第25話 気持ちのうた

 俺とキールが館の中に急いで戻ると全ては終わっていた。

 怪盗が攻め込んできたと思えないほどに優雅な時間が流れている。ベルアさんが美しい音色をリュートによって奏でていたのだ。まるで蜂蜜のように甘い演奏に似合わず、彼女の周りには三人の怪盗がぐるぐる巻きにされて倒れていた。

 

「やぁやぁ、トルバトルくん、キールくん。そっちも終わったのかい?」


 そう言ってベルアさんは演奏をぴたりと止める。彼女の周りには家令や他の使用人たちが座り込んで息を切らしていた。こちらも相当な激戦であったのことが窺われる。しかしベルアさん含めて誰一人怪我をすることなく、ただ疲労しているだけのようだ。


「こっちの怪盗は捕らえましたけど……中はもう平気なんですか?」


「そうそう。バッチリ解決」


 人差し指と親指で丸を作ってひらひらと振るベルアさん。彼女からは全く疲労といったものが感じられなかった。戦闘訓練や運動は苦手だと言っていたが、もしやベルアさんもゲイルさんのような凄まじい領域に片足を突っ込んでいるのかもしれない。そう思うとこの館の戦力に頭痛がしてくる。

 

 ネスト様は面白い奴を館に集めていると言うが、結果として戦力が高くなっていることは否めないだろう。何より戦闘訓練があることがこの館の戦力が高水準に保たれていることに直結している。訓練でネスト様とゲイルさんを相手していれば嫌でも力がつく。


 そんなベルアさんや家令、他の使用人たちだからこそ無傷で怪盗たちをぐるぐる巻きにすることができているのだ。


「俺とキールが捕らえた怪盗は外で……寝てます」


「おやおや?寝てるの?」


「なんか腹減ったとか言って気を失ってしまいました」


「ふむふむ。こちらの怪盗も口を揃えてお腹すいたと言っていたね。多分彼らの目的は……」


 ベルアさんはぐるぐる巻きの怪盗三人に目線を送った。彼らの頬がこけていて、ぐったりとうなだれているのは戦いがあった影響ばかりではないのだ。


 俺が相手取った怪盗も小柄なのを差し引いても軽く、頬が痩せていたように思えた。そして「腹が減った」というセリフから見える彼らの目的はただ一つ。単純に腹が減ったから、食べ物を食べたいから奪いにきたのだ。そこに俺たちの思惑を超えるような目的やネスト様に危害を加えようという目的も見られない。


 俺の胸の内には複雑な思いが芽生えていた。それを汲み取ったかのようにキールが切り出した。


「まぁ、事情があるにせよ彼らを捕らえておくことが今やるべきことではやないだろうか」


「そ、そうだな……」


 俺は今にも叫び出したかった。と言っても心のうちを言葉にできてはいない。詩人として情けなかった。

 

 かろうじて絞り出した言葉が一つ。この場を治めるリーダーたる家令に言葉を投げた。


「あ、あの!牢屋にいる間彼らにご飯を持ってくの俺に任せてもらえませんか!」


 家令は眉を釣り上げる。彼からすれば薮から棒だろう。しかし俺はお腹を空かせていただけの彼らに同情してしまうのだ。そしてどうしても俺は彼らと話をしてみたいと思ったのだ。


 家令は顎に手を当てて考え込んでいるようだ。


「……トルバトルよ。私は家令という立場上物事を冷静的に、ときに冷徹に見なければならい」


「はい……」


「だから情に流されるのは私にとって非常によろしくない」


 そうだろう。家令はいつもネスト様から指針を聞き、ネスト様の考えを深く読み取り、各地に指令を飛ばす。その仕事に情の入る余地など本来ないのだ。しかし続く家令の言葉は意外なものだった。


「情にあついのは詩人の君ぐらいでいい。食料を彼らに運ぶのは君に任せるよ、トルバトル」


「っ!あ、ありがとうございます!」



 昼過ぎになる頃には侵入してきた五人の怪盗は全員使用人たちの手によって地下牢へと放り込まれた。五人とも抵抗の素振りを微塵も見せず、ただ従順だった。その目は虚で何もかもを諦めてしまっているように見えた。


「トルバトルくん、コレ持っていってくれるか?」


 料理長にそう言われた俺は詩作の手を止めた。ペンを懐に仕舞い込み、羊皮紙を廊下の端においておく。


 俺はここ1時間ずっと厨房の入り口で詩を作っていた。できたらすぐにでも牢屋の彼らに食べ物を持っていきたかったのだ。


「ありがとうございます!」


 料理長がカートに乗せて持ってきてくれたのは俺たち館で働く使用人がいつも食べているものと全く同じ肉や野菜を使ったスープなどの料理だ。時々地面から生える野菜は貧しいものだと言われるとこともあるがネスト様はそう考えてはいない。ネスト様の「なんか野菜食った方が調子良くない?」の一言により皆野菜もしっかりと食べるのだ。


 料理長から受け取った料理をカートに乗せてガラガラと押していく。地下牢へとは数本のスロープで降りることができるので階段でつまづくことはない。このまま安全に料理を届けることができるのだ。


 俺が地下牢へと続くスロープへ差し掛かった頃、入り口の壁にベルアさんが寄りかかっていた。


「ねぇねぇトルバトルくん。なんで君はそこまでするんだい?彼らは未遂とはいえ怪盗だよ?」


 俺は口を真一文字に結んだ。たしかに彼らは怪盗だ。だからといって俺は彼らを完全に否定し切ることができなかった。


「……ベルアさんは全国公演でいろんなところ巡っていますよね?」


「うんうん。そうだね」


「いろんな人を……見ますよね。俺もそうでした。吟遊してた間さまざまな人を見ました」


「……うん」

 

俺は言いたいことをうまく伝えられている自信がなかった。しかしベルアさんは優しく頷いた。

「詩にしたくなるような、できた人間もいれば……忘れてしまいたくなるような人もいました」


「そうだね。いい奴悪い奴、いっぱい見たよ」


「でも彼らをいい人たらしめるのも、悪い人たらしめるのものも……環境によるところが多いと思うんです。俺は人を歌ってきてそう気づきました」


 ネスト様だってキールだって詩になるような活躍の場があったから詩にできているのだ。結局のところ環境は変えられず、逆に環境に変えられてしまう人は多いと俺は思う。


「ふむふむ。東の地の寒冷化による食糧不足……彼らを怪盗たらしめるのには大きい環境要因だね。だから同情の余地があると君は思うのかい?」


「そんなところです…………やっぱり……俺って甘いですかね?」


 俺は伏し目がちにベルアさんに問う。ベルアさんはしばらく何も喋らなかった。


「……甘いのは好きさ。苦いよりよっぽどいい。君に賛成さ。じゃあ私から一つ質問いいかい?」


「は、はい」


「君をそんなに優しい人たらしめた環境要因はなんだい?」


 俺は少し俯いた。こうも面と向かって優しいなんて言われたことはない。俺はいつも一言多くて、煽るのが得意などちらかと言えばちょっと嫌な奴だと自分を思っていた。しかし優しいといってくれるならそれはそれで嬉しい。そして何より俺はあることを思い出した。


「……師匠がいたからですかね。やっぱり人によるところが大きいと思います」


 だから俺は彼らに少しでも優しくしてやれたら……なんて思うのかもしれない。蜂蜜に砂糖をぶち込んだような甘い考えかもしれない。だけど行動せずにはいられなかった。それに俺は彼らに一つ言ってやりたいことがあったのだ。


 俺の答えを聞くとベルアさんはにこりと笑った。


「どうせ君のことだ。食糧を彼らに渡すだけじゃ飽き足らず、彼らとコミュニケーションを取ろうとするんだろう。私も行くよ」


「えっ?ベルアさんも?」


「何を驚く?君は楽器を弾けないだろう」


 クスリと笑うとベルアさんは少し跳ねるような足取りでスロープを降っていった。そして振り返ると手招きをしてくる。


「彼らに歌うんでしょ?優しい君は冷たい牢屋に入れられた彼らを放っておけないのさ」



 


 

 

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