第7節(その2)

 一方で、彼ら探索隊が、竜の爪やうろこといった、竜がいたという証左を持ち帰ったのもまた事実だった。廃城に残された竜の亡骸を調べるための新たな調査団が王命により魔導士の塔の魔導士らによってすぐさま現地に送られたのだったが、彼らがたどり着いたころには亡骸はかき消えてしまっていたという。ただそこに血だまりがあったどす黒い跡だけが残されていたという話であったし、先に持ち帰った爪やうろこをことさら作り物だと疑っても仕方がない。ただただ竜が存在した、それを退治したという勝利の知らせのみに、人々は沸き立った。

 まったく意外な事ではあったが、それを一番よしとしなかったのが近衛騎士ルーファスであった。

 思えば事の最初から竜退治に固執し、おのが名を上げようという名誉欲のかたまりのように見えたその人柄も、いざもたらされた栄冠がたまさかの幸運の上に成り立ってるという事実に納得しかねたのだろうか、彼はほどなくして近衛の職を辞し、次第にその名を耳にする機会も無くなってしまった。

 それとも、竜の呪いがいずれ自分にも及ぶかも知れないという事実に耐えかねたのであろうか。

 ヘンドリクス卿に対してはマーカスらが悪鬼となって蘇った事実のみを告げ、その呪いが他の者にも及ぶかも知れぬ、というその場での推察に関してはベオナードからは努めて言及はしなかった。とはいえヘンドリクス卿もそのことには当然察しはついていただろう。

 ともあれ、竜退治で人々からちやほやとされるのは、近衛騎士でなくてもいささか窮屈に思えた事もあったので、ベオナードは北部の森林地帯の砦へと転任願いを出し、辺境勤務を経験したが、任期を終えると四年ほどで王都に呼び戻されることとなった。

 そんな田舎暮らしのさなかにも、彼の胸中からあの辺境の荒れ地での日々が離れることは無かった。アドニスとあの赤子は結局どうなったのか? あのあと無事に帰還した者たちも、その後つつがなく暮らしているのであろうか?

 そんなベオナードが王都に戻ってくると、まずもたらされたのは騎士ルーファスが病に臥せっているという噂話だった。ベオナードは取り敢えずも、王都に帰還したその足でただちに近衛騎士の見舞いに訪れたのだった。

 聞けば、ルーファスは近衛師団を辞したのち、独り身のままに郊外の屋敷で隠遁といってよい日々を送っているという。

「ルーファス様はどなたともお会いにはなりません。当家の主は療養中の身なれば、目通りはご勘弁を」

「病というのであれば仕方がないな。では、旧知のベオナードが会いに来たとだけ、取り敢えず伝言をよろしく頼む」

 そう言って立ち去ろうとしたが、ベオナードの名を出せば話はやはり別であった。特別に、と屋敷に通された彼は、病床に伏せるルーファスに対面して、おのが目を疑った。

 他言無用でお願いします、と使用人は言う。

「驚いたか。……そう、あのマーカスと同じ運命を、やはり私も辿ろうとしているみたいだ」

 床に伏せったルーファスがそう言って弱々しく差し出した右手が、とかげのような鱗に覆われているのがわかった。病床からよろよろと半身を起こした近衛騎士を見ると、肌の露出している両のてのひらがすっかりそのようなうろこ状に変容しているのが分かった。そして寝間着からちらりと見える首筋にも、同じようにうろこのようなものが見て取れた。相対しているその顔はまだ人間のそれであったが、そのような調子で身体のあちこちに変容が起きているようだった。

「どうしてだ? お前はまだ生きているではないか」

「使用人どもは私を医者に見せようとしたがな。こんな無様な姿、衆目に晒したくはない」

「人それぞれに、呪いを受ける強さが違うのであろうか。……あれから四年が経っているから、竜が死んですぐとはまた状況が違うのかも知れぬ」

「そのような細かい話、どうでもよい。私を見ろ。呪いから逃れられなかったこの醜態を」

「なぜだ。竜の爪を切り落としたぐらいで、そんな……」

「竜は、そうだな。だがオルガノフは別だ」

「オルガノフだと……?」

「まさか忘れてしまったわけではあるまい。竜が激昂したのは我々がオルガノフを殺したからだ。そのオルガノフを、実際に刃にかけ弑したのは誰と、誰であったか」

「……このおれと、おぬしか」

「そうだ。少し身体の調子を崩したかと思えばこのざまだ。正騎士よ、逆に問うが貴様は何ともないのか……?」

 それ以上両者首を突き合わせていたところで、何かしらうまい解決策が見えてくるわけではなかった。久々の来客でしばし話し込んで疲れが出たのか、ルーファスが激しく咳き込み出したので、そこでベオナードは屋敷を辞去した。

 他人事のように気の毒がってばかりもいられない。彼の話を聞く限りでは明日は我が身だ。ベオナードは王都での転任の挨拶もそこそこに、旅の支度をしてすぐにまた王都を出立した。果たしてどこを訪ね歩くべきか確たる思いがあるわけではなかったが、脳裏にすぐ思い浮かんだのはやはりその場所だった。

 かつて竜退治のために意気揚々と進んだ街道筋を、今度は一人で駆けていく。辺境域までずっと馬で駆け通し、やがてその村は見えてきた。

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