第5節(その2)

 一行が疲れ果てて村に帰ると、アドニスが浮かない顔で出迎えるのだった。

「それで、廃墟はどんな具合だった?」

「さて、どうにもこうにも」

「竜は?」

「俺たちが帰ってきたときのまま、城塞のあの場所に骸をさらしていた。夢や幻ではなかった事は証明されたようだ」

「……オルガノフは?」

 恐る恐ると言った彼女の問いかけに、ベオナードは内心はっとしながらも努めて平静を装いつつ、淡々と説明した。

「城塞の建屋を調べた。俺たちが魔導士を討ったその場所に、かなりの量の血痕が残されていた。……亡骸は見つからなかったが、這ってどこかに逃げた風な痕跡でもなかった」

「そう……」

「マーカスは、どうだ?」

「容体が思わしくない。しばらくはこの村から動かせない」

「そうか」

 ベオナードは思案顔で、彼方の地平線を見る。

「竜のことはともかく、脅威が去ったのであれば本来の探索行に何らかの収穫が欲しいところだ。あいにく今日一日は何の成果もなかったが、負傷者を動かせないならその間は猶予があるという事か……」

 ベオナードは近衛騎士を見やる。ルーファスはと言えば竜を倒した証しを持ち帰るという彼らなりの目標は果たしたので、それ以上の探索に付き合う気はないようだった。ベオナードは取り敢えず病床のマーカスを見舞い、部下たちに野営の準備を命じた。

「だが、あまり村の者に負担をかけるわけにはいかない。最悪、マーカスの件に関しては治療のため別途医療部隊の手配をして、我々は入れ違いに撤収という事になりそうだな。そもそも、アドニスの身柄だって魔導士の塔から借り受けているわけだし、こちらの都合で僻地にいつまでも留め置くわけにもいかないだろう」

 ベオナードにしてみれば死んだとはいえ竜やオルガノフの事も含めて探索にはアドニスにも同行してもらいたかったのだが、マーカスの事もあり翌日の探索にすぐさま連れ出すわけにもいかず、結局はベオナードらだけでの再訪となった。彼らが徒労に近い探索を続けている間に、村に残った兵士たちが犠牲者の埋葬のための穴掘りを行い、探索隊が帰ってきた夕刻に簡単ながら埋葬が執り行われた。

「明日はもう廃墟の探索にはいかないのよね?」

「何の手掛かりも掴めなかったが、これ以上探し回ったところで無駄足だろう。王都に戻ってこのことを報告すれば、またあらためて竜の亡骸を処遇するための調査団なりが差し向けられるに違いない。そこから先は、その連中に任せよう」

「私、このまま帰るべきなのかどうか分からない。竜が死んだのは本当だとして、明日もあさっても同じように亡骸をさらしたままなのか、それともこれから何か私たちの理解の及ばないようなことが起きるのか……」

「……」

「本当に竜が死んでいるのか、私もこの目で確かめておいた方がいいような気がする。……でもそんなわがままも言っていられないのよね」

「いや、魔導士のあんたが不安に思うというのに、それを無視して帰還したのちに何かあったりしようものなら、何のために魔導士を帯同したのか分からん。結局先の調査団のいた形跡すら何も見つけられていないのだから、少しでも気がかりがあるのなら、今一度足を運んでもいいと俺は思うぞ」

 マーカスの治療を引き継ぐための医療班は、すでに最寄りの駐留部隊の拠点へと早馬を飛ばし、明日の到着という返答を貰っている。マーカスを引き渡したのちにアドニスをともなって今一度廃墟に立ち寄った上で帰途につけば……とベオナードは算段したが、アドニスの考えは違っていた。

「これから、行ってみようと思う」

 すでに日も落ちており、竜の脅威は去ったとはいえ普通に荒野の夜は不慣れな者に独り歩きさせてよいものではない。引き留めようとしたが、アドニスはそれを固辞し、一人で行くと主張した。やむなく、ベオナードは部下に言づてを残し、自分ひとりが魔導士に帯同して廃墟を再訪する事になった。

 廃墟に至る道中、とくに交わす言葉もなく、気詰まりな沈黙のまま両者は馬を走らせた。廃墟にたどり着いたところで、頼りになるのは月あかりだけだった。

「こんな真っ暗闇で、何を確かめる?」

「竜の亡骸の元へ。それだけでも確かめたい」

 二人が向かってみると、竜の死骸はそのままの姿で横たわっていた。落とされた首からあふれた血が作った大きなぬかるみの前に、アドニスは馬をおり呆然と立ち尽くした。

 魔導士のようなものにとっては、この竜の死骸も色々と調べ甲斐のある、興味深い代物だったのかも知れない。だがそれをじっと見つめるアドニスの表情を見るに、そのような好奇心を満たすための来訪というわけでもなさそうだった。

 一面に広がる血だまりは月明りを照り返し、ただどす黒く広がっているのだった。何かに気づいたのか、ふいにアドニスは前方へ――血だまりのぬかるみの中に足を踏み入れていく。

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