第2話 海戦への経緯

ちん、即ち全信徒ハーシュラの長、王の中の王、地上の君主たちへの王冠の授与者、福音タリード守護者ガヤン、地上に映る神の影、黄海、青海、ドルトムニア、ディヤンバルク、カルディスハン、グリチス、ラーフラテス、アルトニア、トラビア、クテスコン、アザン、ブーザ、ボルグラード、エダク、プーフーラ、ヤルドゥスハン……(中略)……及び大草原バル・サーヘル蕃居ばんきょする諸部族、及びタリム河畔に連なる諸都市、及び静海に割拠する諸国家、及びその他ちん赫々かくかくたる戦果と、祖宗の偉大なる武功によって獲得せし、諸々の土地の王にして皇帝パードゥシャン、オルムク=カラマン=ガヤンがそく、ムスタク=カラマン=ガヤンがそく、バルムット=カラマン=ガヤンである。


シャルル=ロイ=ヒムヤル=サヴォアよ、汝は朕が偉大なる神エル・ミザール――その名に久遠の栄光を――と、その顕現たる星運ハルタナの導きによって聖断を下したカルファの街への聖戦に逆らい、愚かにもの街を支配する蒙昧なるエリティア人どもの妄言を聞き入れ、救援の船団を差し向けた。シャルルよ、朕は汝が賢明なる君主であることを知っている。偉大なる神エル・ミザール――その名に久遠の栄光を――に選ばれし至尊なる預言者ムーラーク――その名にミザールの恩寵を――の大いなる至言に『黄道はひとつなれど、雲は星を隠し、人は道を見失う』とある。シャルルよ、汝がエリティア人どもを支援しているのは気まぐれに人の歩むべき星運ハルタナを隠す雲のせいである。速やかに汝の船団を汝の港に帰し、朕が聖戦を妨げる愚挙をあらためよ。朕が聖別せし軍は無敵である。さもなくば汝の船団はカルファの桟橋にその綱をもやうことなく、静海の波間に無残なる残骸を浮かべ、誰一人として汝の港に戻ることはないだろう。シャルルよ、汝は速やかに汝の船団を汝の港に帰すのだ。さすれば偉大なる神エル・ミザール――その名に久遠の栄光を――も、その寛大なる思し召しにより汝の罪を許すであろう――


『カラマン皇帝バルムット一世からヒムヤル王シャルル七世への手紙』より



   ***



 ラヴィネの海戦とは、東大陸の大帝国カラマン朝の伸張に対して、西大陸の強国ヒムヤル王国を中心とする神聖同盟と、東西大陸の間に広がる静海に覇権を持つ通商国家エリティアが連合して対抗した、両軍合計して六〇〇隻近い船に十七万人を超える人間が集まって戦われた史上有数の海戦である。


 この時代、静海の覇者として君臨していたのがエリティア人である。彼らは静海西岸に発展した都市国家エリティアから進出した商人たちであった。戦争を避けて防衛に有利な干潟に浮かぶ島の上に築かれたエリティアは、しかし土地の狭小さのため、早い時代から発展の先を海に見出し、船を漕ぎ出して静海東岸に貿易拠点となる多くの植民都市を建設して東西交易の拡大に努めた。彼らは貿易における多くの競争相手を退けながら三百年近い歳月を経て、東西交易を支配する静海の覇者として繁栄の時代を迎えていた。


 このエリティア人の繁栄に影を落としたのが後世にカラマン朝と呼ばれるラーマン人の帝国である。東大陸の遥か東北方の大草原バル・サーヘルから現れたラーマン系遊牧民の一部族カラマン族は、東大陸の多くの民が信仰する唯一神ミザール教に改宗すると、新参の宗教者に見られる宗教的情熱に駆られ「正しき信仰への回帰」を大義とした征服事業を開始し、瞬く間に東大陸を席巻してカラマン朝を創始した。東大陸西部の主要な文明地域を征服し、百年余りの間にそこに定着する大帝国を築いたカラマン朝の皇帝は、唯一神ミザール教における福音タリード守護者ガヤンとしての絶対的な地位を確立した。福音タリードとはミザールがその使徒である預言者ムーラークを通して人類に啓示したという、人が正しき星運ハルタナを過ごすための教えであり、守護者ガヤンとはこの教えを守るための指導者としての権利の行使をミザールより認められたものである。


 福音タリード守護者ガヤンの責務として、異教徒に対するミザールへの正しき信仰への啓蒙が挙げられる。カラマン朝はこの責務を果たすための領土の拡大を続け、その勢力はエリティア人が植民都市を築く静海の東岸にまで及ぶようになる。ここでエリティア人と静海での交易において競合していた唯一神ミザール教徒の諸勢力がカラマン朝に入貢し、その軍事力をエリティア人諸都市攻撃のために呼び込んだ。この戦いは和戦を繰り返しながら半世紀に及んだが、堅固に要塞化されたエリティア人諸都市もカラマン朝の攻勢に徐々に陥落していき、ついに彼らの静海東岸における最大都市カルファへの攻撃が始まった。これにエリティア人は西大陸の強国ヒムヤル王国を中心とする神聖同盟に救援を要請し、カルファ救援の連合艦隊を結成する。ラヴィネの海戦はこのカルファ攻囲戦に付随して発生した海戦であった。

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