呪文の正体と魔女 第6話

 するとロボは鉄クズを寄せ集めて作った顔で、ははは、と笑う。

「それは御心配に及びません。カイロ様よりいただいた魔法が費えることはございません。ロボは一生、オーキュ様のおそばに仕えさせていただきます」

 なんてこと。

 なおいっそう、あたしは目を見開いてた。

 とんだ遠回りだ、なんて言ったアッシュは気付かずあたしへこう確かめる。

「ならお嬢さん、そのばあ様から何か預かった覚えは? 隠していそうな場所の心当たりくらいは聞かせてもらいたいね」

 その質問の意味、分かっているのかしら。

 あたしは答える。

「ある」

 月だなんて。隠したつもりのおばあちゃんにだって、こうなることは想像できやしなかったと思う。

「ロボよ」

 あたしは指さした。

 つられて動いたアッシュにハップの顔は、ロボを見つめたままで動かなくなる。

「おばあちゃんからもらった呪文、それがロボを動かしてる。その呪文は今、おばあちゃんがいなくなってもずっと働き続けって、今、ロボが……」

「わたくしが、でございますか」

 自身を指さしロボはきょとんとし、やがておそるおそる胸の中の柔らかい光へ手をあてがっていった。

「わたくしが、カイロ様のそのような……」

 だって死んだ魔法使いの魔法なんて、どんなに偉大な魔法使いでももってせいぜい二、三日だもの。だのにロボは融けるどころか相変わらずで、自身ですらずっと動くと自信満々に言ってのけてる。

 継ぎ足さなくても永遠に働き続ける魔法。

 呪文よりもそれそのものを、あたしはおばあちゃんから預かった。

 きっと役に立つことでしょう、と添えられた言葉が再び胸に蘇ってくる。あたしを揺さぶると、いざって時まで隠しておきなさいということなのか、それともあたしなら正しく使うことができると信じてくれたからか、分からずに戸惑った。ただどちらにしたって信じられるのは、褒められやしなくてもあたしはちゃんとおばあちゃんから一人前の魔法使いだと認められてたということで、じゃなきゃこんなもの、これこそ決して預けようとはしないと思える。

 ばかだな。

 あたしは呟いてた。

 人は何かになりたくて努力するし、何かになれるものだと夢見てる。でもなれたからって、知らぬ間にあたしが一人前と見られていたように、きっと全てがガラリと変わってしまうことなんてないに違いなかった。だからこそ証が欲しくて、区切りがあればひと安心できるのだとして、本当のところそんな安心と「何かになる」ってことはまったくもって関係ないのだと知らされる。むしろこうして安心なんてできなくなるのが「何かになる」ってことのようで、安心するのは、魔法使いならその力を頼りにする人の方に違いなかった。

 なんて甘えん坊なあたし。

 勘違いが両の拳へ力を込めさせる。

 再びブイトールへと乗りむ時、探しものは見つからなかった、と管理人さんへ誤魔化している。

 すっかり夜も更けたアルテミスシティの明かりは優しいからこそ脆くも見えて、灯して支える人たちの願いが集まってるみたいだった。

 その空に不摂生な魔法使いなんて一人と飛んでいない。みんな明日、誰かを安心させるため、しっかり深い眠りについてる。

 ハップは家の人へ、実験が長引いたからキャンプラボに泊まると連絡を入れていた。オービタルステーションへ向かう最後のシャトルも出て行ってしまったなら、あたしたちはそんなハップの世話になるとキャンプラボに借りた部屋で夜を過ごすことにする。

 残された時間で話し合うのはもちろん明日のこと。ダブルイへ呪文は渡さないし、タイソン女史は絶対助ける。意見の一致は見事なもの。

 そんなダブルイは明日の同刻までに呪文を組み上げた魔法使いと女史を交換だ、なんて言っていたけど、「どこで」を口にするまでもなくロボに飛び掛かられてホテルを去っていた。ならその連絡を待つよりこちらから先に指定してしまう方が手も打てるというもので、そう切り出したのはアッシュだった。連絡も仮面の依頼を受けたSNSが残されているのだから、あたしもその方がいいわ、と返す。

「でも打つ手、って?」

 サッパリ浮かばず眉をひそめた。答えず頭を掻くアッシュはそこまで言っておいて頼りにならない。なら「たとえば」なんてハップが切り出していた。

「こう箱を用意して」

 それはついさっき取り寄せて食べ終えたキャンプラボのフードメニュー、ポテトフライが入っていた箱。油で光るそれをあたしたちの前に置く。

「この中に入れて、こうして、こう、だね」

 閉じ込めて、上から手でフタをした。

「どうせアイツ、セコイから、大事な物を受け取る、ってなると自分で来るよ。もしかするとドラゴンも引き連れてね」

「でもあれはあたしたちの持ってる呪文がないと、ほんとは動かないんじゃ」

 あの時は何もかもが怒涛の勢いだったから、考えてるヒマなんてなかった。

「うん、そのことなんだけどさ」

 すると何か知っているみたいなハップはポテトフライの箱をもう興味をなくしたみたいに払いのける。代りにそこへノートパソコンを置いた。

「受賞したタイソン女史の研究論文、見たんだけどさ」

 弾くカーソルで画面を呼び出し、確かめた目でチラリ、あたしたちを見る。そこには「マホウツカイノキミタチニハ、ワカラナイダロウカラ」って色がありあり浮かんでて憎たらしい。

「これ、最初一回、吹き込む魔法は専用に作られた呪文じゃなくてもいいみたいなんだ。サイズ上、継ぎ足せないだけで、この論文と同じものなら使い捨てだね。だから最初に吹き込んだ魔法が生きてる限り連れてこれる、ってわけだよ」

「ああ、それで魔法を消費するたびドラゴンは、どんどん小さくなっていったってわけか」

 うなずきアッシュはやがてその目を鋭く細めてく。

「ならドラゴンもご一緒の方が好都合だ。現場へはポリスも来てもらおう」

 あたしは目を丸くして、ハップが嬉しそうにヒヒヒ、と笑ってみせた。

「わ、そういうことろ、ほんとに悪党だよね、アッシュは」

 させておいてアッシュはといえば、ポテトフライの空き箱を拾い上げる。

「ただ問題は、この箱をどうやって設えるか、ってところかな」

 それこそ魔法が使えたら転写の魔法であるはずもない場所に、何かそれっぽい空間を組み上げることができると思う。そこへダブルイを迷い込ませたなら完璧だと思えてた。ただあたしに十分な魔法が戻ったとして、そこまでの技術はない。迷い込むどころかきっと手前で気づかれて、計画倒れって文字しか頭に浮かばなかった。ああ、あんな風にできたら。月へ来て間もなく目にした光景を蘇らせる。

 ん?

「出来る魔法使いを知ってるわ」

 だからあたしは言ってた。

「頼める、のか?」

 アッシュに確かめられてうなずき返す。

「たぶん。やってみる」

 きっと先輩ならできるはずだった。海苔の佃煮を届けたあの先輩なら、ビーチみたいに誘い込む空間もまた完璧と組めるはず。

「ならポリスはこっちに任せな」

 いい流れだ、ってアッシュも後に続く。だからこそそんな流れの続きは気になりもした。

「じゃあシーは、ダブルイはどうなるの?」

 とたん水を差されたみたいにあたしへ、アッシュとハップは振り返る。

「確かに悪い事をしてしまったけれどまだ子供だし、あの子だって少しは同情されてもいいはずよ」

 言い逃れできない晒し者にして捕まえるのは、やっぱりどこか可哀想に思えてならなかった。それに今、魔法が上手く使えないあたしには、事故が原因である日突然、魔法使いでなくなったダブルイの気持ちが何だかわかる。何かになった証明が欲しいと望んでいた分、もう何かでなくなってしまった証拠を突き付けられることの大きさへ思い巡らせる。

「そこはお嬢さん次第、ってところかな」

 アッシュの言う意味が分からないわけじゃない。

「アイツをどうしたい?」

 瞬くその目はダブルイじゃなくロボのことを突き付けていて、あたしはすぐにも答えられず口ごもった。

「それは……」

 だって同時にもうひとつ、じゃあロボはどうなってしまうのか、ってこともある。ロボの存在こそ、世の中に知られてはならない。

「……まだ、わからないわ」

「れ、そういえばガラクタは?」

 おかげで気づいたハップが、いつの間にか見当たらないロボを探して頭を振っていた。

「少し考えさせて」

 残してあたしは背を向ける。どうしても一人になりたくて部屋を出た。

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