第17話

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 さて――。

 そうやって話題に上っているクリム家の面々はと言えば、ガレオンが王国軍と相対している頃にはすでに、ヴェルナー砦の城門を今にもくぐろうかというところまでどうにかたどり着けていた。

 だからハリエッタにも、王国軍がすぐそこまで来ていようとは想像だにしないことだった。

 彼女としては、このままファンドゥーサの駐留部隊のところまで駆け込んで姉の救援の件とガレオンに詐欺師の嫌疑をかけられている件の解決を訴え出る、というのも一つ選択肢として想定しないでもなかったのだが、さすがにここからファンドゥーサを目指すとなると、不眠不休で駆け通すわけにもいかない。ガレオンの騎士団の騎馬に比べればやはり向こうの方が足も早いし、どこかで追いつかれてしまうのは避けられなかった。

 駐留部隊がすぐそこまで来ているとわかっていればまた違う選択もあったのだろうが……結局彼女らが選んだのは、元の目論見の通り、直接リリーベル奪還のために彼女ら自身で砦へ乗り込んでいくという道だった。

「ついてこい」

 人狼が先頭に立つ。足取りはゆっくりであったが慎重だったり何か警戒しているわけではなく、ただ呑気に歩いている風なのがハリエッタには気にかかった。続くハリエッタも父グスタフも先にこの場所で死せる兵士たちに追われて散々な目にあっただけに、恐る恐るといった足取りになってしまうのは致し方なかった。むしろ後ろに続くエヴァンジェリンの方が、幾分緊張した風ではあったが面持ちは悠然としていた。最初にここを訪れた時のように馬たちは城門をくぐるのを嫌がったが、それよりも駆け通しで疲労の方がまさっていたかもしれない。人間が無理に促せばそれ以上の抵抗は示さなかった。

 目抜き通りは最初の訪問時と同じようにがらんとして人気は無かった。いつなんどき死せる兵士たちが姿を見せるのか、と警戒するハリエッタだったが、数歩も進まないうちから早々に、何もない砂塵からみるみるうちに兵士たちが姿を表し、あっという間に無数の軍勢でハリエッタたちを取り囲んでしまったのだった。

 怯えて声をあげる父を横目に、ハリエッタは馬上で剣を抜き放ち死せる兵士たちの群れを見据えた。兵士達はそんなハリエッタをただ遠巻きに取り囲むばかりで、すぐには手出しをしてくる様子はなかった。

 無論、彼らはハリエッタを警戒しているというよりは、おそらく人狼を警戒しているのに違いなかった。

 そんな人狼はと言えば、死せる兵士たちが大人しく見ているだけなのを確かめると、すたすたと前進し始めるのだった。

 大丈夫か、とはらはらしながら見ていたハリエッタだったが、死せる兵士たちはそんな人狼を取り押さえたりとか、行く手を断ち塞ごうとするでもなく、狼が進むのにあわせて包囲の輪を後退させていくのだった。むしろそこに続くハリエッタたちの方が背後を絶たれる形となり、遅れを取らないように人狼に付き従っていくより他になかった。

 そのまま無言のにらみ合いを続けながら一行は目抜き通りを進んで行く。やがて見知った城砦が見えてきて、中庭のバルコニーにやはり見知った影があった。

「やれやれ。厄介ごとが形をなす時はこういう光景になるものか」

 階上から投げかけられた第一声がそれであった。まるで他人事のような伯爵の言葉に、ハリエッタはクレムルフトまで行って帰って来たここまでの成り行きを思い返し、苛立ちを覚えずにはおれないのであった。

「伯爵! 姉さんを返しなさい!」

「誰かと思えばやはり先だってのクリム家のご令嬢か。返すも何も」

 やれやれ、と語尾を濁し肩をすくめる態度は向っ腹を立てるには充分だったが、ハリエッタはどうにかして何か言い返したいのをこらえた。

 それよりも……そもそも以前に訪れたとき、ヴェルナー伯に対しクリム家の誰かが氏素性について説明しただろうか。何故伯爵はクリム家の名を知っていたのか……。

 そしてよく見れば、バルコニーには伯爵の他にもう一人、その背後に付き従うようにして立つ人影があったのだった。その人物が手すりのところまで進み出て来たので、ハリエッタもその存在に気づいたのだった。

 そして、それが誰であるのかを知って、ハリエッタは思わず声を上げた。

「……姉さん!?」

 そう、それは他でもない、クリム家の長女であるリリーベルだった。

 しかもその周囲に死せる兵士の姿はなく、虜囚として無理矢理連れ出されているようには見えなかった。

「どういうこと……?」

「取り敢えず上がって来るといい。こちらも色々と事情を聞かせてもらわないとな」

 伯爵はそう言ってバルコニーから離れていく。一体どういうことかと戸惑うハリエッタをよそに、死せる兵士たちはいつの間にか彼らの包囲を辞めて中庭に整然と隊列を成していた。

 人狼はといえば、まるで勝手知ったるような足取りですたすたと屋内へと足を踏み入れて行く。ハリエッタは父や妹と顔を見合わせると、意を決して馬をおり、近場の木立に手綱をもやいで人狼の後に続いた。

 先だっては死せる兵士たちに引き回されて登った石段を、今回は人狼の案内で登って行く。やがて見知った謁見の間にたどり着いた一行だった。

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