第5話 新しい生活の始まり



 馬車に乗って五日。とうとうナランの町に着いた。煉瓦造りの家々に、のどかに広がる草原。大きな川が町の真ん中を流れ、立派な橋がかかっている。

王都から五日かかるナランの町。

その雰囲気は、賑やかで流れの早い王都と違い緩やかに進んでいる気がする。


神父さまの教会はどこだろうか?


「ミヤエル様なら、丘の上にある教会に住んでいるわよ」


声をかけたおばさんの指差す方を見上げると、なだらかに続く丘の上に、白い小さな教会が見えた。

隣には二階建ての家がある。そこにミヤエルさんは住んでいるらしい。


わたしは礼を言うと、丘の上の教会目指して歩き出した。

つい五日前のことを思い出す。


 王都に着き、オネエ? の星占い師サクナさんと別れて、わたしは孤児院に向かった。そこで衝撃的なことがわかった。

アトラスが飛び出してから、孤児院は火事に遭い燃えてしまった。

唯一生き残ったのが、ミヤエルさんと呼んでいた神父見習いと、三人の子どもたち。


驚いた。アトラスがいなくなってからそんなことになっていたなんて。孤児院の中庭にある慰霊碑にわたしは祈りを捧げる。

とりあえず、アトラスとよく遊んでくれた神父さまに会いにいくことにした。


そんなわけで、孤児院の生き残りでもあるミヤエルさんに会いに、わたしは彼の赴任先であるナランの町へ向かったわけ。


 丘の上にあるという教会は、町から少し離れた場所にあるらしい。

優しい風に、アトラスの髪がなびく。

わたしは目を細めて、小さな教会を見つめた。

ミヤエルさんはアトラスが小さい頃は、神父見習いとして孤児院で一緒に暮らしていた。


とても優しい方だったのを思い出す。

アトラスのことを覚えてくれているのだろうか?


そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか教会に着いた。扉が開いていたので、中を覗く。小さな古い建物だけど、中央奥のステンドグラスが教会いっぱいに色を彩っている。


「何かお悩みですか?」


振り返ると、聖服に身を包んだ、見覚えのある顔立ちの男の人が立っていた。

彼は新緑のような澄んだ緑の瞳を見開き、驚いた様子で口を大きく開けている。


「もしかして、アトラスちゃん?」


「ミヤエルさん?」


しばし、わたしたちはお互いの顔を見つめ合い、その驚愕に言葉が出なかった。


「やっぱり、アトラスちゃんなのかい?」


「はい」


わたしが答えると、ミヤエル神父はゆっくりと、とても嬉しそうな笑顔を見せた。


「 やっぱりだ! まさかアトラスちゃんに会えるなん……コホン。まさか、貴女に再び会えるとは。貴女が孤児院を飛び出してから、ずっと心配していました。大きくなりましたねぇ」


「ミヤエルさんも、神父になったんですね」


「ええ」


恥ずかしそうな笑顔に変わる。

アトラスの記憶ではまだ若かったミヤエルさんも、今は少し歳をとっているように見えた。

あれから十数年経ったんだ。これでもまだ変わっていない方なんじゃないかな。


「アトラスちゃん……いや、もうアトラスさんですね。あれからどこにいたのですか?」


わたしはなんと言っていいかわからなかった。

帝国で殺し屋やってました、なんて簡単に話せるわけがない。どう説明すればいいのだろう。


言い淀んでいるわたしを見て、ミヤエルさんは何かを察したような表情を見せる。


「いいのです、無理にお話しなくても。貴女が元気でいてくれただけで、私は安心しました」


ミヤエルさんは家にわたしを招いてくれた。

お互い、話したいことはあった。だけど話せなかった。

アトラスは殺し屋に、ミヤエルさんは火事で子どもたちと仲間を失った。


テーブルに座ってからお互い黙りこくっていたけど、しばらくして、ミヤエルさんがとうとう口を開けた。


「アトラスさん、これから行くあてはあるのですか?」


「いえ。故郷に帰りましたし、どこか田舎で編み物でもして暮らそうかと考えていたところです」


「それならば、しばらくここで暮らしてはどうですか?」


最初、驚いたけど、それもいいかもしれないと思いだす。

ナランの町はわたしが思い描いていたのどかで美しい町だ。スローライフにはうってつけ。

ミヤエルさんもいるなら、知らない町でもなんとかやっていけそうだし。


「いいんですか? ……じゃあ、お願いします」


とてもありがたい話なので、二つ返事でしばらくやっかいになることにした。


と、わたしはお礼だと言ってリュックから編み物をとりだす。


「おや。魔法がかかっている編み物ですか。珍しいですね。ありがとうございます」


「わたしの手作りなんです」


「なるほど手作りですか。それは素晴らしい……え?」


ミヤエルさんは聞き間違いですかね? と聞いてくる。

そんなわけないじゃないですか。と答えると、魔石でも使ったのかと聞く。

魔石なんてこの世界に来てから見たことがない。とっても高価なものらしいし。


「ただの毛糸で編みましたよ」


と、言うとミヤエルさんは頭を抱えだした。何か失礼なことでも言ってしまったのかな? と、そこで気づく。

ああ、そうだ。サクナさんが言ってたっけ。珍しい力だって。

ミヤエルさんになら話してもいいかな?


わたしが事情を話すと、ミヤエルさんはかなり驚いていた。


「なるほど、そういうことですか。まさかアトラスさんに女神様からの加護があったとは。貴女とこうやって会えたのも、きっとセフィリナ神のお導きですね。女神様、感謝致します」


何やら空にお祈りをしている。


「そうですね、明日は朝の礼拝が終わったら、町の人たちにあいさつに行きましょうか。楽しみですね。ああ、まずは部屋を掃除しましょうか! 夕方までには、すませましょうね?」


二階の一室をもらうと、二人でほこりをはたき、床を掃いて磨いた。余っていたシーツを洗って、天気も良かったので干して夕方にはすっかり乾いた。

日が沈む頃に夕食をとって、わたしはピカピカになった部屋のベッドに寝転ぶ。


なんだか、トントン拍子で進んでる。ミヤエルさんの提案はとても嬉しかった。ナランの町もいい雰囲気だったし、住むにはいいと思う。

明日には町の人にあいさつをしに行くしね。


思ってもみない新生活に、なかなか眠れない。


「編み物でもしよう」


 わたしはリュックから毛糸とかぎ針をひっぱり出して、編み物を始めた。

何を作ろうかな? カルゼイン王国は春始め。もともと暑さも寒さもそんなに極端ではない気候。暑さはそれほどではない。冬も日本ほど寒くない。

のに何故かカルゼイン人は寒さに弱い人が多く、冬はかなり着こむ。


ちなみにアトラスは雪国の帝国で暮らしていたので、寒さにはかなり強かったり。

今は日本で言うと四月上旬くらいか。


うーん。春用のストールでも編もうかな。

色は白。どんな服にも合うからね。毛糸は綿にして、涼しげに。目が大きくてレースみたいなストールにしよう。


……あれ? なんだろう。

わたしは蝋燭の明かりに違和感を受ける。

やけに明るいな。そんなに大きな蝋燭だっけ?

ミヤエルさんは魔道具を余り使わないから、部屋の明かりは蝋燭だけ。

それにしては、明るいような。


「……」


え? 誰?

いつのまにかわたしの部屋に、人が立っていた。泥棒? 不審者? 変態?

口をぱくぱく動かすけど、声にならないし体も動かない。ミヤエルさんを呼びたいのに。


「ふーむ。セフィリナ様のお慈悲を受けたのが、お前か」


見覚えのある緑の瞳。顔は無愛想で、感情が掴めない。長い黒髪。身体全体がぼんやりと輝いて、その光にわたしはつい見とれてしまった。

は! いけないいけない。いくら顔立ちがカッコいいし天使みたいな美しい光だけど、不審者は不審者だからね。


「不審者とは、酷い言われようだな」


この不審者、心でも読めるの?

それにしても、キレイな顔。カッコいい顔立ちだと思ったけど、中性的で男か女かと言われたら……わからない。


こうなったらあのポンポン閃光弾でも投げつけてやろうかな。そう思ったら不審者は顔をしかめる。


「やめろ、目が潰れるだろ。いくらセフィリナ様の使いでも加護の力は効くからな。まあそれにしても面白い奴だ。もう少し様子を見るとしよう」


様子を見るってどういうこと?

そう口に出そうとした時、わたしは目を開けた。いつのまにかベッドに横になっていた。

部屋は暗くて、蝋燭は小さくなって火が消えていた。


夢? なんだ、夢か。

きっと疲れてたんだね。ちゃんと寝よう。

編み物道具を片付けて、わたしは再びベッドに横になった。

明日から、新しい生活が始まるんだからね。

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