第8話 出世のうた

 採掘が終わったあと、俺は報酬を使ってちょっと良い宿屋に泊まってみた。何とびっくり床が傾いていないのである。そしてドアを開け閉めしても軋むことはない。グリンの街で一番最初に泊まった宿屋も悪くはなかったが、ここはそこよりも快適な気がする。


 ベッドにごろりと身を投げ出す。風呂に入った後で、疲れも相まって瞼が重くなってきた。だんだんと視界が幕がかかったように霞み始めて眠りについた。


 何時間眠ったのだろうか。俺は扉が叩かれる音で目を覚ました。


「んぁぁ?お客さんか? 」


 俺は扉の小さな穴から外をそっと見てみた。30代くらいの快活そうな男性がそこに立っていた。そして彼の周囲には数人の筋骨隆々の人々が取り巻いていた。


 何事であろうか。俺はこんな屈強な男たちに囲まれた男に見覚えがない。しかし相手は俺を訪ねてきている。混乱しながらも俺はドアを開けた。


「は、はい。どちら様でしょうか」


「トルバトルだね? 」


「え?まぁ、そうですけど……」


「竜巻の詩人、トルバトル?」


 俺は眉を釣り上げた。まだそこまで有名になっていないのになぜ俺の詩人としての二つ名を知っているのだろうか。俺のこの男にたいする第一印象は怪しい、というものだ。しかし相手に敵意はなさそうなので俺は会話に応じることにした。


「そうです。竜巻の詩人という名を師匠からいただきました」


「そうか。なかなかカッコいいじゃないか」


「あ、ありがとうございます」


 ダメだ。この金髪の男の狙いがさっぱり読めない。怪しさに耐えかねてドア閉めてしまいそうだ。しかしそんなことをすれば失礼になる。だから俺は会話に応じることしかできないのだ。


「竜巻の詩人よ。君の願いはなんだ?」


「な、何ですか? 唐突に」


「いいから聞かせてくれ」


「……俺は詩人として大成したいです。詩で人を笑顔にしたり、勇気づけられる……そんな詩人になりたいです」


 俺は何を口走っているのだろうか。見ず知らずの男に俺は何を話しているんだろう。


 男は俺の願望を聞くと、首を少し傾けて笑った。そしてそうするや否や宿屋中をひっくり返しそうな突風が吹き荒れた。


「なっ?! 」


 何だ今の突風は⁈ここは室内のはずだ。そもそも屋外でも体験したことがないレベルの突風だった。俺がキョロキョロとあたりを見渡していると男はくすりと笑った。


「君の願望。叶えるチャンスをあげるよ」


 突風でパニックになりかけてた俺に浴びせかけられた言葉。俺はますます頭がこんがらがりそうだった。


「ちゃ、チャンス?」


「グリンの街の領主ネストの名において君を一週間後の宴会に招待しよう。いや、城に迎え入れよう」


 空いた口が塞がらないとはこのことだ。俺の目の前にいる男はこの街の領主であるネスト様だったらしい。驚くと同時に俺は合点がいった。おそらくゲイルさんが上司であるネスト様に俺のことを報告したのだ。


「これはスカウトだ。吟遊詩人トルバトルよ。俺の城に来てくれないか?」


 突如飛び込んできたチャンス。大成に近づくための一歩だ。しかし俺には解せないことがあった。


「し、質問をお許しください。ネスト様」


「ん?いいよ」


「なぜ俺なんかを城に?優れた詩人は他にもいるはずです」


「それは簡単さ。俺は自他共に認める人間コレクターなのさ」


「人間コレクター?」


「そう。面白い、強い、賢い奴は手元に置いておきたいタチでね。そこにゲイルから人を百人近く集めた詩人がいると聞いたんだ。本当に人を集めてくれたことには感謝している。だからこそ君を城に迎え入れたい」


 俺を面白い奴だと認めてくれているのだろう。ネスト様の目線は決して俺を見下すわけでもなく、俺を対等に見てくれている。定住民ではないものに向けられる視線をよく知っているからわかることだ。


 そして俺はチャンスを掴まないような謙虚さを持ち合わせていない。城に迎え入れてもらえるというのなら受けるしかない。何より俺は嬉しかった。俺の詩人としての在り方を知って評価してくれた人がいたことが。


 俺はその場に跪いた。


「ネスト様。俺にチャンスを与えてくださりありがとうございます。そのお話、是非とも受けさせてください!」


 ネスト様はコクリと頷く。


「そう言ってもらえて嬉しいよ。トルバトル、君を今日から俺の部下だ、よろしく頼むよ」


 ネスト様は俺に向かって手を差し伸ばした。この手は握ってもいいのだろうか。礼儀的な意味でそういうのはわからないので俺は恐る恐る手を伸ばす。するとネスト様は俺の手をガッチリと掴んでブンブンと上下に揺さぶった。


 彼の手はさわやかな見かけによらずゴツゴツと硬かった。何かを守っている戦士のようなものであった。この人は領主なのだから領地を守っていると言えば守っているのだろうがもっと直接的に守っているような感じがした。それと同時にこの人の手は不思議な温もりがあった。手だけで判断するのもどうかと思うが俺はこの人についていってもいいかもしれない。


 ネスト様は俺の手を離すとパチンと手を叩いた。


「明日、領主の館に来てくれ。そこで君を歓迎する」


 そう言い残し、ネスト様とおつきの護衛らしき人々は宿屋から去っていった。彼の背中が見えなくなるまで俺は部屋の前に立っていた。そして宿屋から彼が出ていくのを確認すると、俺は深く息を吐いた。


「はぁ……すげぇ……館に仕える詩人になっちゃったよ」


 我ながらこの数分でとんでもない大出世である。師匠が聞いたら腰を抜かすだろう。


 しかし喜んでばかりではいられない。領主様の館に雇ってもらえたからと言って詩人として大成しているわけではない。ここからがスタートなのだ。


 俺は部屋の机に置いてあった荷物に手を突っ込んだ。ペンと羊皮紙を取り出した。そしてそのまま流れるようにペンを走らせた。


 やれるべきことはやっておくべきだ。俺に今できることは詩を一つでも多く、少しでも質の良いものをつくることだ。そして城の人々を楽しませられるようにならなければならない。


 より多くの視点で、より鋭い感性で俺はペンを走らせた。


 気づくと窓の外は暗くなっていた。そして俺の目の前には数ロールにも及ぶ詩が作られていた。旅の経験の少なさにより武勇詩やシルヴェンテスは少ないが、自然や街などのあるテーマに沿ったものなら大量に書くことができた。あとは声に乗せて届ける練習をするだけだ。


「はぁ……」


 ペンを置いて俺は椅子に寄りかかり、前の足を浮かせた。暗くなった窓の外を見つめると、ふと師匠のことを思い出した。


 師匠は今頃どうしているのだろうか。


 次に会う時には俺はより立派になれているだろうか。詩人として城に仕える、これは誇らしいがまだ師匠には及ばない気がしてならないのだ。


 もっと、もっとだ。俺にはまだ実力も経験も足りない。


 俺はまだ成長する、そう心に決めた。


 






 

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