月の裏側 第五章・裏切り

『ソフィアは将来、美人になるよ』


『……?』


いきなり目の前の赤毛の少女に話しかけられる。


突然のことでびっくりし、周りを見渡す。


周りは赤い花が沢山咲いておりとても明るく綺麗でまるで絵に描いた天国のように見えた。


少女の方に視線を戻すと言葉を返した。


『…あなたは誰?ここはどこなの?』


何もかもがわからないのでともかくその謎の少女に質問を投げた。


『ソフィアは大人になったらどんなお仕事をしたい?』


彼女はソフィアの言葉を聞いておらず話を続けている。


『私ね!将来、デザイナーになりたいなぁ…』


『……あの』


痺れを切らし呆れた声を出す。


『どうしたの、ソフィア?私はマリーだよ?』


『…え?』


そう言うとマリーという少女は笑みを浮かべた。











『…っ!』


目が覚めるとソフィアは自分の部屋のベットにいた。


『夢…か…』


あの女の子は確か、月の裏側で目が覚めた時にも出てきたような気がした。


でもあの女の子と実際に現実で会ったことは無い。


だったら架空の人物に過ぎないが夢だとしても現実でこの女の子がいるような気がしてならない。


夢では色々とこんがらがっていたが、でも何故か心の中は嬉しくて暖かい気持ちに包まれていた。


まるで誰かの記憶の中にいるみたいだった。


奇妙に思いつつも、仕事という言葉が出てくるといつも通り身支度をして家を出る準備をした。


準備が整い、外に出ると満開な青空が大きく見えていた。


その青空を眺めながらソフィアは早速、車の方へと向かい勤務先へと移動することにした。


車に乗り、道を進んでいると渋滞に巻き込まれてしまった。


『えぇ…?』


リトアリア共和国は滅多に前の世界のように渋滞など巻き込まれたりしない。


なのに今日は酷く渋滞している。


このままだと仕事が遅れてみんなに迷惑をかけてしまう。


『なんか臭うな…』


さっきまでは気にならないほどだったのだが、焦げ臭い何かが燃える匂いが車の先から臭っている。


その臭いは息を吸うのも苦しくなるほど臭くなってくる。


『な…なにこれ…!』


咄嗟にハンカチで口と鼻を抑えて車の外に出る。


『キャー!!』


突然、渋滞が続いている向こうの方から悲鳴が聞こえてきた。


遠くの方を見ると火がちらほらと燃えている。


『…え?』


次々と人々が車で来た道に逃げていく。


ソフィアはその火が作った大きな煙を無意識に見上げており自然に雲ひとつない青空に目がいく。


青空を見ていると何やら人が銃を構えながら飛んでいる。


『…あれは』


ゼンゲル人だ。


ゼンゲル人が銃を構えて街中に弾を放っている。


『ブーブー』


突然携帯から電話が掛かってくる。


『…もしもし?』


『ソフィア!良かった!そっちは大丈夫!?』


興奮気味のエリーゼが電話をしてきたようだった。


『だ…大丈夫ですけど……こ、これは…』


ソフィアは恐怖で声が震えていた。


エリーゼ『……ゼンゲル人の反逆だと思う、ともかく!参謀本部のところは安全みたいだから早くそこから移動した方がいい!!』


『わ、分かりました…!』


ソフィアは電話を切ると車をほったからしにして急いで参謀本部の方へと向かった。










『速報です。リトアリア共和国の大統領が午後4時すぎ会見を開き、『ゼンゲル人は我々に攻撃を仕掛けた。よって我々リトアリア人はゼンゲル人に報復を誓う』とこのように述べました』


『まさか…ゼンゲル人があんなことするなんて…』


ニュースを見ているエリーゼがそう言った。自分も気持ちは同様だった。


あの後、何とか参謀本部に着いたはいいがどこにいても大混乱でオフィスの中をずっと走り回っている始末だ。


『…でもなんでゼンゲル人はこんなことを?』


ふと疑問に思いエリーゼに言葉を投げた。


『…リトアリア人が差別とかしてたからじゃない?酷いこともしてたから…』


差別という理由もわからなくはないがでもなんだか違う気がする。


『多分私達…彼らと戦うことになると思うよ』


エリーゼがいつもとは違う真剣な眼差しでそう言った。


『…そうですね』


自分は、まだ演習しかした事がないため本物の戦場には行ったことがない。


これからたくさんのゼンゲル人を殺すとなると気分が悪くなる。


でも自分は軍人なのだ。そんなことは言ってられない。


『そこの2人突っ立ってないで仕事に戻れ!』


そんな考えをしていると後ろからリザベル少佐が少し怒鳴った声でそう言った。


『は、はい!』


エリーゼは素早く自分の持ち場に戻っていった。


『ソフィア。ちょっと話がある』


『はい』


ソフィアはリザベルに呼び止められるとすぐに返事をした。きっと今回のことで彼女もとてもピリピリしているのだ。


『2日後に軍隊を速やかに編制することになった。1週間後までに我々の部署はゼンゲル国の最前線に派遣される』


『…了解しました』


リトアリア共和国は平和だから戦争なんてほぼないと思っていたがこの日がきてしまった。


『そしてソフィア』


『はい』


『ソフィアはこの国の研究対象だっただろう?』


『…はい』


『国からによると研究はもう終わったようだ、これが書類だ』


『え…はい』


手渡されるとただのペラペラな紙に『研究の過程を終了した』と書かれていた。


別になにか研究室に入ったり変な実験をさせられたわけじゃないのに何がわかったのだろうか。


『あの、私の今後は…』


自分の立場が少し心配になり質問した。


『今後もこの場所で仕事をしてもらう』


ソフィアはてっきりこの職を下ろされるかと思った。


『わかりました』











『物資は全てあるな?』


『はい、これで全部です』


あれから1週間が経ち、今、ソフィアはある軍事基地で巨大な基地船に乗っていた。


基地船とはどこでも移動ができる基地のようなものでそれが船になったようなものだった。


この船はもちろんのこと飛行したり海の上で普通の船にもなれる上、海の中にも入れるのだ。


そんな抜群なこの船で行く場所は戦場だがその間、リザベル少佐と一緒に同じ場所で生活できることは少しワクワクしていた。


頭の中は戦争のことでいっぱいだが少しでもいいことがないかと無意識に自分でも探していた。その唯一のものが少佐とこの船で暮らすことだろう。


『30分後には離陸するが、準備は大丈夫か?』


『…はい』


少し戸惑ったように返事を返してしまった。


どれだけ不満だろうが戦わなくてはいけない。それはリトアリア共和国のためである。


『じゃあ休憩を入れてもいいぞ』


リザベルはいきなりそう言った。


『え…ですが…』


『戦場にいけば体力が一番必要だ、だからきちんと休んで戦場に備えろ』


リザベル少佐は死ぬのは怖くないのだろうか。これから戦争に行くというのに、それなのにいつも冷静で感情を出さない。


自分はその冷静なリザベルに圧倒された。


『分かりました』


返答を返した後、資源庫を後にして自分の部屋まで戻ることにした。


周りを見渡しながら廊下を歩く。


今いる所は士官専用の兵舎でホテルのような廊下がずっと先に続いていた。


この基地船は人が過ごしやすいように作られていて設備なども充実している。


『ソフィア!』


突然後ろからエリーゼが呼び止めてくる。


『あ…エリーゼ』


構わず走ってくるエリーゼを見ながらそう言った。


『今、休憩時間?』


走ってきたのにも関わらず一切、息切れをしない体力のあるいつものエリーゼだった。


『えぇ、そうです』


『私もちょうど休憩中なんだ!どうせだからさ一緒にここの食堂行かない?』


『…食堂?』


そういえばこの基地船にはレストランのような食堂があるらしく美味しいと有名だとか。


『すっごい美味しいんだよ!行こうよ!』


『はい、行きましょう…!』









『うんまー最高だね!』


『確かにすごく美味しいですね!』


『でしょー』


オシャレな雰囲気を醸し出している店内はもはや食堂ではなくどこかの高級レストランのような場所だった。


出てくる料理もどれも高そうで大人が食べるような料理ばかりだったが、やはり美味しかった。


こんな高そうなものを食べているのにお金は取らない。そういうところを考えると今回の戦争できちんと軍人という真の仕事をこなさなくてはならない。


ソフィアは黙々と食べていると突然エリーゼがフォークを置いた。


『あれ?食べないんですか?』


『いや…食べるよ?食べるけど……』


エリーゼはとても真剣な顔をし、そして何かを戸惑っているように見えた。


『ソフィアってさ、あんまり自分の事とか話さないよね…まぁ私も実際そうなんだけど…』


そう言われてふと、前にいた世界のことを思い出した。


『…要はね、戦争も始まっちゃったしもう私たちの間で水臭いことはやめようって言いたいの…』


そう言われるとエリーゼの気持ちも理解出来た。もしかしたら戦争で死んでしまうかもしれないから。


最終的にお互い何も知らずに死んでいくのはエリーゼとしては嫌なのだろう。


『私もきちんと自分のことを言うから、ソフィアも言ってくれる?』


『私は………』


『あ…でも無理にとは言わないよ。言いたくないこともあると思うから』


いきなりのことで戸惑いどうすればいいのか分からない。


でもどうせこの後、死んでしまうのなら彼女に自分のことを話した方がいいだろう。


エリーゼはいつも私のそばにいてくれた。こんな私のそばに。だからこそ隠し事はなしにしたい。


『話します』


『そっか。わかった』


エリーゼにそう言われるとソフィアは一呼吸置いて話し始めた。


『…17歳の時なんですけど…まだ前の世界にいた時です』


ソフィアは小さい頃から目が見えていない父親と一緒に住んでいた。


いつも言動がおかしい父親はソフィアに暴力を振るっていた。


父親はいつもこう言っていた『お前のせいだ』と。


学校にも家庭にも居場所がなくて大好きな人も愛せる人も誰一人いなかった。


そして最後は、父親にキッチンにあった包丁で胸を不意に刺されて、その後も何度も刺された。


『……そうだったんだ』


『でも、なんで父親は私を殺したのか分からないんです…』


『…なんで?だって元からやばい父親だったんじゃないの?』


ソフィアはエリーゼにそう言われると考え込む。日常的に暴力も振るわれていたのは確かだが、本当になんの理由もなく殺しただけなのだろうか。


『…まぁ、考えてもしょうがないし、次は私の話をしようかな』


『…そう…ですね』


エリーゼも少し間を開けてゆっくりと話し始めた。


『私ね…実は…』


ソフィアは次にくる言葉を少し身構えるように待っていた。


『元男だったの…』


『…え?』


『私…このこと普通なら絶対言わないの。きっと周りからは変人扱いされるし、ソフィアにも言ったら嫌われるかなって思ったけど、でも言いたくて…』


『変じゃないですよ。全然』


『…でもリトアリア人とかはやっぱり差別とか酷いからさ、ゼンゲル人もそうだけど性別がどうだとかいうのも酷いんだよね』


『いいんですよ。エリーゼの人生はエリーゼのものです。その人達だって好きなようにそんなこと言ってるんですから、エリーゼだって好きなようにしていいんです』


『そっか…じゃあさ、これからも友達でいてくれる?』


『当たり前じゃないですか』


ソフィアはニコッとエリーゼに向けて笑顔を見せた。


『あ、ありがとう…』


エリーゼは照れながらそう言った。

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