エピローグ ~幕あけ~

 フェイラエールは、荷物をまとめ、早朝に一行から去るケレ=テルバを、遠くから見送った。

 憎々し気に振り返るその視線を受け止める。


 彼は、タキス達に、フェイラエールとシリルの間違った位置を教えたのだ。

 それにより、タキス達は、追われるフェイラエール達となかなか合流できなかった。


 許せなかった。

 殺してやりたいほど憎かった。


 けれど、自分を抑えてこの場から、自ら去るように仕向けるだけにとどめた。

 騎馬の民との関係を悪化させることを避けるためだ。




 ケレの姿が見えなくなった頃、フェイラエールは、背後に現れた人影に向き合うことなく話しかける。


「怒らないのね」

「お前が言わなければ、俺が言っていた。いや、俺のすべきことだった。だから礼を言う。彼の矜持を守ってくれたことに感謝を」


 風が、彼女の佇む尾根を吹き抜け、被ったフードが首後ろに落ちると、短くなった藍の髪が風をはらみ、隣に並ぶタキスの目にまぶしく映った。


「タキス。あなた、前に言ったこと、覚えている? ──私を軍師にして欲しいの。聖王女フェイラエールは、賊に攫われて行方不明になるわ。そして、あなたは、旅の少年軍師をやとう」

「悪くないな」


 即座に答えを出されてフェイラエールは驚いてタキスの顔を見上げる。


「私は……隠れ蓑にあなたを利用しようとしているのよ? 私を皇国のあらゆる人間が追うわ。もっとよく考えてちょうだい」

「考えたさ」

「危険だと思わないの? 私のせいでまた昨日のようなことが起こるかもしれないわ」


 そんなフェイラエールに、タキスは、余裕のある人を食ったような笑みを返す。


「お前という人間が少し分かってきた。偽悪的だ。ケレのこともそうだが、全てを被るな。たった今、お前を連れて行く判断をしたのは、この俺だ」


 タキスの手がフェイラエールの頭に伸びてきてその頭と背中を包むようになでる。


「守ってやる。だから安心してついて来い──もう、泣かなくていい」


 いろいろと説得の材料を準備していたのだ。

 あなたの復讐の手伝いをするとか、騎馬の民の領土を取り戻してやるとか。

 でも、そんなもの必要なく、覇王の予言すら知らないこの男は全てを受け入れてくれた。


 背中をなでる手が熱い。

 悲しみに枯れたと思った涙は、喜びの為ならば再び流れるのだと知った。


 私が覇王を選ぶというならば、きっとこの男しかいない。

 けれど、今しばらくは、この安心と温かさに酔いしれていたい。

 フェイラエールは、騎馬の民の英雄の胸に、頭を預けた。




「中原の聖王女にして予言を賜りし者、フェイラエールが誓うわ。

タキス、お前を覇王にしてやるわ。その道を共に歩む覚悟はある?」


 その問いを彼に向けるのは、今しばらく先の事だった。



◇◇◇◇◇◇◇



 半年後、ある噂が市井から広がり、皇国中を席巻した。


『聖王女フェイラエールを手に入れたものは、中原の覇王となる』


 しかし、聖王女の行方は、ようとして知れなかった。


             (第一部完)





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予言の聖王女は覇王を導く 瀬里 @seri_665

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