第24話 捕獲のうた その2

 窓を割って館に侵入した一人の怪盗はあたりをキョロキョロと見渡す。小柄なフードの怪盗の仲間である。彼の名はウィン。すらりと伸びる手足は服の上からでは分からないほど筋骨隆々だ。


「……ドルカがあの三人を引きつけているうちに食料を奪わねぇと……」


 ウィンの額からタラリと汗が滴る。領主の館に怪盗行為を働いたはいいものの、予想外の戦力が存在していたのである。彼が事前に得ていた情報では領主ネストと私兵のゲイルな化け物級の戦闘能力を持つということだった。だから彼らの不在を狙ったのだ。しかし結果はどうだろうか。虎の子である赤髪の怪盗ドルカのナイフ術がキールの剣術の前になすすべがなかったのだ。


「あんなバケモンがいるなんて聞いてねえぞ⁈」


 不満をこぼしながらウィンは侵入した部屋のドアを開けた。そこには赤いカーペットがまるで端などないかのように伸びていた。窓からは光が差し込み、赤いカーペットを照らしている。ウィンはそのカーペットの上を素早く移動し始める。追手や新手が現れる前に一刻も早く食料を手に入れたいのだ。


「食料庫はどこだ?」


「教えるわけ……ないでしょ」


 ウィンの背筋に悪寒が走った。彼は何かに警告を受けたかのように素早く屈む。直後に彼の頭の上を何か刃物のようなものが通り過ぎるのを感じた。


「な、なんだ?!」


 彼の目の前にハラリと切り裂かれた毛髪の一部が落ちた。しかしウィンにとってそれはどうでもいいことだった。あり得ないことが目の前で起こっていたのだ。


「お、お前……なんでここにいる?」


 目の前に現れた小柄な少女は先ほどまで庭にいたはずだった。ウィンはゴシゴシと目を擦る。しかし目の前の女の子は消えはしない。彼女は確かにそこに存在しているのだ。


 少女はひらひらとした黒いワンピースに身を包み、髪が片目にかかっている。そして髪はそのまま流れるように髪は少女の背中まで伸びていた。


「私……カナメ……庭師をやってるの……」


「庭師?」


「そう。それに戦闘訓練……してるから……お兄さんに……すぐに…………追いつける」


 ウィンは訝しげに彼女を見つめた。どう見ても目の前の少女は戦いに向いているとは思えなかった。袖の短いワンピースから伸びる腕は白く細い、少し見える足元も同じく細いからだ。


「……オイ、冗談だろお嬢ちゃん。そんな細い身体で言われても説得力ないぜ」


 ウィンはそう言いつつも最大限の警戒をしていた。カナメが彼にどう見えていようが、短時間で追いついたのは間違いない事実なのだ。その事実というものが彼を戦慄させた。


 そんな彼を遠い目で見つめながらカナメはゆらりゆらりとハサミを構えた。


「そのハサミ……庭師ってのは本当らしいな」


「そう……私は……庭師。領主……ネスト様が庭師……カナメ。ネスト様の……館に……狼藉を……働くなら……捕らえる」


彼女は静かに宣戦布告をすると静かに歩みを進めた。手に持った大きなハサミがぎらりと邪悪に笑う。


 対してウィンは短剣を抜いた。彼に特段剣の心得はなかった。しかし目の前の少女一人なら素人の剣でもなんとかなるのではないか……そんな考えが警戒の隙に油断として入り込んだ。


「降参……するなら……早く……してね」


 ハサミを撫でながら悠然と近づくカナメ。ウィンはニヤリと笑った。


「食料奪うまで降参するわけねぇだろ!」


 そういうとウィンは短剣をその場に落とした。唯一の武器である短剣をわざと落とす、それは相手に混乱を与える。ウィンは虚をついて行動するのが得意だった。だから今回も剣をあえて落として格闘戦に持ち込もうと考えていた。


 大きく拳を振りかぶり、目の前の少女に少し申し訳なさを覚えながら、放つ。岩をも砕く鉄拳。そう言われたことさえあった。拳の硬さはさることながらその速度は雨粒をも撃ち抜く。そう評価されていた。


「はぁぁあっっ!!」


 完璧に撃ち抜いた……と思ったのも束の間、ウィンはとんでもない違和感を感じた。悪寒。恐怖。不和。何かとんでもない間違いをおかしていたような。そしてそれは結果となって目の前に表れていた。否、表れていなかった。撃ち抜いたはずのカナメがどこにもいないのである。


 強烈な違和感とともに彼が振り返る。そうするとカナメは真後ろでハサミを持ったまま頭三つ分ほど背の高いウィンを見上げていた。側から見れば大人を見上げる子供のようなカナメの体制。しかし現に今カナメの取っている体制の意味はただの待機である。


 ただ相手を見上げて待っている。切った物がどうなるのかを。


 ふとウィンを襲った寒気。彼はカナメから自分の体へと視線を戻した。そこには見慣れた胸筋があった。素肌の太ももも見える。すなわち下着以外全ての衣類を失っていたのだ。それに気づくとウィンは慌ててカナメから離れた。


「なっ、なっ、な……何を?!」


 ウィンは必死で頭を回転させる。何が起こったのか。彼は確実にカナメ目掛けて拳を撃ったはずである。しかし結果は後ろに回り込まれ、それも衣服が切り裂かれている。


 ウィンはその場にペタンと座り込んだ。目の前の二回り以上小さな少女が恐ろしく思えた。彼はガタガタと震えながら手探りで剣を探した。すると何やら金属片のようなものが手にあたる。


「な、なんだこれ?」


「あぁ……ごめん……刻んだ」


もうウィンは吐き気を催していた。意味がわからなすぎるのである。


 カナメは衣服のついでに彼の放った剣を刻んでおいたのだ。そのスピードは一般的な猛禽類や格闘では話にならない程だ。


「な、なんだよ……なんなんだよこの館!!!!」


「ここは……ネスト様の……館……みんな戦闘訓練……してるから……攻めてきても……無駄」


 ウィンはフルフルと頭を振る。そしてその場の床にペタンと背中をつけた。


「降参?」


「あぁ……捕まる前にまた……みんなで腹一杯食いたかったな」


 ウィンは自嘲しながらそう言った。カナメはそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。


「そっか……お腹すいて……たんだ?」


「あぁ、そうさ……俺たちは腹が減ってたから奪いにきた……腹が減って仕方がねぇんだよ」


 カナメは「フゥン」と漏れるような声を出すと懐から一欠片のチョコレートを取り出した。そしてウィンの口に半ば無理やり押し込むように入れる。


「もごっ……な、何を?」


「いいこと教えてあげる……」


「いいことだと?」


「受け売り……だけどね。言葉には……力が……あるの……人に気持ち……伝えるっていう……すごい力……だから……あなたたちは……一言……お腹すいたから助けて……って言えば……よかったの」


 ウィンは目を見開いた。寒冷化で食べ物の少ない東の地から流れてきた自分たちが食べ物を奪うという形でしか空腹を満たせないと思い込んでしまっていたのだ。しかしそれは間違いだった。「助けて」一言が言えなかったのだ。


「くっ……うぅ……ちくしょう……気づけなかった……」


 カナメは彼が泣き止むのを待った。そしてほとんど意味がないほどに優しく彼の手を縛ってゆっくりと地下牢へと向かった。


 

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