第16話

 やがて、進軍する彼らの行く手に馬影が見えてきた。やはりクリム家一行は先行したまま逃げ切っていたのか、だがそれもそこまでだ……と思ったが、どうやら様子が違っていた。

 明らかに、数が多い。

 クリム家の馬車は二頭立てだった。途中の山中でミューゼルを回収したことはガレオンは知らなかったが、それを含めたとしても馬影が幾重にも増えるいわれはない。ガレオン達騎士の前に現れたのは、向こうもきちんとした軍服に身を包んだ一団……そう、街道を反対側からやってきたのは王国軍の一部隊だったのだ。

 相手が王国軍の正規兵となれば私設騎士団であるところのガレオン達の方がどちらかというと曲者であり、氏素性をつまびらかにする必要がある。いずれにせよ、両者は街道のあちらとこちらから行き会い、そのまま両者進軍を止めて相対したのだった。

「われらはファンドゥーサに駐留する王国軍の騎馬隊である! そなたたちの氏素性を語られたし!」

「我々はこのリヒト山の向こう、クレムルフトからやってきた。クリム侯爵家所領を守護する騎士団である!」

「クリム侯爵家だって……?」

 先ほどの勇ましい口上の声とは別の、いかにも線の細い頼りなさげな声がおうむ返しに問い返してきた。

 王国軍の騎馬の一団から、一人ひょろりと背の高い年若い青年が騎馬のまま進み出てきた。伝令の者か何かかと一瞬ガレオンは思ったが、そうではないことをその青年が正騎士の軍服に身を包んでいるのを見て知った。

 青年は一人前に進み出てくると、ええと、と一つ咳払いをしてから、たどたどしく問いかけてきた。

「……今、クリム侯爵家と言いましたね? この先にあるクレムルフトの荘園というのは、クリム侯爵家の所領なの?」

「いかにもその通り。私は自警騎士団の団長の任を預かるガレオン・ラガンと申す者。クリム侯爵より領主代行の任を受け荘園を治めるコルドバ・ラガンはわが父になります」

「なるほどなるほど……。僕はタイタス・パルミナス。一応は王国軍の正騎士というのが肩書になっています」

「タイタス卿……?」

 タイタス家と言えば、ガレオンでもその名を聞いたことのある武人の名門だった。目の前にいる青年の姿からはとてもそんな印象は受けなかったが、こう見えても高名な名家の子息ということになるのだった。

「その若きタイタス卿が、なぜ駐留軍を率いてこのような場所に?」

「いや、話せば少し長くはなるのですが……僕は今現在の王国軍で、巡察官の任についておりまして」

「巡察官」

「ええ。各地の駐留軍を順に視察し、働きぶりに問題がないかを確認するのが僕の仕事です。……まあ実務はすべて有能な副官がやってくれてますんで、あなたのご想像の通り名誉職というか、名ばかりの肩書なのは否定しませんけどね」

「いや、別にそのように思ったわけでは。……それで、その巡察官どのが、何ゆえにこのような場所に?」

「その前に、噂に聞くヴェルナー砦というのは、あの廃墟のことで間違いない?」

「いかにも、その通りですが」

「実は、ファンドゥーサで面白い噂話を聞きつけましてね。この砦の近くでは、たびたび怪異が目撃されていて、旅の商人だのが襲われて被害にあっているって。調べてみると、実際にそちらのクレムルフト領の方から、里まで行き来する行商人など旅人に被害が及ぶため怪異を討伐してほしい、という要請が過去に何度か寄せられていて、その都度書面の段階で却下しているというような次第だそうで。実際に被害が出ているのに何で却下したんだろう、って話をしていたら、気になるのであれば現地を視察に行けばよい、と副官から助言を受けましてね……」

「それで、実際にこちらにやってきた、と」

「そもそもクレムルフト領には王国軍の駐留がなく、あなたたち騎士団がいるとはいえそれでも何事かあれば、ファンドゥーサから駐留部隊が駆け付けることになるわけですけど、ファンドゥーサの部隊の規模を考えれば、クレムルフトまでが管轄というのは少し遠すぎるんじゃないかという話もあったんですよね。それで、ヴェルナー砦まで視察にいくのであれば、出動要請を受けて部隊を展開することになった場合を想定して、その部隊の移動にかかわる訓練をしておきたい、と部隊長からも申し出がありまして、こうしてわざわざ一個中隊が同行してくれることとなったという次第です」

「なるほど」

「それより、あなたがたこそどうしてこんな場所に? クレムルフトで何か事件でも?」

「それは……」

 ガレオンは渋々ながら、クリム家の名を騙る曲者を追ってきたのだというこれまでの経緯を説明した。そう断言して部下たちに追跡を命じた手前、今ここでそのことをはぐらかしては示しがつかない。

 だが、タイタス・パルミナスはガレオンの想定以上にその発言に食いついてきた。

「クリム家ということは、グスタフ・クリム侯爵ですよね? その方なら王都で一度ならずお会いしたことがある。何なら、その詐欺師とやらの真贋、僕が確かめて差し上げますよ」

 そのように人当たりのいかにも良さそうな笑顔を浮かべてのタイタス・パルミナスの申し出に、ガレオンは何故か眉間にしわを寄せて、渋面を見せるのだった。

 だがクリム家の面々を偽物と断定してここまで追跡して来たからには、これを拒む理由も建前も本来は無いはずであった。自分たちの上官は何を考えているのか……と部下たちがそわそわし始める中、パルミナスだけが何も疑うことを知らないのか、ただにこにこと笑みを浮かべるばかりだった。

 ガレオンはやむなく、これに応じるより他なかった。



(第5節につづく)

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