2''''...


 騒がしいセミの声で起こされる。

 時計を見てすぐにわかる。


 ……予想通りの、やはりこの時間だ。


 でもわかる。今から五分くらい私はベッドでゴロゴロすることになる。そこをお母さんに「そろそろ支度しなくていいの?」と問われることになる。


 暑い夏の日に冷房のきいた部屋で昼寝をするというこの贅沢も今日までで、明日からは二学期が始まる。来年は受験生なので、ここまでのんびりもしていられないのだろう。ドア越しに母から声をかけられる。私は準備を始める。これで何回目だろうか。私はわかっているのに時間ギリギリに待ち合わせ場所に着く。隆一はもう到着している。


「ごめん。隆一。待った?」


「いんや。今来たとこだよ」


「そっか、よかった」


 また、同じだ。りんご飴を二人でほおばる。屋台を見て回る。縁日の提灯は何度見ても気分が上がる。景品につられて隆一は、射的に挑戦する。


「えぇ!? 今の当たったくない? 美桜見てたよな?」


「当たったけど倒れてないから、だめっしょ」


 手を引かれながら、花火を見やすいところに向かう。また、同じだ。


 あの夜を繰り返している。


 彼が何を言うかもわかっている。

 だけれど、楽しくて仕方ない。こんなに楽しい夜を知らない。だから、あの時口にしたことをまた、そのまま口にする。


「楽しかったよ。また明日学校でね」


 私は、8月31日のその先へ進めていない。ベッドの上でまた目を閉じる。そろそろ新学期が始まってもいいと思いながら。



 何回目かの昼寝から目覚める。いくら楽しいとはいえ、そろそろこの夢が怖くなってくる。というよりもはや夢でもないような気がしてきている。夢にしては、ちょっと入り込みすぎている。私がわかって同じようなことを口にするから。こんな自覚する夢なんてない。目を覚まそう私。


 だから、今回は昼寝のあとだらだらせずお母さんに準備を手伝ってもらって、結構早めに家を出る。待ち合わせ場所に向かう。


 あれ? 隆一いるじゃん……?


「ごめん。隆一。待った?」


「いんや。今来たとこだよ」


「そっか、よかった」


 嘘だったのかよ。なぜか私が照れる。何回もやり直して初めて知った。


 あれ? 口にして私は気づく。

 また同じ流れになってる。


 屋台を見て回る。よし、私から射的に誘おう。これだけで流れが変わるはずだ。


「隆一! 私射的やっていい?」


「お、いいじゃん」


 よし! 私は心の中でガッツポーズをする。これで私があのゲーム機を倒せれば、今までとは決定的に違う流れだ。いけ、私。狙いを定めろ。


 ポン


 私の放ったそれは、きちんとゲーム機に当たったけれど、倒れることはなかった。


「えぇ!? 今の当たったくない? 美桜見てたよな?」


「当たったけど倒れてないから、だめっしょ」と私は自分で口にしてハッとする。あれ? だめじゃん。いつもの流れじゃん。なんでこうなるの。


 歩きながら私は少しめまいがしてくる。


「どーした美桜。ぼーっとして」と隆一は私の顔をのぞきこんでくる。


「あ、いやなんでもない」


 いきなり手を握られる瞬間は、いつだってドキッとする。だけれど、何度も隆一と花火デートをしてる気持ちになって、私は嬉しくて、楽しい。こんな覚めない夢があっていいのだろうか。


……


 でも、花火が終わっていつも通り解散して、またしても騒がしいセミの声で起こされたときに、ちょっと秋が恋しくなってきた。

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