目覚めの証 2

「昼に王都から使者が来おった」


 イアンナの父、アモルを応接室に通し、向かい合って座ると早々にモリスは切り出した。


「勇者を……イアンナを王都に招きたいそうだ。知らぬ存ぜぬで追い返したがな」

「イアンナは……本当に勇者イシュタルの生まれ変わりなのでしょうか……普通の子どもなんです! 普通の……俺たちの、子どもです」


 アモルの悲痛な声にモリスは、眉間を揉みながら溜め息を吐く。


「紋様が出てしまってはな……」


 両親がイアンナの異変に気付いたのは、朝の着替えをさせている時だった。

左腕に現れた紋様を確認して真っ青になったアモルは、すぐさま領主であるモリスに相談をした。


 その場では、紋様以外に異変は見受けられないので、しばらくは様子を見ようということになっていたが、状況は一変してしまった。


「よもや、ここまで動きが早いとは……」


 オルトス国王が、占術師を雇い入れている話は聞いていた。


 人間の占術では正確な場所の特定は難しく、辿り着くのに数ヶ月はかかると考えていたのだが、予想外に能力が高い者を招き入れていたようだ。


 逃がしてやったとしても直ぐに見つかってしまうだろう。勿論、逃がしたモリスも処罰を受ける事になる。


「あの子は……産まれた頃から魔族と育ってきました。あの子だけじゃない、俺やカーラも……村の皆も。家族みたいなものです……魔族と戦えなんて言われたら、イアンナがどれだけ傷付くか……」


 魔族との親交があるプリムスに言い伝えられている伝承は、王都のものとは異なり、真実に近いものが伝わっている。


 ――魔族や妖精といった種族は、人間の隣人であり、友である。『イシュタル』とは、光をもたらす暁の星を対に持ち、共に我らを導く、安寧をもたらす宵の星――


 王都や村以外の場所で、その言い伝えを口にすれば、田舎者と蔑まされるか、魔族の仲間と化け物扱いをされてしまうので、大人になるにつれてプリムスの住人は,他所では口にしなくなるが、子どもにとっては、よく聞かされる馴染みのお伽噺だ。


 プリムスの中でも、特に魔族や妖精たちと親交が深かいイアンナに、ねだられて何度も言い伝えを話して聞かせた。故に、イアンナは、魔族や妖精が人間の友であると信じて疑わない。


 アモルは、今はまだそれでいいと思っていた。


魔族と人間との現実は、成長する過程で学び、彼女なりの立ち位置を、自ら決めて欲しいと願っていた。


 両手で顔を覆ったアモルを、モリスが痛ましげに見つめる。


 産まれたころから、隣人たちによく懐き、隣人たちからも愛されたイアンナ。

 それは、イシュタルの魂を持つからだったのだろうか。


「すまない……何の手立てもしてやれんのが口青しい」

「領主様には感謝しています! 使者を追い払ってくれたのだって、どんなお咎めがあるか……」

「その程度しかしてやれんのだ。気にするな」


わかりきった気休め程度の言葉しか見つからないのが歯痒い。


(オルトス陛下は、変わってしまわれたのか)


 かつての国王は、慈悲深く、国の豊かさと平穏を一番に考えていた。


辺境の領土であろうと、自ら視察に出向き、民の声を直に聞く。時に冗談を言っては民を笑わせる、親しみやすい国王だった。


 長く続いた戦争で、国を守る為の力を求めるようになったオルトスは、次第に武力を重視するようになり、長年仕えてきた保守派の臣下たちの言葉を嫌って遠ざけ、血気盛んな戦争推進派の臣下たちを傍に置いた。


 モリスも遠ざけられた保守派の一人だった。


 当初は、嘆きこそすれ、いつかわかってくださると、王都を離れ生まれ故郷に戻った今でも信じ過ごしてきた。


 一方で、遠ざけられたことを恨みに思う者もいる。保守派と推進派との間での衝突も増えていた。


 燻りが広がれば、国が傾く内乱となりかねない。


それだけは、避けなければならなかった。


「儂から陛下には進言しよう。明日には王都からイアンナの迎えが来るだろう。追って儂も王都へ発つ」

「いけません! それでは領主様が!」

「案ずるな。田舎貴族の小言ごときでお怒りになるようなお方ではない。話ぐらいは聞いてくださるはずだ」

「領主様!」

「情けない声を出すな。何も戦地へ向かうわけでもない。儂はイアンナの花嫁姿を拝むまでは死なんぞ。ほれ、そろそろ帰らんと二人が心配をする」


 モリスはアモルの肩を叩いて促す。


「せっかくの晴れの日だ、父親のお前もしっかり祝ってやれ」


 不安定そうなアモルが何度も振り返るのを、笑い飛ばして見送った。


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