学校のアイドルが白魔術師だと黒魔術師の俺だけが知っている

シクラメン

学校のアイドルが白魔術師だと黒魔術師の俺だけが知っている

 うちの高校には、アイドルがいる。アイドルといっても、テレビとかYouTubeでみるようなやつじゃない。学校で一番かわいくて、人気者だからそう呼ばれているだけだが……とは言っても、顔は可愛い。それもぶっちぎりに可愛い。


 髪の毛は白にも近い銀だし、クォーターらしく目は宝石のように光り輝く蒼。疑うことや汚れを知らないかのように透き通るような透明な瞳と、今まで日光を一度も浴びたことがないんじゃないかと思うほどに真っ白な肌。


 日本人なのだが、日本人に見えないというのが彼女の容姿だろう。

 下手すりゃそのままテレビや雑誌でデビューしそうだし、何ならスカウトだって何件も話が来てるって話だ。


 んで、容姿に加えて性格も良い。

 それだけじゃない。成績も優秀。


 なんでも入学してから今の今まで首席を譲ったことがないんだという。それに、運動神経も抜群。天は人に二物を与えずとは言うが、そいつ……白崎ミナを見ていると、俺はその言葉が嘘だと思い知る。


 彼女に告白したという男たちの話は枚挙にいとまがないが……まぁ、あの容姿とスタイルなら誰も放っておかないというのが正しいだろう。全員、玉砕したらしいが。


 だが、そんなウチの学校のアイドルこと白崎ミナには秘密がある。

 秘密がある、とカッコつけたは良いが大したものじゃない。


 彼女は魔術師。それも、白魔術師なのだ。


 なんで分かったか? 

 そりゃ分かるに決まってる。


 なんて言ったって、俺の家族は代々呪い呪われてきた黒魔術師の血筋なんだから。

 つまるところ、白魔術師の白崎とは因縁関係にある……と、言いたい所だが残念ながら俺のような人間にはもはや白崎の眼中になく、俺だけが気がついている一方通行なのだ。


 しかし彼女が白魔術師だから……というわけではないが俺は白崎が嫌いだ。

 いつから嫌いになったかは分からないが、とにかく嫌いなのだ。


 何故なら白崎は、決して自分のために魔術を使わない。

 彼女の成績も、運動神経も、そしてその美しさも。全て魔術に頼らない自分自身の努力なのだ。


 そんな彼女が魔術を使う時はたった1つ。

 他人から相談事を受けた時だ。彼女のような人気者はいろんな人間から頼られる。


 特に、人間関係の悩みだ。

 彼女はそれを解決するときだけ、白魔術を使っている。


 それが、俺は気に食わない。


 何故、魔術を使わないのか。自分のことで魔術を使うことがズルだとでも思っているんだろうか? 魔術も自分自身の力だろうに。もしかして、そうやってかっこつけて聖人ぶっているのだろうか? 


 兎にも角にも、俺は白崎を見ているとそういう考えが頭をよぎってしまう。だから、俺はどうしようもなく彼女が気に食わない。何故だか、俺のことを否定されたような気がするのだ。


 そして、最も腹立たしいことに、この白崎ミナは俺……黒瀬レイと同じクラスなのである。

 選りにも選って、学校どころか街でも珍しい白魔術師と黒魔術師が同じクラスになるなんて、なんて嫌がらせなのかと思うが……これも仕方のないことだと思う。


 白魔術はともかく、黒魔術は使うのに代償がいる。

 俺のこの世で一番嫌いな相手と一年間同じクラス。


 これ以上の罰があるだろうか?

 いや、無いだろう。


 だが、俺は彼女へのその思いはそっと封印している。


 クラスの中で目立たない俺が彼女に対してこんな思いを抱いたところで、ただのやっかみだと思われるのが落ちだろうし、向こうも俺のことを黒魔術師だと気がついてないんだけども。


 というか、気が付かれるはずがないのだ。

 俺は、彼女と違って学校では魔術を使わない。


 だが、これにはちゃんと理由がある。

 まぁ、そんなものは逐一説明するよりも黒魔術師の血塗られた歴史を見れば一発なんだけど。


「きりーつ。れーい」


 日直の間延びした声を聞きながら、俺は帰りのHRが終わったことに安堵しつつ荷物を取って、帰路についた。部活なんてものはやってない。そんなものよりも、の手伝いをしないと行けないのだ。


 実家というのは他でもない。

 黒魔術の家業である。


 とは言っても、父親も母親も高名な魔術師なのであちこちに呼び出されて家にはほとんど居ない。


 だから、その間に俺が実家の稼業を手伝っているというわけだ。

 その稼業とは、


「よし」


 ガラガラ、と音をたてて『花屋 くろせ』と書かれたシャッターを開けると、レジ裏にあるスイッチを押して灯りをつける。そして、昨日店の中に閉まった花たちを軒下に並べる。


 そう。うちの家業は花屋だ。

 何? なんで黒魔術師なのに花屋なのかって?


 理由は、簡単。

 植物こいつらは魔術でよく使うから、である。


 だが、ただ育てるだけではもったいないということで、3代前……つまり、俺のじいちゃんの時から花屋をやっているのだ。


「あら、今日は学校が終わるのが早いのね」


 店を開くと、すぐに馴染みの客が顔を出した。


 もう80になろうというのに、毎日元気に顔を出してくれる大事なおばあちゃんだ。

 花を買っていくのは3日に1度なんだが、正直ほとんど客が来ないうちの店で俺と雑談することで俺の暇を潰してくれるありがたいお客さんでもある。


「今日は6限で終わりだったんだよ」

「勉強頑張るのよ」

「もちろん」


 そして、この店に来る客は大体同じだ。

 まぁ、こんな小さな街で花屋なんてうちしかやってないし、花を日常的に買う人間というのも、そう多くはない。


 だから、うちの花屋に来るのは俺が小さいときからの常連で、俺に取っては家族のようなものなのだ。


「お父さんたちはまだ帰ってこないのねぇ」

「海外行ってるんだってさ」

「まぁ、良いわねぇ。海外。私も行きたいわぁ」

「夏休みに孫を連れて行けば良いんじゃない?」

「あら、良いわねぇ。でも今年は帰ってきてくれるかしら」

「ばあちゃん毎年それ言ってるけど、毎年帰ってきてんじゃん」

「今年こそ……と思っちゃうのよねぇ」

「じゃあ、帰ってこなかったら俺と行こうぜ。海外」

「良いわねぇ。レイちゃんとなら、悪くないわ」


 そういって高笑いすると、今日は珍しく花を買って素早く帰っていった。


「……珍しいな。いつもは2時間くらいいるのに」


 しかし、完全に暇になってしまったのでスマホでも触るかと思ってポケットに手を突っ込んだ瞬間、店の扉が再び開かれた。


「いらっしゃい、ませ……」


 思わず、最後の声が小さくなってしまったのも仕方ないことだろう。


 店の扉を開けて、中に入ってきたのは銀の髪に青い瞳。

 まるで魔法でも使ったかのようにすらりと長い手足。


 そう、扉を開けて入ってきたのは白崎だったのだから。


「こ、こんにちは……」


 入ってきた白崎の顔は赤い。

 緊張しているのか、熱があるのか分からないが、とにかく赤い。


 そして、ガチガチに固まった格好で俺のいるレジに向かってくる。

 そんな白崎を見るのは始めてだった。


「く、黒瀬くん! お願いがありますっ!」


 そして、開口一番そういった。


「……は?」

「いっ、《依頼》です!!」

「…………なんて?」


 《依頼》、というのは隠語だ。

 つまり、花屋でありながら黒魔術師の家系であるうちは、花を売るだけではなく黒魔術も


 だが、その言葉が白魔術師の彼女から出てくるなんて思いもしなかった。


 だから、俺は聞き間違いかと思って彼女にそう聞き返したのだが、


「だ、だから! 《依頼》です!」

「……聞き間違いじゃないんだよな?」

「は、はい!」


 俺はゆっくり息を吐くと、『御用の時は呼び鈴を』と書かれた紙をレジの上に置くと、文鎮を置いて、「奥にどうぞ」と白崎を店の奥に案内した。


「そこ座って。今お茶を入れるから」

「あ、すみません……」

「なんで同じクラスなのに敬語なの?」

「そ、それは……。あの、敬語じゃなくても良いんですか?」

「どうぞお好きに」

「じゃあ……このままで……」


 なんでだよ。


 と、一瞬思ったが、よくよく考えたら黒魔術の俺なんかとは距離を取りたいに決まってる。敬語というのは心の距離なんだから、外すわけがないわな。


「それで、《依頼》の内容は?」


 来客用のちょっと高い紅茶を差し出すと、彼女はそれをじぃっと見つめて黙り込んだ。


 こういうリアクションは珍しくない。

 何しろ、黒魔術というのは大抵が相手を害する物だ。


 そう、彼女が使う白魔術と俺が使う黒魔術の大きな違い。


 それは、黒魔術がための魔術であるということだ。

 正直、クラスどころか学校でもトップの人気者の彼女が黒魔術に依頼なんてすることに驚いたのだが……。人気者だからこその悩みもあるのだろう。


 俺は何も言わずに無言で、自分の紅茶を飲んだ。


 こういう時は急かさないのが良い。

 ゆっくりと、本人が喋るのを待つのが良いのだ。


「……あの、黒瀬くん」

「ん?」

「笑い、ませんか?」

「《依頼》の内容か? 笑うわけ無いだろ。それが仕事なんだから」


 俺がそういうと、白崎はずっと見つめていた紅茶から目を上げると俺の瞳を見て……そして、意を決したように口を開いた。


「《惚れ薬》を、作って欲しいんです」

「……ふむ」


 俺は静かにうなずくと、手に持っていた紅茶のカップから手を離した。


「でき、ますか?」

「……出来るか、出来ないかで言えば……できる」

「……と、いうと?」


 正直に言って、この手のやつはよくある依頼だ。

 いや、よくありすぎるかも知れない。


 だが、俺が気になるのはそこではない。


「1つ、聞いても?」

「は、はい……」

「《惚れ薬》なんて、白魔術でも作れるだろ?」


 俺がそういうと、白崎は面白いくらいに目を丸くするとそっぽを向いて、下手な鼻歌を歌い始めた。


「なっ、なっ、何の話かわかりません!」

「なんでそんな古典的なボケすんだよ。良いよ、知ってんだから」

「し、知ってたんですか!? 私のことを!? なんで!!?」

「なんでって、めっちゃ分かりやすいし……」

「そ、そんな……。黒瀬くんにはバレないように隠してたのに……」


 え、逆になんで俺のことは知ってんの……?

 俺、学校で魔術使ってないよ……?


 という疑問をぐっとこらえて、本題に入った。


「ともかく、理由としてはそこ。白魔術で出来ることを、なんで俺に相談しにきたのかが気になった」

「……言わないと、駄目ですか?」

「いや、別に。気になっただけ」


 というか、白崎の《依頼》が惚れ薬って。


 意外どころの騒ぎじゃない。


 何故なら白崎はモテるからだ。

 それはもう、尋常じゃないくらいモテるのだ。


 なんと1ヶ月に100回以上告白を受けたんじゃないかなんて噂まであるくらいだ。1日にすると3回以上の驚異的なペースである。だが、白崎に告白した男たちはみな同じ言葉で断られてる。倍率で言ったら全盛期の科挙はあるんじゃないかと思ってしまうほどモテる彼女だが、みな同じ言葉で断られている。『好きな人がいるから』と。


 だが、白崎がいつになっても誰とも付き合わないのでその言葉は嘘だというのが最近の定説だったが、あれは本当だったのか……と、俺は心の中で驚いていると白崎は続けた。


「……その、実は私……もう、作ったんです」

「つまり……効果がでなかったと?」

「……はい」


 こくり、と白崎は頷いた。


「その……。《惚れ薬》は、その人に飲ませないと駄目じゃないですか」

「そうだな」

「だから、その……色々頑張って。体育のときにお腹が痛いって抜け出して、その人の水筒に混ぜたりとかお弁当に混ぜたりとか」

「…………」


 え? いまこいつなんて言った……?


 じわりじわりと、俺の中で白崎の言葉が反芻されて、


 えっ!? こいつやばいぞ!? 

 やばいことやってるぞ!!?


 俺は動揺しないように表情に力を入れる。

 結果として、いつもの仏頂面が余計ひどいことになってる気がするが、この際問題ではない。


「そっ、それでも効果でないから……。その人にお弁当作ろうとしたこともあったんです。でも、その……あんまり仲良くないからそんなことしても迷惑かなって」

「……ま、迷惑だろうな」


 やべぇ奴だ。やべぇ奴がここにいる。

 俺が青ざめた顔をしていると、白崎は慌てて首を振った。


「ほ、本当にはしませんでしたから! ちょっとそう思っただけで……」

「そ、そう……」


 どこが自分のために魔術使ってないだよ!

 めっちゃ私利私欲のために使ってんじゃん!!


 思わぬところで白崎の一面を見てしまった俺は自分の見る目のなさと合わさって閉口。


「だから、もう黒瀬くんに頼むしか無いんです! どうか、《惚れ薬》を作ってください」

「……親には?」


 魔術というのは普通、親から教わる。

 つまり、白崎の家系は白魔術師の家系であり親も白魔術師なのだが。


「恥ずかしくて言えるわけないじゃないですか!」


 白崎にそう言われてしまい、俺は納得した。


 そりゃそうだ。

 思春期の時期に親に恋愛相談……それも、《惚れ薬》を作ってくれなんて頼めるはずがない。


「分かった。やろう」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 俺がそう言うと、ばっと立ち上がって頭を下げる白崎。

 よっぽどそいつのことが好きらしい。


 誰だか分からないが、俺は心の中でそいつに同情した。


 ……可哀想に、と。


「ではまずプランを決めてもらって……」

「最上級でっ!」

「……まだ何も言ってないけど」

「も、もう失敗は許されないんですっ!」

「……高いぞ?」

「お小遣いとお年玉と《依頼》で貯めました」

「……ふむ」


 白崎の家も《依頼》を受けているのか。

 まぁ、当たり前と言えば当たり前だな。


「《惚れ薬》と一口に言っても、効果は色々だ。一生相手を自分の言う通りするくらいのものもあれば、友人関係に持ち込めるくらいの軽いものまで色々あるが……」

「こ、告白したくなるくらいのやつって、できますか……?」

「……ん? つまり、薬を飲んだ奴が白崎に告白したくなるレベル――って、ことか?」

「は、はい」


 等級としては大したことないな。


 それくらいなら、すぐにでも作れそうだ。


「分かった。あとな、薬自体は俺が作るが、白崎にもお願いしたいことがある」

「な、何でしょう? 何でもやります……!」

「まず1つ、解呪薬を対象に飲ませること。白魔術がかかった状態で黒魔術の惚れ薬を飲むとどうなるか分からん」

「あ、あの……。効果がない《惚れ薬》でもですか?」

「ああ。なるべくリスクは下げておきたい」

「……す、すみません。これ」


 白崎がそういって、カバンの中から1つの小瓶を取り出して俺に手渡した。


「白魔術師の解呪薬なんですけど……これでも大丈夫ですか?」

「開けていいか?」

「は、はい」


 俺は栓を抜くと、中に入っている解呪薬を数滴分取りだして小指ですくい取ると舐めた。


「……良い出来だ。こいつなら、1滴飲み物に混ぜるだけで解呪できる。なんでこんな良い薬ができて《惚れ薬》ができないんだ……?」

「お、お父さんが作ったやつです」


 ……さいですか。


「方法は問わないから、これを1滴以上飲ませること。まずそれが1つ目の条件」

「は、はい!」

「そして、2つ目は材料集めだ」

「ざ、材料ですか……?」

「ああ、白魔術も黒魔術も『共感の法則』は変わらないだろ。魔術の原則だ」

「そ、そこら辺はなんとなく……」


『共感の法則』というのは『類感呪術』と『感染呪術』の両方を合わせたものを指す言葉だ。


『類感呪術』というのは、例を上げると言霊が該当する。つまり、似たようなものは似たような意味を持つというものだ。白魔術師の家系である白崎に白という文字が入っているのも、黒魔術の家系である俺に黒という名前が入っているのも何1つ偶然ではない。


 だが、今回重要なのはこっちではなく2つ目。


『感染呪術』の方だ。こいつは持ち主の物に働きかければ持ち主にも影響が行くというやつである。例えば、相手の髪の毛を引き抜いて藁人形を釘で刺せば、髪の毛の持ち主が苦しんで死ぬ、というのはこの原理を使っている。


「《惚れ薬》を作る時には、相手の髪か爪がいる。準備はできるか?」

「は、はい……。あっ、あの、1年以上前のものでも大丈夫ですか……?」


 え、1年以上前の髪の毛を保管してんの?


「……いや、なるべく新しい物が良い。本人の状態に近い方が良い」

「そ、そうですか……。頑張ります……!」


 最大級の《惚れ薬》で相手を一撃ノックアウト……死ぬまで自分の言うことをなんでも聞かせるくらいの強力な《惚れ薬》を作ろうとすると本人の経血がいるんだが……。


 そこまでではないが、グレードが上がれば上がるほど白崎の材料もいる。髪や爪、血液などは『感染呪術』では必須だからだ。


 まぁ、今回は彼女の材料は要らない。

 本人も告白して欲しいくらいって言ってたし。


「で、最後だが」

「は、はい」

「いま、白崎が身につけている相手を惚れさせるための白魔術のグッズを全部捨てろ」

「全部、ですか?」

「全部だ」

「わ、分かりました……」

「渡してくれればこっちで処分するが……」

「本当ですか?」

「最上級プランだからな」

「い、至れり尽くせりですね……」


 出来る限りのことをやるのが、最上級プランである。

 材料集めを協力しないのは、《惚れ薬》を飲ませる相手以外が材料を集めると効果がなくなるからだ。


「これと、これと、これ……あと、これです……」


 そういって白崎が渡してきたのは絆を結ぶ妖呪の護符、縁結びの柳の枝、スペキュラムの魔法で使う真ん中に口紅で瞳を描いた手鏡。そして極めつけはライバル封じの五つ葉のクローバー。


 ……どんだけ本気なんだよ。


「……凄いな」

「これだけやっても……見向きもされないんです」


 どんだけ魔術に耐性あんだよ、そいつ。

 と、思って白崎の持ってきた護符を見るとそこに描かれている魔術陣の形がおかしい。


 おかしい、というのは中心部に描かれている模様が上下逆転しているのである。

 まさかと思って見ると、他の白魔術の道具に関しても同じ様に全てどこかが間違えている。


 それも、綺麗に反転魔術……つまり、惚れさせるのではなく嫌われるための魔術になっているのだ。だが、それと同時に白崎がめちゃくちゃモテている理由が分かった。


 魔術というのはバランスを取る。だから、自分が好いてほしい相手に嫌われているという状況のバランスを取るために、どうでも良い相手ばかりにモテるようにバランスが取られているのだ。


 ……しかし、こいつ本当に魔術師なのか?


「……1つ聞いてもいいか?」

「は、はい……」

「白崎って、白魔術師……苦手か?」

「…………はい」


 こくり、と深く頷いた。


 やっぱりな! そりゃそうだよな!

 全部間違えてるもんな!


「む、昔からそうだったんです……。だから、魔術以外のことで結果を出そうと頑張ったんですけど……」

「なるほど……」


 こいつ、人間関係の相談を受けた時に白魔術師で解決してるっぽかったけど、本当に解決してたのかな……?


 と、思わぬ所で納得してしまった俺はごほん、と咳払い。


「とりあえず、これらは俺が処分しておくから」

「なっ、中は見ないでくださいね!」

「見ねーよ」


 こういうのは、中に相手と自分の名前を書いた紙などが入っているのが普通だ。だが、そんなものをいちいち開いて中を見るなんて、無遠慮なことはしない。顧客のプライバシーは守る。今は黒魔術師にもコンプラが求められる時代なのだ……。


「あとはこの契約書にサインしてくれ」

「悪魔のやつですか……?」

「なんで俺と白崎が契約するのに悪魔がでてくるんだよ。ただの契約書だよ……」


 《依頼》というのは、中身によるがそれなりに金を取る。

 今回の場合、最上級プランだが学割を効かせて、さらに顧客にやってもらうこともあるからその分工賃を引いたんだが……それでも、二桁万円くらいはする。


 人の気持を弄ぶというのは、高くつくのだ。


「読み終わったら、最後のとこにサインしてくれ」

「分かりました」


 綺麗にまとまった文字で契約書にサインを行った白崎から紙を受け取ると、俺は息をはいた。


「料金の支払いは成功後。先に前払いで3割をもらうから」

「あ、こ、これを……」


 白崎が封筒を出して、俺に手渡してくる。


 ……本気なんだな。


 俺は中を確認すると、そこにはぴったり3割分入っていた。


「よし、確かに受け取った。では、次は材料を持ってきてくれ。そうしたら、準備を始めるから」

「あっ、ありがとうございます!」

「じゃあ、外まで送るから」


 そう言って俺が扉を開けて白崎を外まで送ろうとした時、彼女がふと立ち上がって、


「あ、黒瀬くん。髪に花がついてますよ」

「ん? まじ?」

「取りますから後ろ向いてください」

「ああ」


 花を軒下に置いた時にでもついたかな……?

 そんなことを考えていると、そっと白崎の手が俺の髪を払った。


「取れましたよ」


 見れば、彼女の手元に白い花弁があった。


「悪いな、ありがとう」

「いえ。では、次は材料を持ってきたときですね!」

「解呪薬を飲ませるのを忘れるなよ」

「はい! それでは」


 そういって、今一度深く頭を下げると白崎は店を後にした。

 残された俺は身体を大きく伸ばすと、誰も来ない店を閉めるための準備を始めることにした。



 ――――――――――――――――――――


 白崎がやってきたのは、次の日だった。


「ざ、材料を持ってきました……」


 と、そう言って差し出してきたのはガラスの小瓶。その中に一本、男の物と思われる髪の毛が入っている。


「分かった、作業に取り掛かろう。3日後に来てくれ」

「あ、あの……。黒瀬くん、これから《惚れ薬》を作るんですよね?」

「そうだけど」

「その……見学させてもらえますか?」

「駄目だ。企業秘密」

「わ、分かりました……」

「3日後に、な」


 俺はそう言って、白崎から材料を受け取ると腕まくりをしながら地下へと向かった。


「さて、やるか」


 黒魔術の《惚れ薬》は大きく分けて2パターンある。植物性と、動物性という違いだ。

 植物性の方は効果が比較的薄く、動物性は比較的効果が高い。


 今回は白崎の依頼を達成できるように、それらを調整しながらちょうどいい塩梅というところで収めないといけない。


「それが魔術師の腕の見せどころってわけだな」


 俺はそう笑うと、大鍋にたっぷりの水を入れて火にかけた。


「よし、やるぞ」


 その日から、3日間。俺は学校を休んだ。

 当たり前だ。魔術薬はちょっとした配合の違いで、効果に大きく差がでる。


 たった魔術陣の模様を反対に書いてしまったばかりに、効果が反転してしまった白崎のように魔術というのは繊細なものなのだ。


 ほとんど不眠不休で3日間、《惚れ薬》に取り掛かっていた俺は最後に白崎から受け取った髪の毛を1つ、鍋にいれるとふわりと魔力が巻き起こり薬の色が変わる。炎色反応ならぬ、魔色反応というやつだ。


 こいつが、緑になれば成功なんだが……。


「……大成功、だな」


 今までに見たことないほどに美しくどろりとした緑色になっていた。


 これなら、1滴でもそいつが口に含んだ瞬間に、そいつがどんな奴だろうが白崎のことが好きで好きでたまらなくなって告白したくなるだろうぜ。


 そう、例え性的指向によって女が好きじゃなくても。どれだけ白崎のことを嫌っていても。既に自分に愛する人がいても。そんなものをほっぽりだして、今すぐにでも白崎に告白したくなるような代物だ。


 しかし、先程入れた髪の毛の持ち主以外が口にしても何の効果も出ない。

 不思議だと思うだろうか。だが、それが魔術だ。


「ううむ。我ながらいい出来だな……」


 会心の出来、というのはこういうときに使うのだろう。

 俺は自画自賛をしながら、鍋の底にわずかに溜まっている《惚れ薬》をすくい上げると、瓶に詰めた。


 時計を見ると17時を指している。

 白崎お客さんが待ってるだろうから、すぐに届けよう。


 3日ぶりに地下から上がって、店を開くと顔を真赤にして心配そうな顔をした白崎が店の前で待っていた。


「待たせたな」

「いっ、いえ。私が勝手に待ってただけです……」

「これが、完成品だ」


 俺はそういって緑の液体が入っている小瓶を渡すと、彼女はわずかに頬を紅潮させてきゅっと、大切そうに瓶を手で包んだ。


 そして、深く頭を下げた。


「あっ、ありがとうございます」

「別に良い。あと、効果が出たら教えてくれ。その時に、報酬の7割をいただこう」

「こ、効果が出なかったら……?」

「そしたら、作り直しだ。効果が出るまでな」

「い、至れり尽くせりですね……」

「それが最上級プランだからな」


 白崎はそれから何かお礼の言葉を言っていたが、正直疲れ果ててそれどころではない俺は素早く話を切り終えて、自室に戻って死んだように眠った。


 翌日、いつもより1時間も早い時間に目を覚ますと、荷物をまとめて学校に向かった。3日ぶりの登場に、何か言われるかと思ったが影の薄い俺のことなどクラスメイトたちはどうでも良いのか、何も言われなかった。ただ、わずかに担任だけが心配してくれただけ。


 学校はあっという間に時間が過ぎ去っていった。

 白崎は《惚れ薬》を手にしたと思えないほど、いつもどおりに振る舞っていたし、俺も彼女に対してアフターサービスをする立場ではあるが、私生活で絡みに行くほど公私混同をするような人間ではないので、いつものように過ごした。


 その日は体育があったので、きっと白崎はそいつの水筒か弁当に《惚れ薬》でも混ぜるのだろう。とんでもない奴だが、それくらいぶっ飛んでないと魔術師なんて出来ないのかもな。まぁ、白崎は魔術が下手だが。


「きりーつ。れーい」


 帰りのHRの終わりを知らせる日直の間延びした声を聞いて、俺は帰宅した。花屋の支度をしていると、白崎がすぐにやってきた。


「あの、黒瀬くん」

「……ん」


 俺はレジの上にいつもの紙を置くと、白崎を部屋の奥へと案内した。


「どうだった」

「あの、これお礼……です」


 そういって白崎が差し出してきたのは、分厚い封筒と……そして、手作りのクッキーだった。


「……クッキー?」

「か、感謝の気持ちです……」


 小学生からの《依頼》などで、そういったお菓子を貰ったことはあったが、まさか高校生の《依頼》を受けてお菓子を貰うとはなぁ。


「た、食べてみて……ください……」

「え、ここで?」

「……その、味の感想を、聞きたくて」

「《惚れ薬》飲ませた相手にやってやれよ……」


 と、言いながらも俺は一応クッキーの袋を開いて口に放り込む。

 噛むと、さくと音を立ててクッキーが口の中で砕けると、甘さが口の中に広がった。


「ん、美味しい」

「……良かった」


 ほっ、と安心したように息を吐く白崎。


「そ、それで、黒瀬くん。……、ですか?」

「ん? どうと言うのは……」


 途中まで言いかけた俺の言葉が止まる。


 ドクン、と俺の言葉を遮るようにして心臓が強く大きく高鳴ったからだ。


「ずっと、ずっと心配だったんです……」

「……なに、が」


 先程までとは、白崎が違って見えてくることにわずかばかりの恐怖心を覚えるが、しかしそれをもっと別の高揚感が押しつぶして塗り替えていく。


「だ、だって……。黒瀬くん、全然気がついてくれない、から。私、ずっとずっと準備、してたんですけど……本当に白魔術が下手で……。全然、効果でなくて……。1年、くらい前から……ずっと、黒瀬くんの水筒とか、お弁当に《惚れ薬》を入れてたんですけど……。全然、効果がでなくって……」


 白崎が何を言っているのかが分からない。

 それよりも俺の心臓の音のほうがうるさすぎて、言葉に集中できない。


 なのに、一言一句を聞き逃さないようにしている自分がいる。


「こんなこと、お父さんにも……お母さんにも、相談できないし……。それに、なんだか、だんだん黒瀬くんに避けられてるみたいで……。それで、だったら、黒瀬くんに……作ってもらえば、良かったんです。黒瀬くんを惚れさせる、《惚れ薬》を……」

「……じゃあ、このクッキーって」

「は、はい。あの薬、全部使いました……」

「全部ッ!?」


 あれ1滴で馬鹿みたいな効果が出るんだぞッ!?


「……こ、こういうのって……やっぱり、その自分から告白するべき、なんだと思うんですけど……やっぱり、振られたらって思うと……勇気がでなくって。それに、私……告白したことないんです……。だから……その、怖くて……」

「…………」


 こいつ、やっぱり相当やばいぞ……!


 薬が効き始め、ドクンドクンと早鐘のように打ち鳴らされる自分の心臓の音を聞きながら、俺は白崎を見つめた。白崎も俺を見つめる。


 ……だ、だめだ! 

 目が離せない…………っ!


「わっ、私の準備はできてます……っ! だから、黒瀬くん……!」


 白崎が一歩踏み込んでくる。俺はそれを受け入れた。

 受け入れざるを、得なかった。


「私のこと、思います……か?」


 その言葉は、甘く優しく……とろけるような、声だった。

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