第38話 住むうた
「いやー、三人とも朝練とは感心だね」
朝食の席でネスト様はパンを頬張りながら言う。俺が柵を口説いているのを見た時は何事かと思っただろう。しかしすぐに説明したことと、近くでドルカとキールが獲物を振っていたことですぐに誤解は解けた。今度からものを褒める練習をする時は周りに気をつけるとしよう。
「さて、朝食が終わったら魔獣たちと合流して館へ帰るぞ」
朝食後には俺が皿を洗うことになった。もちろんそれはネスト様に任せるわけにはいなかった。だから俺がやっても構わないのだ。しかし俺の気持ちが晴れないのはキールとドルカに俺は水の魔法の練習をした方が良い、と押し付けられたからだ。比較的温暖な気候であるため水に手をつけても問題はない。しかしどうも釈然としない。
最後の皿に残った滴を拭き取ったところでドルカの声が聞こえて来た。
「おーい、トルバトル!魔獣たちがやって来たぞ!」
「もう行くよ」
俺は手についた滴を振り落として玄関へと向かった。扉を開けた先の光景は壮観だった。さまざまな毛色の魔獣たちがそこには並んでいたのだ。四足歩行のもの、二足歩行のもの、飛んでいるもの、さまざまだ。誰一人同じ魔獣がいないのではないのかと思えるほどだった。
その魔獣たちの先頭にリーダーであるリーブスが手に腰をついて立っていた。彼は俺の方に目線をやると、顎に手を当てた。
「やっぱり貧相なガキだな。こいつが本当に手下共の心を動かしたってのか?」
心外である。どうやらリーブスはキールこそ認めているものの俺は認めてくれていないらしい。彼は値踏みするように俺を見つめながら近づいて来た。
「な、なんだよ……」
俺は逃げ出してしまいたかった。半歩以内に魔獣が接近して来ている状況なのだから。
「待てリーブス。トルバトルは本当に詩で魔獣たちの心を動かして撤退させたんだ。私が保証する」
キールからナイスなフォローが飛んできた。俺は必死に首を縦に振った。しばらくリーブスは俺の顔を舐め回すように見ていたが、しばらくすると俺の肩に手を回してきた。
「お嬢ちゃんが言うなら間違いねぇな。よろしく頼むぜ」
側からみたら恐喝されているようにしか見えないだろう。リーブスは悪い奴ではないのは分かっているが、圧が強い。こんな光景を街の路地裏で見たことがある。俺は恐れつつも挨拶を返した。もう彼らは同じ領地に住む仲間なのだから蔑ろにしたり、仲良くしないわけにはいかない。
「さて、出発しようか」
ネスト様はそういうと指をパチンと鳴らした。その音が響いたかと思えば彼を中心に同心円状に光るサークルが広がった。俺はこんな光景を魔法の教科書で見たことがあった。確か一番最後のページに挿絵付きで書いてあった。この本には掲載されていないが高位の魔法には物や人をワープさせるものがある、と。それがネスト様の使っている魔法なのだろう。しかし俺はここでふと疑問が湧いた。
「ネスト様、なぜ往路はシグレトリに乗ってきたのですか?」
「言っただろう。飛ぶのが好きなんだよ。あと部下と過ごす時間を少しでも長くとって仲良くなりたいじゃないか」
ネスト様は少年のような笑顔で笑った。自然と俺の頬も緩んだ。この人に仕えられて良かった、改めてそう思えた。
「さぁ、飛ばすぞ」
視界が雪のような白で覆われた。マチ村の景色が塗りつぶされ、あたり一面の白が広がった。次にその白が消える頃には見慣れた景色が広がっていた。ネスト様の館である。
しかし最後に見たネスト様の館の庭の景色とは大きく異なっている点が一つ。当然魔獣たちの存在だ。
魔獣たちはあたりをキョロキョロしたり、土の匂いを嗅いだりしている。当然突然のワープは驚きだろう。
「ようこそ魔獣たちよ。ここが俺の館だ」
ネスト様が歓迎の言葉を告げる。一時戸惑っていた魔獣たちもすぐに状況を把握したようで、拍手をしたり、咆哮をあげたりしていた。それを見て俺は感心した。ネスト様が魔獣を市民として受け入れたことを初めて実感したのだ。海のような懐の深さだ。
「おかえり……なさい……」
俺とネスト様の前に黒いワンピースに身を包んだ小柄な黒髪の少女が現れた。もはや彼女に会うのも久しぶりに感じた。
「ただいまカナメ」
「……連絡魔法で……言われた通り……魔獣の居住区は用意……してあります」
カナメは本を音読する様に淡々と情報を注げていく。そこで俺は気づいてしまった。カナメの様子がおかしいことに。詩人として感性を磨いてきた俺にはわかる。
ネスト様はカナメの報告を聞くと、自ら魔獣たちを居住区に案内すると言ってその場を魔獣たちと共に立ち去った。一応の護衛としてキールもネスト様について行き、ドルカも居住区を見たいだとか言って立ち去る。残るは俺とカナメの二人である。
気まずい沈黙が流れた。
「あの……カナメ」
「何?」
語気が強い。何故だかわからないが彼女はご機嫌斜めなことは間違いない。俺は恐る恐るカナメの顔を見た。いつもと変わらない透き通るような肌、片眼を隠す長い髪も変わらない。見た目に特段の変化はない。
「怒ってる?」
俺は土壇場では詩人らしからぬどストレートさを発揮するようだ。怒っているかもしれない人に怒ってるかを聞くとか怒りを助長するだけである。
「イライラしてる……ちょっと」
意外にもカナメは素直に答えてくれた。そしてやはり怒っているらしい。
「な、何かあった?」
「寝てない……一晩中森切り拓いてたりして
た」
「切り拓いてた⁈」
そういえばカナメは居住区を用意する役目を担っていた。まさか一から居住区を作っていたと言うのか。
「居住区のためか?」
「そう……この館の敷地と……同じくらい……切り拓いて……小屋作ってた」
俺が魔獣を詩で撃退すると言う無茶なミッションを任されていたのと同じように、カナメは一晩で魔獣の居住区を用意すると言う度を超えたミッションを任されていたのだ。俺は思わず苦笑いした。
「それは……お疲れ様」
「別に……作るのは……楽しかったから……良いの……」
庭師としてカナメは小さな集落を作ることのできるレベルのようだ。もう庭師の範疇ではない気がするが。
カナメは居住区作りを苦に思っていないようだ。では何故彼女は怒っているのだろか。
「でも……熱中しずきて……朝までやっちゃった……だから……イライラしてる……眠い」
カナメはそういうと、おぼつかない足元でフラフラとこちらへと近づいてきた。そして糸の切れたマリオネットのように俺にもたれかかった。
「おい!平気か?」
俺の腕の中で項垂れるカナメはすでに寝息を立てていた。こうしていると分かるが細身の見た目通り本当に軽い。心配になるぐらいだ。その細腕で森を切り拓いて居住区用意したのだから末恐ろしい。
俺はカナメをおぶった。そして館の中へと入る。館の使用人の目線が一斉に俺に向けられた。その中からベルアさんが金髪を揺らして近づいてきた。
「おやおや、カナメはやっぱり限界だったか。今朝泥んこになって帰ってきたんだよ?早急に彼女を風呂に入れたけどね。でも眠気は取れないよね」
「どんだけ居住区作りに熱中してたんだよ……」
ベルアさんは俺の言葉を聞くと苦笑いしながら頭を振った。
「そうそう、ちょっと飛んで見てきたけどあれはもう……町だね。カナメが起きたら聞いておいてよ、なんで一夜漬けの居住区に噴水があるのか」
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