第3話

 その顔を見た瞬間、あの日感じた、腸が煮えくり返る思いが、身体中を駆け巡った。


「お前が殺人事件の犯人なんだろ」


 問いかけるというより、責める風に言う。


「そうだ、お前を誘き出すためにわざわざ殺したくもない人間を殺したんだよ」


「殺人狂がなに言ってやがる」


「確かに俺は殺人が大好きだが、見ず知らずの人間を殺すのは好みじゃないんだよ。前にも言っただろ、俺に強い感情を抱いている人間を殺すのが好きだって」


「全部、俺を殺すためということなんだろ」


「最初に道場でお前の太刀筋を見たときから決めてたよ。俺は戦うことも好きだからなぁ。こいつの親友を殺して俺に憎しみの感情を持たせ、強くなってから殺してやろうってな」


 海冥かいめいとは、俺と填道てんとが通っていた剣術の道場で出会った。


 今思えば、こいつは同年代の子供が他にもいたのに、最初から俺たち二人に話しかけてきたな。


「見ただけで分かる。今のお前は、俺が全力で立ち向かっても殺せないかもしれないということが」


「そう思うのならさっさと片手に持っている物を置いて刀を抜いたらどうだ」


 海冥かいめいは右手に包んだ布を持っていた。


 中身がなにかは分からないが、俺と戦うための武器というわけではなさそうだ。


「ひどいなぁ、せっかくお前のために持ってきたのに」


「俺のためだと?」


「まあ、それは後からのお楽しみだ。俺も早く戦いたくて体がうずいてるんでねぇ」


 そう言って布を横に放り投げ、刀を抜く。


 俺は左腰に差してある刀の柄を握り、左足を大きく後ろに下げる。


「自分からは攻めないのか……面白い。お前がどれだけ強くなったのか、見せてもらうぜっ!」


 瞬間、海冥かいめいが走り出し、一気に俺との間合いを詰める。


 速い! だが、反応できないほどじゃない!


 大きく振り下ろされた刀を受け流し、無防備な背中に刀を振り下ろす。


 しかし、海冥かいめいはそれを紙一重で躱し、こちらに向き直る。


 しばらく睨み合いが続き、今度は俺が先に動く。


 素早い斬撃を間髪いれずに何度も入れる。


 その度に金属音が鳴り響き、海冥かいめいが飛ぶように後退する。


 いける! このまま攻め続ければいつか体勢が崩れるはずだ。


 「へへっ、いいねぇこの力強い太刀筋! これだよ! 俺が最初に見た、お前の剣! もっとだ、もっと俺を楽しませろっ!」


 こいつ……勢いを、止めやがった!


 ほとんど踵で体を支えながら俺の斬撃を受けていたくせに……。


 刀が擦れ合う。


 まずい、押し返される!


 身を引けっ! 隙を見て距離を取るんだ!


 「どうしたっ! まさかこの程度の実力なわけないよなぁっ!」


 くそっ! 受けるのに精一杯で足に気を配る余裕がない。


 こうなったら、


 刀で受け流さずに受け止め、両手で海冥かいめいの刀を押し返す。


 「腹ががら空きだぜっ!」


 刀を押し返すと同時に、地面に両手をつき、下半身を軽く浮かせる。


 海冥かいめいの刀が振り下ろされる刹那、手首の力を使い、宙返りをして両足で刀を弾く。 


「おっとー、すげえことするな」


 目を見開き、感心したように言う。


瑠人るとが言ってた通りだ」


 海冥かいめいの口から唐突に発せられた名前に聞き覚えがあり、雷に打たれたように震えた。


 瑠人るとは、剣術道場の先輩だ。俺が海冥かいめいへの復讐を心に決めた後、「お前を鍛えさせてくれ」と頼み込んできた。


 瑠人るとは道場で一番の実力者であったので、なぜ俺を鍛えたいと思ったのかなどの理由を考えずに、こちらからもお願いした。


 それから道場での稽古とは別に、二人で特訓する日々が続いた。瑠人るとは俺の悪い癖を的確に見抜き、改善できるように分かりやすく指導してくれた。


 最初は手も足もでなかったが、だんだんと瑠人るとの実力に近づいていくのを感じ、いつの間にか俺が勝つことが当然のようになっていった。


 だが、今から一年前。瑠人るとは『急な用事ができた。二、三日で戻る』とだけ書かれた手紙を残し、どこかに行ってしまった。それ以降、瑠人るとが俺の前に姿を現すことはなかった。


 そんな瑠人るとの名前が、なぜ、今……?


「別に不思議なことじゃないだろう? 俺もお前らと同じ道場で剣術を学んでたんだ。瑠人るとは俺にとっても先輩だからな」


「……『瑠人るとが言ってた』って、どういう意味だ?」


「どうもこうもねえよ、俺が瑠人るとを雇ったんだよ」


「……まさか、お前が………」


 海冥かいめいが悪魔のような顔をして嘲笑う。


「はははははっ! そうだっ! お前が察している通りだよっ! 俺がっ! 瑠人るとに命令したんだよ! 『あざみに修行をつけろ』ってな。いやぁ、良く働いてくれたよあいつは。ちょっと脅しただけで了承してくれてなぁ、扱いやすかったよ」


「……てめえっっ!」


「おいおい、なんで怒るんだよ? お前は俺のおかげで強くなれたんだぜ。感謝されてもいいくらいだ」


「黙れっ! 俺は他人を道具みたいに使うことが気に入らないんだ!」


「俺より弱い奴を道具として扱って何が悪い? それより、瑠人るとが今どうしてるか気にならないか?」


「………なんだと」


瑠人るとは今、どこで何をしていると思う?」


「……お前、まさか」


 俺は、先ほど海冥かいめいが放り投げた、を包んである布を見る。


「自分で確認してみるか?」


 嫌な胸騒ぎを感じながらも、気づいたら走り出していた。


 立ち止まり、屈んで布の結び目に手をかける。


 ほどけた布の中身から出てきたものを見た瞬間、怒りや憎悪、恐怖など、様々な感情が俺の心に流れ込んだ。


 それは、白目をむき出しにして、大きく開いた口から生々しい舌を出したまま息が途絶えている、瑠人るとの生首だった。


後書き

展開が速くて茶番っぽくなりましたが、それは自分の文章力のなさによるものなので、もっと頑張ります!

次回が最終話です。ここまで読んでくださっている方は、是非、最後まで読んでみて下さい!

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