君と8月の向こうへ

まつこみ

1




「えぇ!? 今の当たったくない? 美桜見てたよな?」


 隆一は、周囲の喧騒に負けないくらいの大声で、私に同意を求める。彼の放ったおもちゃの弾は、確かに新型ゲーム機を捉えた。びくともしなかったけれど。


「当たったけど倒れてないから、だめっしょ」と応じる。


 納得いってない隆一に、縁日のお兄さんは声をかける。


「お嬢さんの言うとおりだ。またお願いねー」


 少し離れてから隆一は「誰がいくか」と恨み言を口にしている。


「多分対象年齢外でしょ。私達」


「いや、あのゲーム機は大人も遊べるやつだぞ」


「射的がよ」


「…………」


 少し照れたのか押し黙っている。かっこ悪いところを見せたとでも思っているのだろうか。


 始まるときは長すぎると思っていた夏休みも、今日の花火大会で終わりを告げる。私も隆一もそれぞれテニス部で、お盆以外のオフは今日だけだった。





『明後日の花火、いかん?』


 今年も部活だけで夏が終わったなーと思っていたタイミングで彼からLINEが来た。周りの友人たちは宿題がなんだとか言って、誰も8月最後の日に遊びに行く空気なんてなかった。ナイスだ隆一。


『いく』即レス。


 中学の頃から同じ部活の付き合いで、色んな友人が高校生になってからできたものの、なんだかんだ私と彼はずっと仲がいい。お盆にはファミレスで一緒に宿題したりもした。でも、返事してから気づく。あれ……私、男の子と花火大会に行くなんて初めてだぞ……というか普通の男女の間合いで花火大会なんて行くの……? 


 てか、普通って何なんだろう……?


 せっかくの花火大会だからという名目で、久しく着ていない浴衣がどこにあるか母親に尋ねる。


「と、友達と花火大会にいくことになったの」


 相手が腐れ縁の隆一なのに、妙に頬があつい。



「どーした美桜。ぼーっとして」と隆一は私の顔をのぞきこんでくる。


「あ、いやなんでもない」


「慣れない浴衣で疲れたりしてる? ちょっと休む?」


「いや、優しいんだか毒吐いてんだかわかんないんだけど」


「お、そろそろ始まるな。川沿い向かうか。あと浴衣似合ってるぞ」


「もっと言うタイミングあったでしょ」


 隆一が何を考えているのか、わからない。私自身隆一のことをどう思ってるのかもわからない。


 でも、人が増えてきて隆一が「はぐれそうやな」と手を握ってきたときに、びっくりしたっていう感情以上に、まだ花火が始まらなくていいとは思ったし、隆一の手、緊張している気がする。

 のもつかの間。


 ドン……パラパラパラ……


「お、始まったな。早く座れそうなとこ探そうぜ」


 川沿いには沢山の人が詰めかけている。私たちも身を寄せ合って、腰かけて花火を見上げる。色とりどりの花火が開いては、しぼんでいく。


「きれいだなー」


「うん」


「ずっと見てられるわー」


 ヒュルルルー。ドンドンドン

 この花火が終わったら、夏が終わる。また私たちは腐れ縁の友達同士。きっと何も変わらず、楽しい。


「学校めんどいなー」


「だねー」


 でも今のこの時間は楽しすぎる。横に座る隆一に目をやる。ずっと続けばいいのに。


 あっという間に最後のものと思わしき花火が上がって、興奮冷めやらぬまま家路につく。


「ありがとな。美桜。射的はあれだったけど楽しかったわ」


「お誘いありがとう。なんとか思い出作れたよ」


「俺なんかと来てよかったのか」


 隆一はいつもの軽いノリで聞いてくる。けれど、もしかしたら。


 いや、私を誘ったときから隆一はきっとそうなのだ。


『あんたと来れてよかった』とさえ言えば、もしかしたら、友達より少し先にいけるのかもしれない。でも、うまく言えない。


「楽しかったよ。また明日学校でね」


 私はにっこり笑顔で返す。隆一は、やっぱりそうだよなって顔に書いてある。


「おう。家この辺だよな。もう少し先か? 気を付けて」


「ありがとう」


 お互い距離が近すぎて気が付かなかった。けれど、今じゃなくてもいい。9月からもっといいタイミングがあると信じて。

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