アイスクリーム檸檬味

透明 桃

アイスクリーム檸檬味

『誰も私のことを分かってくれない。』

今日、職場に行くと先輩の目がぱっちりとした二重になっていた。噂によると整形手術をしたらしい。

先輩は元から美人なタイプで一重で切れ長の目は綺麗だった。二重になった今は目元がよりくっきりして綺麗さが増したように思えた。でも、周りは良くない風にコソコソ言っていたから、化粧室で会った時、何も言わず隣に並んでいた。そうしたら、鏡越しに目が合った。ちょっと微笑まれた後に、先輩は化粧ポーチを閉めながら、

「佐藤ちゃんさ、そういうトコだよ。」

と言って化粧室を後にしていった。

 声が出なかった。もう先輩は目の前にいないけど、何を言ったらいいか分からないし、言われた意味も分からなかった。


 真夜中のコンビニ。ここだけが異常に明るくて、夜道の薄明かりに慣れていた目が痛い。自動ドアが開くと、夏の茹だる暑さから解放され、一気に冷たい風が体を包む。いつもあてもなくコンビニに入ってしまうが、今日はどうしても欲しいものがあった。あるかどうか確信はなかったが、自動ドアを抜けてすぐ奥のアイスコーナーへ直行する。

 ―あった。広いアイスケースの端に目当てのカップは置いてあった。

『アイスクリーム檸檬味』

 全然目立とうとしていない「期間限定」の文字を添えて。失礼だけど、私がパッケージを作ったほうがいいんじゃないかと思う程凝ってないパッケージ。ツッコミ所も多く、アイスクリームの商品名が「アイスクリーム」で、「レモン」なんてカタカナ主流みたいなところがあるのにふりがな無しで「檸檬」と書かれて、パッケージ全体の色は青。もう、レモン要素ないじゃんとつっこんでしまいそうになる。

 それでも毎年この季節にコンビニに変わらず置かれているから、私以外にもきっとファンはいるのだろう。


 一人暮らしのアパートへ帰り、玄関の鍵を閉めた。このアイスだけはどうしても完璧な状態でこのアイスを食べたかった。壊したらもったいないと思って奥にしまっていた綺麗なグラス。開け放った窓の近くへ夏用布団とクッション集め、窓の木枠へグラスとアイスを置いた。窓からは、部屋の下の街灯の明かりが入ってきたので部屋の電気を消した。アイスを食べるには十分な明るさだった。


 そのままうとうとしてどれくらい経ったのだろうか。目を開けると、ここは7年前に通っていた見慣れた母校の教室だった。

「レナちゃんどしたん帰らんの?やっとテスト終わったし、はよ帰ろうや。」

 名前を呼ばれたこと、もうずっと聞いていない訛った言葉にハッとして振り返ると、高校時代の友達ゆっちゃんが高校時代のままいた。

「あ、ちょっと待って。机ん中に忘れものした!」

慌てて戻るゆっちゃんを呆然としたまま、目で追うと、ゆっちゃんの奥に彼がいた。

状況が飲み込めてない鈍い頭の奥でちりちりと彼との記憶が思い出されていく。

『私の人生を変えてくれた人。』

 今声をかけなければ、もう二度と会えない気がした。実際もう二度と会えないのだ。今この世界では存在しているけど、私の未来にはもう彼は存在していないから。ゆっちゃんの横を通り過ぎて、帰り支度をしている彼に近づく。

「は、早瀬くん」

声がうわずる。場違いに大きくでた声に、彼は少しびっくりしたような顔でこっちを振り向いた。私は何を話すかさっぱり考えてなくて、じいっと彼を見つめる。するといつの間にか横にいたゆっちゃんが、「私、彼氏と帰るね。」と意味ありげに微笑んで出ていった。ちょっと待ってよと私がいいかけたところで、早瀬くんが「じゃ、一緒に帰るか」と気を利かせてくれた。実際の高校時代も、私と恋愛は無縁で早瀬くんともそういう空気になることはなかった。そのため、今みたいに何度か帰ったりしたこともある気がする。

「俺さ、今日食おうと思ってたアイスあるんだけど、コンビニ行かね?」と誘ってくれた。コンビニに着くと、昨日の夜私が食べたはずのアイスを指さして「あれ、何味なんか分からんのんよ。今日こそ食ってみようと思って」と笑う。私は「レモン味って書いてあるよ」と答える。「青いパッケージだし、レモン要素ないよね」と続けた。レモンて読むんだなと彼は笑ったあと一瞬目を大きく見開いた気がした。彼はアイス2つをレジに持っていった。

 あぁこのアイスは早瀬くんと初めて食べたんだと高校時代を思い出した。それと同時に、このデジャブのような出来事は実際の私の高校時代に戻ったんだと考えた。

 彼はなぜかクラスで1人の私を何かと気にかけてくれた。ゆっちゃんと仲良くなれたのも早瀬くんがつないでくれたおかげだった。早瀬くんともよく話していて、いつも誰かと群がるわけではないけど人と関わることが上手な早瀬くんを尊敬していた。早瀬くんはなぜか私の気持ちを読むのが上手で、悩んでいるといつも話かけてくれて相談にのってくれていた。自己嫌悪しかなくて消えてしまいたかった高校生活も見違えるほど明るくなった。早瀬くんのおかげだと気づいたのは、大人になって彼の存在が消えてからだ。

 突然、過去へ戻れるなんて思ってもみなかったし大抵こういう話は物語でしか見たことがない。たとえ夢だとしても、早瀬くんと会えるこの時間は無駄にできない。


 次は私が早瀬くんを助ける番だ。


 アイスを買って戻ってきた早瀬くんと近くのベンチで食べた。彼は相変わらず、ゆっちゃんと仲良いかとか、学校たのしいかとか私のことを気にかけてくれた。でも、私の頭の中にあるのはなんで早瀬くんが私の未来から存在を消してしまうのかだった。

「早瀬くんはさ、なんでいなくなったの?」

 一刻も早く聞かなければ、一刻も早く未来に連れてこなければ。逸る思いを抑えながら尋ねた。

 早瀬くんが答えるまでの空白。口に入ったアイスが喉を流れるのを見た。早瀬くんがいなくなる色んな仮説を立てながら。


「佐藤は、どっから来たの?」


 突拍子もないことを聞いたから、なにいってんの?って笑って答えられると思ってた。

「おかしいとおもったんだよな、アイス買った時もあん時と同じこと言わんかったから。あん時は、レモンって読むんだなって俺が言ったら、私のレナっていう名前のレは檸檬の漢字が使われてるんだよって言うはずなんだよ。」「そんで、いまは早瀬くんのおかげで学校楽しんでるよってお前は言うの。」


 私は予想外の事ばかり言われて、今度こそ事情が飲み込めなかった。どっから来たのってなんでわかるの?私が言うはずの言葉って何?

「私は気づいたら高校生に戻ってた。私の未来には早瀬くんがいないの。早瀬くんがなんで消えたのか知りたい。」「私は過去も大人の今も早瀬くんと思い出に沢山支えられた。今度は私が早瀬くんを助けたいの。」


 そう言うと彼は笑っていた。

「今の佐藤ならやっていけるよ。ちゃんと言いたいこと言えててびっくりしたわ。お前さ、目では言いたげにしてんのに全然言葉で言わねえからずっと心配してたんだよ。」と言うと、私に折り畳んだルーズリーフを渡した。

「俺さ、ずっとここにいんだよ。流石に飽きてくるだろ?だから、いつか奇跡的に会えたらなーとか考えて書いてたんだよ。ありがとうな、出会ってくれて」


「待って、どういうこと」と早瀬くんに言ったつもりだったのに、真夜中の夏用布団の上にいた。月は高くのぼっていて、窓の木枠はアイスカップの結露で濡れていた。


『佐藤 檸奈へ

 佐藤は自ら命を絶ちました。俺が高校生の時に孤立して人付き合いが苦手で言いたいことを言えない佐藤がいじらしくずっと見ていました。生き方が下手だなって。もっと俺みたいに話合わせときゃ孤立なんて無縁なのになって。佐藤に1回だけ、話合わせたら孤立せんですむのに。って、言ったことがあったんだよ。そしたら、それって私が私でいる意味ありますか?って言われてさ。その時に無性に泣きたくなったのを、覚えています。死んだって噂で聞いた時に、その時のことを思い出して俺みたいに代わりがきくやつじゃなくて、なんで佐藤が死んだんだろうって。だから、俺が俺であって、佐藤が生きていくためにもう一度今の世界から消えて高校時代に戻りました。今の佐藤の記憶は俺が2度目の高校生活をしている中です。俺の2度目の高校生活は俺が俺であって、佐藤が佐藤でいます。佐藤が、将来幸せになれる手伝いができたなら本望です。



 翌朝、会社に着いてすぐ先輩に会いに行った。

「私、先輩が噂をされていることを気にしてると思ったんです。私は先輩の目、一重で季節ごとのアイメイクも素敵でしたし、今の二重も素敵です。ハッキリ物を言う先輩に憧れていたんです。」

 先輩は驚いた顔をした後に笑った。



―最後に、佐藤は思ったことをちゃんと言葉にして伝えてあげて。だって他の人みたいに佐藤に代わりはいないから。

早瀬 湊』

























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