第39話 司会のうた

 カナメをおぶって彼女の部屋の前まで来た。彼女を背負いながらもなんとかドアを開け、ベッドに彼女を寝かせることに成功する。そして俺は一息つく間も無く部屋を出た。15歳男子に一個下の少女の部屋は刺激が強いのだ。


 カナメはこれで良しとして、俺は一つ気になることがあった。ネスト様と魔獣たちが向かった居住区である。ベルアさんの話によると噴水があるらしい。もはや庭師やガーデニングの域を三百歩ぐらい飛び出している気がする。


 階段を降りて玄関の方へと向かうと、ちょうどネスト様たちが帰還していた。ネスト様は何か焦っているようだった。


「どうしたんですか、ネスト様」


「カナメは無事か?!」


 彼の眼は見開かれていた。後から入ってきたキールも同じ言葉を俺に浴びせかけてきた。俺は二人を一旦落ち着かせると、説明を始めた。


「カナメは寝てます。昨晩から寝てないらしくて」


「そうか……無事なら良かった」


 ネスト様はそういうとふにゃふにゃとその場に崩れてしまった。


「俺はカナメに森を切り拓いて居住区を作っておいてくれって頼んだんだ。それくらい彼女なら朝飯前だからね……町作るとは思わなくないか⁈」


 俺は首が一つでは足りないぐらい頷いた。そしてネスト様がこんなに驚いているのを俺は見たことがなかった。しかしそれも納得である。カナメはそのくらいとんでもないことを成し遂げたのだ。


「もしかしてカナメの成果がお気に召しませんか?」


「いやいや、そんなことは無い。十分すぎる。寝床も道もしっかりしている居住区だ。他の領地なら三日はかかるぞ。俺はカナメを舐めていた……」


 俺は驚愕しているネスト様には申し訳ないが、一つ聞いてみたかった。


「噴水があるのは本当ですか?」


「本当だよ。石造だ……カナメは石を切ったのか……ハサミで……」


 俺はもう笑うしかなかった。

 ネスト様はフラフラと立ち上がると大広間へと歩き出した。


「びっくりしすぎて疲れたが……会議をしなくてはいけないから皆来てくれ」


 俺はキールやドルカと共にネスト様を追う。ネスト様は段々と落ち着きを取り戻しつつあった。大広間の椅子に座り、一口水を飲むとネスト様は長く息を吐き出した。


「さて、トルバトル、キール、ドルカ……今はいないが、カナメ。君たちは今回多いに活躍してくれた。特別報酬を用意しよう」


 俺たちはペコリと頭を下げた。ネスト様は話を続けた。


「それで今回魔獣を受け入れたことを他の領主たちにも次の会議で報告しなくてはならない。その時に君たちの中から同行を求める」


 俺たちは互いに顔を見合わせた。たしかに今回魔獣を受け入れる場に居合わせた者がいた方がいいに決まっている。


「役目としては領主会議の司会だな。今回はウチから出すことになっている。どうせ連れて行くなら今回のことをよく知っている者がいいんだ」


「ボクは公的な場で大人しくしてられないぞ」


「自覚あるのか」


 俺は思わずドルカに突っ込んだ。ドルカは褒められているのと勘違いしたのか胸を張った。キールは少し困ったような顔をした。


「私もそう言う場はあまり得意ではありません」


 そうなるともう答えは一つである。三人の目線が一斉に俺の方へと向いた。キールはネスト様の私兵だし、ドルカは諜報部隊だ。司会をやれそうなのは詩人の俺くらいだろう。他の領主たちの前でと言うのが少し怖いが、ここはカッコよく受け入れるしかあるまい。


「わかりました。俺がやります」


「トルバトルなら魔獣の引き入れにも一役買っているから適任だな。よろしく頼む」


 会議後に俺は早速一週間後の領主会議の司会の準備を始めた。まず会議の大まかな流れを確認し、参加者の名前と役職名を覚える。俺は人の名前を同時に多く覚えるのは得意では無い。詩人として強烈な数人の武勇を覚えてきた弊害である。


「……参加者を紹介させていただきます!……ローク領ネスト様……バール領……」


 俺は毎晩会議の司会の練習を行った。時折大声が過ぎて隣の部屋のカナメからクレームが入ったが、それ以外は順調に準備が進んだ。そうして一週間はあっという間に過ぎる。


 領主会議の日の朝俺は朝食が喉を通らなかった。隣で朝から夕飯の量をかっこむドルカがいたのにも関わらず、俺は全くパンを取る手が進まない。


「どうしたトルバトル!緊張しているのか」


「してるよ……他の街の領主様がいっぱい来るんだぞ?」


 それを聞いて向かいで朝食を摂っていたキールがパンを齧る手を止めた。


「いざとなったら魔法詩で眠らせてしまえばいい」


「どう言う状況だよ」


「冗談だ」


 キールは少しニヤリと笑うとパンを齧るのを再開した。俺はドルカと顔を見合わせた。キールが冗談なんて言うのは珍しい。どうやら気を使わせてしまったようだ。


「……二人ともありがとう。頑張るよ、司会」


「それがいい」


「何かあったらボクを呼ぶといい」


 俺はパンをミルクで流し込んだ。食道をパンが降りて行くのを感じた。


「ごちそうさまでした……行ってくる!」


 俺は皿を片付けて食堂から出た。食道から出ると玄関はすぐだ。ドアの横の柱には大きなあくびをしながらカナメが寄りかかっていた。


「おはよう……トルバトル」


「おはようカナメ。カナメもネスト様に同行するんだな」


「一応……魔獣たちの受け入れ係……だから」


 今日はカナメの背中に邪悪に笑う大きなハサミはないようだ。考えてみれば当たり前である。要人が集まる場所に大きなハサミを持ち込めば大問題となる。俺も武器になり得るチ魔法のチョーカーを外そうかと思ったが、そうこうしているうちにネスト様がやってきた。


「二人ともおはよう。忘れ物はないな?身だしなみはOKか?」


 今日の俺はいつもと違い、やたら固い服に身を包んでいる。動きにくいことこの上ないが、これが正式な場の格好だと言うのなら仕方がない。カナメはいつものような黒いワンピースだが袖がある。いつもは袖がないものを着用しているので彼女は少し暑そうだ。


 ネスト様のワープ魔法によって移動はほぼ一瞬で済んだ。会議の地はローク領、つまりはネスト様の領地である。会議の行われる役所は俺も来たことがある場所だ。思えば荘厳なこの役所がこの街での俺の初仕事の場所だった。そんなことを思い出してしみじみしていると、俺はネスト様とカナメに半ば置いていかれていた。


 俺も慌てて彼らに続いて役所に入った。会議室は迷路のように入り組んだ廊下の先にあった。複雑な道のりだったので帰りは一人で帰れと言われたら俺は迷子になるだろう。


 会議室のドアの向こうからは話し声は聞こえない。しかし誰かがいると言うのがはっきりわかった。存在感、と言うのだろうか。ネスト様やゲイルさんに近い雰囲気が部屋から溢れ出ているような気がした。


「行くぞ。トルバトル、カナメ」


 ネスト様の顔つきはいつの間にか険しい物に変わっていた。釣られて俺も身が引き締まった。


 ネスト様によると、以前就任記念パーティーに来た領主たちと今日いる領主は別人だと思った方がいいと言う。人こそ同じであるが、完全に状況が違うのだ。つまり今日のネスト様はいわば責められる立場で、他の領主はネスト様を責める立場である。


「ネスト様……ピリついた雰囲気が部屋から滲んでいるような気が……」


「平気さ。魔獣を市民として受け入れることを決めた時から責められるのは覚悟していたよ。そし責められるのは俺であってトルバトルでもカナメでもない。二人は安心して仕事に向かい合え」


 ドアが開かれた。円卓に初老の男女が四人座っていた。座る場所によって身分の差が表れないように円卓なのだ。しかし確実に他の領主たちはネスト様に見下すような視線を向けている。彼らな後ろに控える領主の部下たちもまた、ネスト様を快く思っていないように見えた。


 俺たちはそんな雰囲気の中会議室を歩いた。ネスト様が席につき、カナメが彼の後ろに付いたのを確認すると、俺は切り出した。


「お集まりいただきありがとございます。今年第三回目の領主会議を始めます。司会を務めさせていただきますトルバトルと申します」

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