2話 孤児院にて

 一週間前、ある教会の孤児院での出来事。


「…院長先生、あの子見つかった?」


「いいや、教会の廻りを隈なく探したけど、見つからなかった…。困ったねぇ…。」


孤児院の院長である壮年の男性は、駆け寄って来た子ども達に、残念そうに目を伏せ、首を横に振った。


「そっかぁ…。一体、何処にいるのだろう…?」


「腹、減って無いと良いけどなぁ…。」


子ども達の中の年長組であり、リーダー的存在のルッツとゲルダは、それぞれ心配そうに呟いた。何故なら、現在行方不明の子は、最近入ったばかりだからだ。


「そうだね…。…さぁ、今日はもう遅い。君たちは先に食事して眠りなさい。先生は、街の人達に声を掛けて、もう少し探すから。」


「「はーい!」」


「先生、無理しちゃ駄目だよ。」


子ども達はそれぞれ院長に声を掛け、食堂に戻ろうとする時だった。


"コンコン"


「!もしかしたら…、はーい。」


「…ただいま。」


院長が玄関の扉を開けると、そこには現在、捜索中である少年が、申し訳無さそうに立っていた。


「ルカ!おかえり。一体何処へ行ってたんだい?」


「良かった…。皆心配したんだぞ!」


「お腹空いたでしょう?早くご飯食べよう?」


「…ごめんなさい…。」


彼の帰りを待ち望んだ孤児院の皆は、一気に歓喜に溢れた。…彼の発した言葉を聞くまでは…。


「森の中で迷っちゃって…。でも、そこに住んでいたフードのおじさんから帰り道を案内してもらったんだ。」

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

「大変!遅くなっちゃった…。二人共、早く早く!」


 アリエッタ達は街を後にしたあと、急いで孤児院へ向かった。3人の手元には、厨房から貰ったパンに加え、果物やら野菜、加工した魚や肉類、菓子類等の食べ物で塞がっていた。街の通る先々で、「これ、持っていきな!」「いつものお礼だよ。」等と言われて人々から頂き、結果3人で抱えるのはやっとの量になってしまった。


「やっと着いた…。キング先生、こんにちはー。」


アリエッタは孤児院の扉をノックし、声を掛けて家主の有無を伺った。


"パタパタ…、…カチャ。"


「はーい。アリーさん!いらっしゃい。」


しばらくして扉が開き、中からこの孤児院の年長組のリーダー・ゲルダが現れた。その後に続き、両手を頭元に組んで、もう一人のリーダー・ルッツも現れた。


「遅せぇぞ!…すげぇー荷物…。持ってやんよ!」


「ありがとう、ルッツ。流石は皆のお兄ちゃんね!」


「…うるせぇ。」


アリエッタから頭を撫でられながら、ルッツは照れながら、アリエッタから荷物を受け取り、一生懸命皆の居る広間まで持って行ってくれた。


「アリー来たの?」

「やったぁー!お菓子ある!!」「俺、これ食う!」

「ずるーい!それ、ねらってたのにぃ…。」

「リリィ、この前の刺し子の続き、教えて!」

「アル、今日の剣の勝負、ぜってぇ負けないからな!」


 わらわらと集まってきた子ども達を対応しながら、『天国…。』『癒やしだ…。』『和むわぁ〜。』等と和んでいると、この孤児院の管理者であるキング院長が遅れてやってきた。


「ご機嫌麗しゅうございます。アリエ…、ゴホン、…アリー様!」


 ちなみにこの院長は、アリエッタ達が王族だと言う事を知ってる、数少ない町人の一人である。この街の現状、特に、孤児院の運営状況はとても酷い。食料もなかなか手に入らず、子ども達からは笑顔が消え、それでも何とか凌いでたのが、常に日常茶飯事であった。


 しかし、それを目の当たりにし、心痛めたアリエッタが、父王に助けを請い、《王女の為の社会学の授業の一貫》と称してアリエッタの来訪を許可するよう伝えられた。結果、まだ満足には程遠いが、食事も1日3食分食べれるようになっただけではなく、人手不足もあり、孤児院ではなかなか教えられない教養や遊びの面でも相手してくれる。その結果、子ども達もだんだん元気を取り戻しつつあるので、アリエッタ達の来訪にはとても感謝している。


「ごきげんよう、キング先生。そんなにかしこまらないで。」


「そうだぜ、キングさん。姫様もこう言ってるんだ。気楽に行こうぜ!」


「しかし…。」

 

 ちなみに子ども達は、アリエッタがこの国の王女様と言うことを知らない。正体を知れば大騒ぎになるし、何より、気を遣わせたく無いからだ。…遊んで貰えないのは、少し辛い…。


「お気持ち察し致します。ですが、私共は好きでやっているのです。どうか、お気になさらず。」


「…はい!」


『自分達に気を遣わなくて良い。』アリエッタ達にそう言われ、キングは安心した。


確かに、"子ども達の為"と言い、色々援助してくれる富裕層の貴族はたくさんいる。しかし、アリエッタ達のように"やりたくてやっている"精神を持って支援する者は誰一人いない。皆、名誉や欲望等といった、己の為の願望でしている者が大半だ。そういった者の感情は、子ども達は非常に敏感であり、いくら上品な菓子や興味深い玩具を与えても懐かない。子ども達もありのまま、遠慮なく接する事を自然に許せる存在。まさに皆から"聖女様"と言われるだけある。


 「もう、そんなところで大人の話してないで、はーやーく、遊ぼー?」


ねぇねぇ、と大勢の小さな手が左右から伸びて引っ張られる。いくら小さい力とは言え、早く遊びたい一心の子ども達の力は強い。アリエッタ達はあっという間に庭の遊び場に連れて行かれた。


「はいはい、よーし!じゃあ、何して遊ぶ?」


「おままごと!」

「鬼ごっこ!」


「よし!それじゃあ、日が暮れるまで全部遊んじゃおう!!」


「「やったー!!」」


心から喜んでいる子ども達に、心底ほんわかしている3人は、よし!遊ぼう、とする時だった。視界に1人、木陰で分厚い本を読んでいる、自分達より肌が褐色の少年を見つけた。歳は、おそらく6つくらいだろう。孤児院に遊びに来始めた頃は見掛けた事は無かったから、おそらく、最近新しく入ったばかりの子だろう。


「おーい、坊主。お前も一緒に遊ばないか?」


アランは手を大きく手招きして、彼を呼んだ。が、


「…遊ばない。」


顔を伏せ、背けられた。…振られてしまった…。心底落ち込むアランを慰めているリレイに、「あとはお願いね!」と声を掛け、アリエッタは、少年のいる木陰に行き、目線を合わせ再度話し掛けた。


「君、名前は?」


「…ルカ。」


「私はアリー。ルカ、その本重そうね。何の本読んでるの?」


「…フードのおじさんがくれた英雄譚。」


「少し見せて!…わぁ、面白そうね!」


「!だろっ!ここなんか、俺の一番好きな場面でさぁ…―。」


ルカの表情は、ぱぁっ、と明るくなり、アリエッタにオススメのページを次々紹介した。


 "流石はアリエッタ様。《聖女様》と呼ばれるだけある…。"


その様子にリレイとアランは非常に感心していた。その時偶然、リレイは傍にいる子ども達を見た。…何か様子が変だ。今まで明るかった表情が、急に暗くなり、睨んだ様子で自分の主達を見ている。…しいて言えば、ルカの方に。年長リーダー二人に関しては、おどおどしており、こちらに助けを乞うているように目配りしている。やがて、一人の少年が前に出て、アリエッタに大声で叫んだ。


「アリー、そんな奴に構うなよ!早く俺達と遊ぼうぜ。」


「そうよ、そうよ。そんな子放っとこ!


「あら、どうして?皆で遊んだ方が楽しいじゃない!」


子ども達の呼び掛けに、アリエッタは首を傾げ、問い返した。すると、始めに呼び掛けた少年を皮切りに、次々と子ども達は答え出した。


「だってそいつ、嘘つきだもん!」

「そうよ!魔導師見たなんて、嘘ばっかり!」

「しかも"良い人"て…、世界を征服出来る奴なんだぞ!悪い奴に決まってる!」

「「そうだ、そうだ。」」

「それに、森にそんな人見たことないし。その本なんて、きっと誰かが捨てて行ったやつで、実は拾ったんじゃないの?」


アリエッタはルカの小さな身体に手を添え、優しく撫でた。言われ放題のルカは顔を下に向けていた。…怒りと悲しみの表情で、身体を小刻みに震わせていた。


 「おい、お前らいい加減に…。」


いい加減にしろ!おどおどしていたルッツが、流石に見兼ね、そう言おうとした時だった。


「ルカ!そんな事しては駄目ー!!」


アリエッタ突然叫びだした。そちら側を見た直後、一つの小石がヒュッ、とこちらに飛んできて、言い出しっぺの少年に当たる寸前であった。命中すれば、確実に失明だ。


「危ない!!」


ゲルダがいち早く飛び出し、その子を庇う。しかし、ゲルダには当たらない。何故なら小石は、急に吹いた突風によって上空に舞い上がったのだ。


『…いくら小石でも、"あんな曲がり方"、する?』


「ゲルダ、大丈夫ですか!?」


しばらくルッツは茫然としていたが、リレイの叫び声に我に返った。


「…大丈夫です。…少しさっきの突風で、目に砂が入ったけど…。」


「擦ってはいけませんよ!赤くなってしまいます。」


ルッツはそれを聞いて、ほっ、と息を吐いて安心した。気持ちが落ち着いた後、小石が飛んで来ていた方を見ると、ルカが今にも泣きそうな顔でこちらを睨んでこう叫んだ。


「そんな事言うなっ!おじさんもアイツも凄くて優しいんだぞっ!そんな人達の悪口を言う皆なんか、大っ嫌い!!」


遂に目から涙が溢れ出し、ルカは孤児院の先にある、森の方へ全速力で走って行った。


「あっ、待って!ルカ…。…大変!リリィ、アル。早くルカを追おう!」


「はい!」「分かった!」


「それじゃあ、キング先生、ルッツ、ゲルダ。あとはお願いね!」


アリエッタはそう言い、すぐさま3人でルカの跡を追いかけて行った。子どもの足で、そう遠くは行ってないはずだ。


 アリエッタ達を見送った後、ルッツは子ども達に向き直った。言い出しっぺの少年はバツが悪そうに俯き、他に言い出した子、特に女の子達は、えぐえぐ泣いていた。その子達にルッツは目線を合わせ、強く、そして優しく叱った。


「お前らの気持ちは分かるぜ。お話の魔導師、怖いもんなぁ…。」


「だろ!良いやつだなんて…」


「でも、皆してアイツを"嘘つき"呼ばわりは良くない。大勢で一人を責めるのは、悪い魔導師より酷い奴がする事だ!」


「「ごめん…。」」「「ごめんなさい…。」」


そう言われ、子ども達は深く反省した。


「帰って来たら、ちゃんとルカに謝ろうね!」


ゲルダが泣いている子をよしよし撫でながら言うと、うん、と皆頷いた。


 その様子を静かに見守っていたキング院長は、子ども達の成長を喜びながら、アリエッタ達が入った森へ目線を向ける。


『神よ。どうか姫君達にご加護をお与え下さい。そして、ルカが無事に帰って来るよう、お願い致します。』


手で十字を区切り、手を組んで、4人の無事の帰路を強く祈った。

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