第6話 お姉様と呼ばないで

 ナランに来た翌日。わたしは自然と目を覚ました。すがすがしい目覚めに満足して、着替えると一階へと降りる。ミヤエル神父が朝食を作っていた。


「おはようございます、アトラさん。よく寝れましたか?」


「ちょっと昨日、変な夢を見て」


わたしが夢の内容を話すと、ミヤエルさんの瞳がキラリと光った。


「それはもしかすると、セフィリナ神の使いが現れたのかもしれません。私もたまに見ますから。アトラさんも、女神様に見守られているのですね」


女神様に見守られてる、かあ。ただの夢にも思えるけど。神父であるミヤエルさんは、たまにセフィリナ神から御神託を受けたりするらしい。本当かどうかわからないけど。


 朝はトーストとサラダ、昨日のスープをいただく。ミヤエル神父の作った朝食をとったら、彼のお手伝いだ。


毎朝六時には、敬虔な信徒である町の人たちがお祈りに教会へ来るらしい。

ミヤエルさんが教会の鐘を鳴らすと、ちらほらと人が集まる。


「あら、昨日の!」


ミヤエルさんの教会を教えてくれたおばさんだ。

しばらく神父にお世話になって、ナランの町に住むことになったとミヤエルさんが説明すると、とても喜んでくれた。


 ちなみにわたしはここでも「アトラ」と名乗っている。ミヤエルさんにもお願いして、呼び方を変えてもらった。事情は言わなかったけど、ミヤエルさんは何も言わずに頷いてくれた。

ありがとう、ミヤエルさん。


 教会には農家の人たちもやってきていて、魔物に困っていると聞く。よかったら、とぽんぽん閃光弾を渡しておいた。


病弱な女の子には、ブランケットをプレゼントする。


「アトラお姉ちゃん、ありがとう」


「ああ。神父様も慈悲深いというのに。ありがとうございます。もしかして王都の聖女様ですか?」


「ち、違います。ただの一般人です!」


聖女様と崇められるのは困るけど、喜ばれるのはわたしも嬉しい。

でも何故か、ミヤエルさんが険しい顔をしていた。

勝手に渡すのはよくなかったかな?

聖女と呼ばれるのも、イヤだったのかも。

ちょっと控えよう。


 教会から人がいなくなると、わたしはミヤエルさんと後片付けをする。

ひと段落したら、出かけないかと誘ってきた。


「教会に来なかった町の人たちにも、あいさつをしに行きましょう」


そうそう。教会に来た以外の人にもあいさつしないと。ご近所付き合いって大事だもんね。

特に田舎は横のつながりって必要だし。

ミヤエルさんは、ついでに服も買ってはどうかと勧めてきた。町に住むのに旅人服なのはおかしいか。


 丘を降りて、まずは服屋に着いた。

白いシャツに、落ち着いたブラウンのジャケット。動きやすくてデザインが上品な深い紫のバルーンパンツを購入する。

その場で着てもいいとのことで、着替えて服屋を出て、あいさつまわりに行くことに。


そうしたら、何故か野菜やら卵やらいろいろなものをもらってしまった。

引っ越しのお祝いだと言って町の人がプレゼントしてくれたのだ。


野菜と卵も食事メニューが増えるので嬉しいけど、特に嬉しいのがお菓子。

手作りのジャムやパン、パウンドケーキ、クッキーなどなど。高価な食材で作ったわけでないのに、何故か美味しい。

みんな、ブルーベリーや卵なんてものを自分で育てている。できたての材料で作るとこんなに美味しんだね。


いつか作り方を教えてくださいと言うと、なら編み物を教えてよと言われた。

教会で町の人に渡した編み物が噂になっているらしい。


この町には編み物を専門にした人はいない。

みんな生活の為に作ったり、たまに趣味で作る。

わたしの編み物は見たことのない編み方やデザインが多いらしく、ぜひ教えて欲しいとのこと。


わたしのデザインは帝国から来ている、ということになった。(本当は日本だけど)

帝国は進んでいるのね! と言われて、まあ確かにそうかなと思う。

帝都はやけに編み物士が多かったからなぁ。


もちろん、それでお菓子やジャムの作り方を教えてくれるのなら、全然オーケーだよ。

町の女の人たちに約束をしながら、わたしとミヤエルさんはあいさつまわりを続けた。


 お昼になると、ミヤエルさんはレストランに案内してくれた。町にある唯一のレストランらしく、安くて美味しいと旅人にも人気なのだそう。


「いらっしゃいま、せ……」


木でできた温もりのある店内に、可愛らしいエプロンをつけた少女が迎えてくれた。

町の人が、可愛い看板娘がいると教えてくれたのが彼女だろうか。

田舎町にはあまり若者はいないので、珍しくて可愛がられるらしい。

君もだよ、と言われたけど、わたし、りっぱな二十代後半だよ。



看板娘らしい少女は、水色の髪をポニーテールにして、目が大きくて活発そうな印象だ。

何故かわたしを見て、驚いている、のかな?

顔がひきつっているし、緊張してる? たしかにアトラスって、黙るとちょっと近寄り難いよね。


ここは第一印象を変えておかないと。


「初めまして。アトラって言います。よろしくね」


怖がらせないように、にっこり笑顔を作る。

笑顔なら、アトラスはかなり好かれる。

殺し屋時代は笑ったりしていたのかな。


「ア、アトラ……お姉様」


「へ?」


お姉様?

き、聞き間違いか。初対面の子にお姉様と呼ばれるわけがないよね。


「ええと、あなたの名前は?」


「リルラ、です。お姉様」


「リルラさん?」


ミヤエル神父も、リルラちゃんのわたしへの呼び方が気になるようだ。

いや待って。本当に、どこからわたしの名前にお姉様がついたの?


「な、なんて、なんて神々しいの? まるで女神様のよう! そのブロンドの髪! 美しい顔立ち! 抜群のプロポーション! 私が探していた理想そのもの! よく見ておけって言われてたけどこんな出会いがあるなんてっ!」


何故か一人で盛り上がっている。

これにはミヤエル神父も呆れるほかないようだ。いやわたしも、どう反応したらいいがわからない。


「アトラお姉様! このリルラ、アトラお姉様の為ならなんでもやります! 例え火の中水の中、路地裏や戦地であろうとも、必ずアトラお姉様を見つけてお守り致します!」


「とりあえず、料理をお願いしますね。リルラさん?」


ミヤエル神父が冷静に促して、リルラちゃんはやっとオーダーをとる。


 料理が運ばれると、リルラちゃんはお客さんそっちのけでわたしとミヤエルさんのテーブルに張りつく。お仕事は大丈夫なのかな。


「へえ。それじゃあ、リルラちゃんはいつか自分のレストランを持ちたいんだ」


「はい。それが夢で、今はここでお金を貯めるのと修行をしています」


「とっても素敵な夢だね。わたし、応援する」


リルラちゃんはちょっと変わってるけど、夢の為に頑張っているいい子みたいだ。

なんだか眩しいなぁ。わたしが学生だったころも、大学に通う夢を持ってバイトを掛け持ちしてたっけ。

夢があるのっていいことだね。


「お姉様はナランの町に住むんですよね?」


「うん。しばらくはミヤエルさんのお家にやっかいになるの」


「わかりました。……あの、たまに遊びに行っていいですか?」


ううっ。下から覗き込まれるように、ウルウルした瞳で見つめられる。これは反則だ。


「じゃあ、わたしもたまにレストランに顔を出すから。これからよろしくね」


「ありがとうございますお姉様っ!」


「リルラちゃん、お姉様はやめてくれると嬉しいんだけど……」


「ムリです!」


お姉様呼びは慣れないけど、可愛い妹ができたと思えばいいのかな?

昼食を食べ終えて、わたしは再びあいさつまわりへ。リルラちゃんも来たそうだったけど、仕事中だからね。頑張れ、夢の為!


 ナランの人たちは思ったより優しくて親切で、ますます好きになった。

これからの生活が、なんだか楽しみ。

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