです。確かにあれは現実だった。そして気づかせてくれました。純粋だった頃の記憶と、祈りを」


オルウィンさまはその場で祈りを捧げる。


「私は改心しました。これからはナラン、いや、カルゼインの人々の幸せの為に聖職者の責務を務めます。私の本当の願い、それは人々と笑い合うこと。自分のような人間を生まないこと。それだけなのです」


「どういうこっちゃ」

「信じられません……」

「クッキーうめえ」


リオくんにいたっては興味を無くしている。


わたしは泣いているオルウィンさまにハンカチを渡した。オルウィンさまは再び女神でも見ているような視線を送っている。だから、いやその。


「貴女は加護持ちなのでしょう、きっと。天使様や女神様に愛されているのですから。ですが安心してください。私は二度と貴女に迷惑をかけません。むしろ、私の力で貴女をお守りします。必ず!」


どうやらこれからは力になってくれるらしい。ある意味頼もしいし、これは素直に喜ぼうかな? もうわたしになにかする感じではなさそうだし。


「ありがとうございます、オルウィンさま」


わたしはオルウィンさまの手をとる。オルウィンさまは少し赤面していた。


「なんと美しく神々しい! 貴女は女神か!」


「こいつ大丈夫か?」


リオくんがボソリと囁いたのが聞こえる。いや、大丈夫じゃなさそう。


「では、これにて一件落着ということで……」


オルウィンさまが勝手に締めくくろうとする。けど、わたしは気配を感じて、オルウィンさまの向こうを眺めた。

店の外が騒がしい。ドアが荒々しく開き、暗闇から人影を連れてきた。


「これはどう言うことだ、貴様!」


リオくんを狙っていた奴隷商人の男が店に上がりこんできたのだ。後ろには三人のガタイのいい男たちを連れている。見るからに凶暴そうだ。


「オルウィン! お前の手が効かなければ、無理矢理にでもこの加護持ちとスキル持ちを連れてこいと言ったはずだ! それを撤回するつもりか!」


最初からオルウィンさまは手を打っていたということか。

けど、オルウィンさまは立ち上がると、わたしを守るように両手を広げた。


「私は天使さまの神託を聞き、生まれ変わったのだ! アトラさんには指一本触れさせない。お前たちもまとめて罪に問う!」


「何を今更! お前ら、あの加護持ちの女だけでも捕まえろ! 莫大な金になるぞ! 報酬は弾む!」


男たちは、オルウィンさまを押しのける。そのままオルウィンさまは床に転がった。あっけないなとやけに冷静なわたしがいる。

三人の男たちが、わたしにじりじりと忍び寄ってくる。それを、アーレンスより先にリルラちゃんが塞いだ。


「小娘ふぜいが!」


「させません。スキル解放!」


リルラちゃんがそう呟いた瞬間、何かが男たちを薙ぎ倒した。

店の壁に、男たちが叩きつけられる。一瞬の出来事だ。奴隷商人は唖然とした顔でその光景を見つめていた。


「ムー、スー、捕まえて」


わたしは静かにムーとスーに指示を出した。


「わかりましたですですー」


「やりますわよ」


ムーが奴隷商人にタックルをかまし、スーはわたしの紡いだ拘束魔法のある毛糸で男たちを縛り上げる。あみぐるみゴーレムが店の入り口を塞いでいるので、奴隷商人はその場であえなくご用となった。

気絶して泡を吹いている男たち。猿轡を噛まされ呻く奴隷商人。


「これで本当に、一件落着かな」


奴隷商人たちがしっかり捕まったのを確認して、わたしはリルラちゃんの方へ振り向いた。


「リルラちゃん」


リルラちゃんの左腕は、黒く変色し、いつもの腕の倍ほど大きくなっている。


「あたしのスキルです」


リルラちゃんは忌々しいような目で、自分の腕を見ていた。


「あたしのスキルは、身体能力向上。故郷ではこの力のせいで、村のみんなに迷惑をかけていました。……それを、お姉様に知られるのが怖くて」


リルラちゃんは顔を伏せ、今にも泣き出しそうだった。わたしは彼女に近づいて、そっと腕に触れる。びくり、とリルラちゃんの肩が震えたのがわかった。


「ありがとう。わたしを助けてくれて。でも、わたしはそんなこと気にしないよ? リルラちゃんがなんであろうとも、わたしの妹みたいな存在なんだから」


「お姉様……」


ぽろりと涙が溢れる。わたしはリルラちゃんを引き寄せて、優しく抱きしめた。


「やっぱりお姉様は、あたしのお姉様です……!」


リルラちゃんの鼻を啜る音が、静かな夜の空気に響いていた。

 

 奴隷商人は、ミヤエルさんに呼ばれた兵士さんたちに連行されて行った。奴隷で金を儲けていたのだ。きっと、厳しい罪に問われるだろう。オルウィンさまも証言してくれるらしい。

奴隷商人について話すオルウィンさまは、なにか吹っ切れた様子だったそうな。


わたしは相変わらず、編み物専門の魔道具士を名乗って暮らしている。


 夏が過ぎ、秋の入り口に入った。

さまざまな思い出を残しながら、季節は変わる。

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