4.魔物が住む森へ

 『冒険者ギルド』の裏口というか北口を出ると……すぐに壁があり、大きな門がある。

 両側に衛兵が一人ずつ立っている。


 ここを出れば、すぐに魔物の領域『北端魔境』だ。


 門をくぐると、眼前には鬱蒼とした森が広がっている。


 だが、さすがにここからしばらくは、森の中に道ができているようだ。


 道なりに進んでいくが……魔物が襲ってくる気配は無い。

 比較的近くで、弱い魔物が出てくれるのが理想的だが……そうは問屋がおろさないみたいだ。


 さらに少し進むと……


 ——ザザァ


 ん……これは……魔物の気配……?


 どうやら魔物のお出ましだ。


 勇者候補のパーティーにいた時は、一応斥候の役割も担っていたので、魔物独特の気配には敏感になっている。


 お、相手もこっちに気づいたな。

 ——飛び出してきた!


 おお、鹿の魔物か……。

 しかも少し変わっている。

 角がクワガタの角のように、前方に大きく迫り出している。

 体色も角も真っ赤で、目も血走ったように赤くギラっとしている。

 そして……かなりデカい。

 魔物化しているからか、普通の鹿の二倍くらいの大きさだ。 


 最初の獲物としては、結構しんどい魔物だ。


 今まで戦ってきた経験から判断すると……おそらくレベルは25前後、高くても30くらいだと思うが……。


 俺の今のレベルは30だ。

 俺の予測が間違っていなければ……おそらくレベルとしては互角だろう。

 だが一対一と言うのは、なかなかに心もとない。

 まともな武器もないし。


 俺のレベル30というのは、一般的な基準で考えれば高い方だ。

 伊達に勇者候補パーティーにいたわけではない。

 もっとも……パーティーの中では、俺が一番低かったが。

 俺以外は、みんなレベル40以上だったので、10以上差をつけられていた。


 どういう仕組みがわからないが、一緒に魔物を討伐しても俺だけレベルの上がりが遅かったのだ。


 ほとんどの戦いで、攻撃に参加していなかったから、経験値の入りが少なかったのかもしれない。


 それでもレベル30というのは、兵士で言えば、小隊長クラスのレベルである。

 冒険者で言えば、中堅クラスのレベルに相当するはずだ。


 だが……目の前の魔物に対しては……全く有利を感じないし、それどころか、同格という感覚も持てない。


 通常、冒険者はパーティーを組んで戦う。

 ソロで戦う冒険者は稀である。


 ソロで戦っていると言うだけで、何とも言えない不安感というか、プレッシャーのようなものがある。


 ただ……もしかしたら、それだけではないかもしれない。


 この少し気後れするような感覚は……?

 嫌な感じだ……この魔物は、俺の予想を超えた高レベルなのかもしれない。


 『鑑定』スキルを持っていないので、予想することしかできないが、直感的に危険を感じる。

 だが、この状況で逃げ出すことはできない。

 戦って勝つ以外に、俺の生きる道はないのだ。


 鹿の魔物は、鼻息を荒くしながら俺を見ている。

 すぐには攻撃してこないが、殺気はビンビン伝わってくる。


 鹿なのに、肉食獣のようなギザギザの牙を持っている。

 あれに噛まれたらイチコロだし、それ以前にあの角に刺されても終わりだ。


 この安物の剣が、もってくれればいいが……。


 俺は、残念ながら攻撃に使えるスキルは持っていない。

 一般の人では、ほぼ所持することがない『固有スキル』を持っているが、攻撃には使えないのだ。

 対象者のダメージの半分を肩代わりするというだけのスキルだ。


 だが、勇者候補パーティーにいたおかげで、戦闘経験だけはある。


 今はそれを頼りに戦うのみだ。


 ん……動くか?


 ——来た! 突進してくる!


 ——ザクッ


「……つっ」


 紙一重で交わしたと思ったが……左腕を切られた。

 前に突出していた角が、瞬時に横に広がったのだ。


 あんな機能があるとは……。

 以前にも鹿の魔物は倒したことがあるが、クワガタのように前方に大きな角が突出しているタイプは初めてだ。


 そしてあの突進の速さ……今まで出会った鹿魔物よりもはるかに早い。

 やはり俺が思っているよりも、レベルが高いのか……?


 一歩間違えば、左腕を失っていた。


 む、また来るか!


 あの角をなんとかしないと……


「タァァァァ!」


 ——バリンッ


 クソッ、剣が折れた。


 ……俺はさっき同様、横に躱しつつ横にスライドしてきた角を気合一閃、上段から斬りつけたのだが、剣の方が折れてしまったのだ。


 斬りつけながら身をかがめたので、何とか攻撃は食らわなかったが、危なかった。


 まずい……最初の魔物で詰みか……。


 刀身の三分の一ほどは残っているから、かろうじて斬りつけること自体はできると思うが、浅い攻撃しかできない。

 まぁそれ以前に、あの速い動きを止めないと、まともに攻撃を入れられないが……。


 また向かってくるか……


 ……一か八かだな。


 再度俺に向かって突進して来る鹿魔物に対し、俺は全力疾走で突っ込む——


 自暴自棄になったわけではない。

 奴の大きさを利用するのだ。


 スピードをつけ、スライディングで奴の股に滑り込む!

 柔らかい腹を切り裂いてやる。


「タァァァァ」


 ——ザァン、ザァァァ、パリンッ


 ——ドンッ


「ぐっ……」


 クソ、予定通りうまくいったのに、腹を切り裂く途中で、残っていた刃が根元から折れてしまった。

 そして最後には、後ろ足の蹴りを食らった。


 多分……内臓がやられた。

 苦しくて声も出せないし、呼吸もできない。


 鹿魔物は、胸を切られ血を流しているが、致命傷には至ってない。

 そしてゆっくり俺に近づいてくる。


 なんてことだ……これで終わってしまうのか……?

 俺の人生って……何だったんだ……?



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