自動販売機

赤堀ユウスケ

自動販売機

「ウソつき自販機、俺はお前を許していない」

「また君か。懲りないね」

 男は穴だらけで色褪せたジャージのポケットに手を突っ込み、金属ボックスになけなしの金銭を投入した。男はフケだらけの髪を掻き毟って粉を飛ばした。

「本当に最悪な気分だよ、本当に…………お前がこんなところにいるせいで、俺は、また、この地獄の恩恵をたっぷり受けた灼熱陽炎と仲良くしなくちゃあ、いけないんだ。あつい、あつい、貴様も夏にころされろ。それで、早く飲み物を出せ。この、ポンコツ自販機」

「うるさいね。君のその、皮膚の剥がれるまで髪を掻く癖、そろそろやめないか。白い粉を撒き散らすのは、蛾のようで気に入らないね。アト、残念ながら今日も全部品切れさ。…………君も当然わかっていて金を入れているだろう」

 男は舌打ちをして、自動販売機を睨みつけた。お決まりだ。この空間において、自動販売機とこの男以外の存在は明白でない。白昼の中、当たり前のように通行人もいなければ、車だって通りはしない。どうしてだか、そこに金属の筐体だけが存在する。どうしてだか、そこに彼だけが存在する。

 ジリジリ。ジリジリ。特有の、臓腑のほうから熱気が逆流してくるような蒸し暑さは未だその機械を溶かしはしない。

 男の脳髄は日に日に溶解されてゆく。

 男は暑さで息が切れる。

「今日はお前に報告があるんだよ。聴いてくれるか。やっぱり俺は今日死ぬことにしたよ。夏が終わる前に、死ぬことにしたよ」

 自動販売機はなにも言わない。

「昨日、決めたよ」

 自動販売機はなにも言わない。

「お前の手伝いなしで死んでやるよ。しかし俺はどうやったら死ねるんだろう」

 自動販売機はなにも言わない。

「本来ならお前が俺を殺してくれるんだろう」

 自動販売機はなにも言わない。

「ずっと俺を殺さない理由はなんなんだ。お前が俺を殺してくれると、確かに約束した。だが、それはいつだ? 俺は何としても屍蝋にならなくてはいけなくて……、なんとしても…………死体にならなくてはいけなくて…………。そうだ、何度も説明しただろう。どうして俺を殺してはくれない。だから、ウソつきなんだよ。…………お前を待つのはもうウンザリだ。だから、俺は自分で死ぬよ。昨日決めたんだから絶対だ」

 自動販売機はなにも言わない。

「何か言ったらどうだ。何か言ったらどうだ!」

 男は怒鳴った。拳で自動販売機の陳列を叩き割った。ガラス片から大量の蛾が突如として孵化し、灼熱に悶え苦しむが如く悲惨に飛び回った。蛾の身体は張り裂け、また、その裂けた内部からはまた別の蛾が、しかも大量に発生した。

 蛾は、男の口へ、眼へ、鼻へ、耳へ、入り込み、救いを求めた。千切れそうなほど激しく羽ばたかせる羽の音が男の耳を支配する。やがてそれらは、熱に耐えきれずに男の足元を墓場とする他無かった。男はかつて命だったものを、意図せず、ボロボロのスニーカーで踏みつける。靴の裏に位牌など贅沢なものは当然無い。

 自動販売機は言った。

「死を望む人間でさえも私に飲み物を求めて銭を入れるんだね。」

 続けて言った。

「ひとつ重要なことを教えるが、お前はすでに死んでいるんだから、殺すことなんてできない。何度言ったらわかるんだい。私は一度君を殺しているんだよ」

 男の姿は蛾に埋もれて見えなくなった。

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自動販売機 赤堀ユウスケ @ShijiKsD

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