3話 魔導師の森での再会

 「ルカー。何処にいるのー?返事してぇー。」


「おーい。ルカー。おーい。」


ルカを探す為森の中へ入ったアリエッタ達は、辺りをキョロキョロ見渡した。が、なかなかルカを見つける事が出来ずにいた。森の中は薄暗く、周囲どころか、足跡等の人が通った形跡すら見つけられないのだ。


「リレイ、探索魔法で居場所分からない?」


「やってみます。」


 リレイは意識を集中し、森全体に探索魔法を敷いた。…北側、その少し奥に行った方に人の反応あり。しかしその周囲には…。


「!!。数匹、獣の反応もあります!急がなければ!!」


「アラン!」


「先行くぜっ!!」


アランは、アリエッタが言う前に激しく跳躍し、木々を次々と渡り、枝を避けながら先を急いだ。流石、騎士であると同時に、日々身体を鍛えてるだけある。アリエッタ達も走っているが、ぐんぐん距離が離れていった。


 「リレイ、あの時は助かったわ。ありがとう!」


アリエッタはリレイと並列して走りながら、お礼を言った。実は、ルカが投げた小石がゲルダに当たる寸前、リレイは風の魔法で弾き飛ばしていたのだ。


「…さぁ、何の事でしょう?」


『いつもは、「他人の前で魔術の類を見せてはなりません。」と言うのに…。』


教育は非常に厳しいが、心根は優しい。フッ、と誤魔化して笑うメイドをアリエッタは微笑ましく思った。


 そして、アランに遅れて目的の場所に到着した二人は、目の前の光景に驚愕した。


「アルさん…っ!血が…。」


「く…っ!大丈夫だ…。こんなのかすり傷だ…。」


アランは地に片膝を付く。衣服も泥と破れで酷い状態だ。それでも、泣きそうな顔で駆けつけたルカに、心配掛けまいと、無理に笑顔を作っている。


 アリエッタ達は急いで二人のもとに駆け寄った何故?アランは若いとは言え、騎士の中でもいちばんの手練だ。相手が獣でもこんな簡単に負けるはずは無い。アリエッタはアランに回復魔法を施しながら疑問に思った。


 しかしその原因はすぐに分かった。…魔獣だ。漆黒の狼が数匹、群れを作り、こちらの様子を伺い、ウゥー、と唸り、地面に前脚を掻いて、助走の構えをとっていた。しかも、狙いを外した一匹がいたのだろう。木に引っ掻いた跡は、シュウショウ、と煙が出て、焦げた様になっていた。


「毒…!?」


群れでの連携技が得意な種族な上、おまけに毒攻撃とは、ルカを守りながらの剣撃だと、相当な神経を使うだろう。


「姫様、もう大丈夫だ。…リレイ、援護を頼む!」


「分かりました。姫様、ルカを頼みます!」


「分かったわ!二人共、気をつけてね!」


「了解!」「かしこまりました。」


 そう言って二人を送り出し、アリエッタは急いでルカの元に駆け寄り、体力回復の呪文を唱えた。


「凄い…。疲れが引いてくる。姉ちゃん達、何者?」


「…えっと…。秘密!」


「じゃあ、おじさんと同じだね!」


「おじさん?」


その人はいったい?そう言おうとした時、木々がビリビリ震えるような咆哮が、森中に響いた。そして、地鳴りがしたかと思うと、メキメキ、という不安や恐怖を煽る嫌な音が、段々と近付いて来た。


 アリエッタは身構えた。大丈夫!妖狼達の相手は、自分の側近達がしてくれている。二人程の戦闘スキルは無いが、いざという時は取得している防御魔法を発動し、ルカを護る。そう考え、緊張感を持ちつつ音がする方を凝視した。


 すると、目の前に生い茂っていた木々が、バキバキと倒れ、咆哮していた主が姿を現した。


「おい、お前ら!こんなガキどもを仕留めるのに、いつまでかかってるんだ!!」


自分達を襲おうとした妖狼達は、クゥンクゥン、と情けなく鳴き、頭を垂れて一歩ずつ後退りした。きっとこの狼は、群れの親玉なのだろう。体躯も他のより一際大きく、加えて知性が備わっている。その証拠に、


『こいつ、人語が話せる…!?』


アリエッタ達が驚愕して、動けなくなっていると、その狼はこちらを見渡した。そして、泣きそうな顔で身震いし、小さな手でアリエッタにしがみついているルカに目を留めると、よだれを垂らし、こう言った。


「…お前は何処かで…、!?あん時の小僧か?あと少しで仕留められたんだが、魔導師と熊野郎に邪魔されて喰いそこねたんだよな…。またノコノコ戻って来るなんてな。なんて好都合だ。」 


「ヒッ…!!」


親玉は、ルカの恐怖心を煽るように、そして、その恐怖心をアリエッタ達に伝染させるように、表情と言葉を巧みに操らせていた。まるで、思考と体力を停止させる為に、体中に毒物が巡るように、じわじわと。


「しかも今度は、1…、2…、3人!新たな獲物を引き連れて来たもんだ。まさに、"鴨が葱を背負って来る"、てこの事なんだなぁ。…まぁ、一番の上物は…。」


そして、アリエッタに目を留めると、口元を、ニヤッ、と嗤う形をとった。


「この女だな。貴様は何だか高貴な匂いがする。あと、神聖な匂いも。こういう高級食材を喰えば、俺達魔物は知性が更に上昇するんだ。」


 へへっ、と嗤い、親玉は跳躍の態勢をとり、一緒に固まっているアリエッタとルカに狙いを定めた。そして獲物狩りの再開の合図である咆哮を響かせると、他の妖狼達も唸り声を出し、再び襲って来た。


「姫様ー!!」「ルカー!!」


 リレイとアランは二人を助けるべく、恐怖で固まっていた気力を鼓舞し、再び動き出した。それを、邪魔をするな!と言わんばかりに、弾丸のように他の妖狼達は跳躍して来る。その攻撃をかわしながら、二人は斬り伏せ、時には弾き飛ばすが、いったい何頭いるんだ、と言うくらい妖狼達は次々と姿を現す。なので、今だにアリエッタ達の元へ辿り着けずにいた。否、辿り着いたとしても、二人を助けれるかどうか…。


 体力も魔力も精神も、限界になりそうになったその時、急に轟音が鳴り響いたかと思うと、自分達の周囲を、眩しいくらいの激しい閃光が取り囲んでいた。そしてその光が止み、目が慣れた頃には、今まで襲って来た妖狼達は黒焦げになり、灰も残さず、サラサラと消えてしまった。


「ふぅ~…、危なかったぜ。大丈夫かい?お二人さん。」


「「…。」」


何者?呑気な声に、リレイとアランには話し掛ける気力も残っておらず、体力が限界を付き、体勢が崩れた。しかし、早くアリエッタ達を…、という気持ちはまだ健在で、這いつくばってでも助けに行こうとしていた。


「おいおい!もう限界じゃないか。お嬢さん達が心配なのは分かる。でも、そんな状態じゃあ、逆に泣かせる結果になるぜ。」


キュポッ、と音が聞こえたので目を動かす。ローブを纏った髭面の壮年の男が、水筒から海のように鮮やかな青色の液体を容器に移し、それを二人の口に流し込んだ。


「飲みな。大丈夫!警戒しなさんな。ただの疲労回復剤だ。…ただ、吐き出すくらい不味いがな。」


ははっ、と軽快に笑い、回復薬の不味さに耐えながら飲み干している二人に向かい、安心させながら男はこう言った。


「あの嬢ちゃん達は、二人にとってよっぽど大事なんだな…。任せな!あとは俺達で何とかするよ。」―


 ―同じ頃、親玉に目を付けられたアリエッタは、障壁魔法を発動し、度重なる鉤爪への攻撃に耐え続けていた。最初は、跳躍して飛びかかる寸前で、いきなりの障壁に弾き飛ばされた親玉は、体勢を崩し、地響きを立て倒れた。


「やったー!」


しかし、喜びは束の間。獣とは思えぬ早さで体勢を立て直し、今度は何度も体当たりをし、障壁を割ろうとして来る。


「姉ちゃん…。」


「っ、…大丈夫よ。」


泣きながら心配するルカを、アリエッタは度重なる攻撃に耐えながら、安心させるように、ルカに微笑んだ。…しかし遂に…、


パリーン…。


硝子が砕け散るような音が鳴り響き、魔法が破られてしまった。強化に必死だった為、魔力も底をついた。再構築も出来ない。


「早く俺の糧になりなっ!」


『あぁ、もっと、リレイの言う事聞いて、勉強頑張れば良かったなぁ…。』


爪が二人の前まで迫る。八つ裂きにされるのを覚悟し、目を閉じた瞬間、ルカが泣きながら叫んだ。


「…っ、おじさーん!!」



 

刹那、ドーン、と何かがぶつかるような音がした。自分達に当たった衝撃はない。目を開けると、目の前まで迫っていた親玉狼は、木に身体をぶつけたのか、その下に倒れていた。代わりにグルルと唸り、白い息を口から吐いたフードの大男が目の前にいた。いや、正確にはあれも魔獣だ。新手か?でも、何だか懐かしい…。もしかして…。


「おい、坊主!二度と森に入るな、と主に言われたの、もう忘れたのか?」


「ベル!!」


警戒しつつ喋る魔獣に、ルカは声を弾ませ、その魔獣の名を叫んだ。


「痛ぇ…。くっ…、またお前か!?」


その時、倒れていた親玉は何とか立ち上がり、地面に足を掻き、戦闘態勢に入る。


「お嬢さん、頑張ったな!あとは任せなっ!!」


男も親玉と同じ戦闘態勢。両手を地面につき、グルル、と唸る。お互い威嚇し合い、同じタイミングで跳躍した。その時、男のローブのフードが捲れ、頭部が全て露わになった。やはり男は人間では無かった。鼻は少し高く、全体は黒く毛むくじゃら。そして頭頂部には、小さな丸みがかった獣耳がある。


「熊!?」


 狼と熊の激突がしばらく続く。魔獣同士の闘いとはいえ、ハラハラしながら見守っていると、後ろから肩を叩かれた。驚き、慌てて振り返ると、髭面の男が、液体が入った容器を差出して話しかけてきた。


「嬢ちゃん、大丈夫かい?…ボロボロじゃないか。回復薬だ。これ飲んで落ち着きな!」


「あ…、ありがとうございます。」


容器を受け取り、中身を飲み干す。…不味い。しかし、疲れが段々と引いてくるのが分かる。"良薬口に苦し"とは、きっとこの事だ。


「おじさん!」


「坊主…。またお前か…。ここに二度と来ない、と約束したろ?」


「ごめんなさい…。」


「まあ、来たもんは仕方ねぇ。お前もこれ、飲め!」


 うん、と頷き、ルカも容器の中身を我慢しながら飲み干していた。


『…美味しい回復薬があれば良いのに。いつかきっと作ってやる!』


 そう心に誓った後、アリエッタは思い出したように、周りを見渡した。リレイとアランは無事だろうか?


「あの二人かい?大丈夫!薬飲んで、暫く寝ているよ。ボロボロだ、て言うのに、あんたへの《忠誠心》は健在だ。」


「貴方は?」


ドーン!!


 決着が着いた。結果は熊の勝利。取っ組み合いで投げ飛ばされたのだろう。親玉は木に身体を激しくぶつけ、起きる気力も無く倒れていた。


「失礼。俺の名はクラウド。見ての通り、魔術師さ。で、あの馬鹿でかいのが、俺の助手のベルだ。」


妖狼の親玉の元へ近づきながら、魔術師クラウドは自己紹介する。そして、火属性魔法を親玉に向け、唱えると、炎がみるみる親玉を包み込み、灰も残さず消していった。

 "炎"と言っても、周りの植物には影響が出ていない。きっと、"浄化"だけに特化した魔法なのだろう。


「…さて、お前ら早く帰んな。…ベル、嬢ちゃんだけじゃ、二人を運ぶの無理だから、手伝ってやんな。人間のフリ、忘れんなよ!」


「分かってるよ!」


 そしてアリエッタ達は、気を失っている二人を、ベルに手伝って貰いながら、クラウドにお礼を言い、森をあとにする事にした。


「…ああ、嬢ちゃん。…レオンとマリアによろしくな!」


『えっ!?』


何故、父と母の名を?そう尋ねようとして振り返ると、クラウドは優しそうな、泣きそうな笑みを浮かべていた。そして、手を振り、振り返る事無く、そのまま姿を消してしまった。



 









 


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