最終話 スターダスト

「これ以上、生きていける気がしないんだ」

 発した声は自分で想像していたよりも、ずっとか細く痛々しい。


「……」


「キミは怖くならないの?」


「そうね、怖かった。でも私は輝いていたと思うわ。

 たとえ、それが数えられる程の人たちのためだけでも。

 この宇宙セカイの一部として、ね」


「キミはいつも、どうして過去形で話すの……? キミは一体……」


 すると彼女は静かに首を横に振った。

 これが最後だと語るように。


 そして僕は全てを悟った。

 透明の風と一体になって、キミは微笑んでいた。


 家の前まで来ると、キミは「じゃあね」とだけ言って、道を下って行った。


 キミが見えなくなるまで、キミの姿を追い続けた。


 家の前の道を通りすぎた旧式の車の排気ガスが煙たくて、僕は息をむせ返した。

 コスモスの花がそんなことも気にせずに、道端で風に揺れている。



 ☆



 家の中は静まり返っていた。


 数時間後、窓の向こうには大きく膨らんだ満月が泳いでいる。

 その大きな月のせいで、空はいつもより狭く、星たちは行き場を失うほどだった。

 風を感じたくて窓を開けると、風と共に花々の香りが部屋中に満ちていった。


 今夜は眠れるかもしれない。

 目を閉じて僕は、今日の午後彼女とした会話を再生リプレイしていた。

 

「人はね、魂に従うと楽になれるの。

 魂っていうのは自分自身の意思のことで、理解しているつもりでいるけれど、実は自分でも一番掴みにくいものなの。


 体の仕組みや、アナタの周りの世界はいろいろな面から、理解できるようになってきている。

 でも、この宇宙セカイのすべてを説き明かすことは、不可能に近い。


 人間の味覚や嗅覚すら、科学的にもまだ、わかっていないことだらけなのよ。

 きっとこれらの感覚は、感情、

 つまり魂と密接に関係しているからじゃないかと思うの。


 なんて、ちょっとカッコつけすぎたかな。


 実は私自身、魂を少しでも理解しているとは思えない」


「よくわからないよ」


「そうね」


「ねえ、宇宙がチリからできてるってホント?」


「そうらしいわね」


「じゃあ、僕たちもただのチリか」


「そうね。でもただdustっていうよりは星屑stardustの方が響きがいいな」



 キミは目を細めて、宇宙ソラを見上げた。

 僕は時間トキが止まってほしいと願った。





「ねえ、明日も会える?」


「明日は無理ね。アナタはもう目覚めないと」


「僕は寝てなんていないよ」


「いいえ、眠っているわ」


「そんなはず……」


「ないと思う? アナタのおじいさんに最後に会ったのはいつか、思い出して」


「そんなの今朝に決まっているじゃない」


「いいえ。もう三年も前のはずよ」


「三年前?」


 だって、祖父は今朝もちゃんと朝ごはんが用意されてたし、『気をつけて行ってきなさい』と声をかけてくれた。


 それは……。



 ☆



 目を開けると家の中は空っぽで、

 僕はひどく怖くなって、

 湖まで走って行った。

 もうキミに会えないんじゃないかと思った。




 だけど、キミは、いつもと同じ岩に腰かけていた。


「まだここにいたの?」


 彼女にしては珍しく、少し怒っているように見える。


「キミは誰?」


「生きることが恐かったら、立ち止まればいいわ。

 不完全なアナタをを責めるのはいつも、他でもないアナタなんだから。

 自分に優しくね。ずっと見てるから」


 少女は白い影になって、少しづつ消えていく。


「ごめんね。アナタしか助けられなかった……

 ずっと、アナタたちのことを見ていたかった」














 ☆  ☆  ☆







 ピ、ピ、ピ、ピ……。




 何かの機械の電子音が聞こえる。


 真っ白の天井が目に映った。


「聞こえますか?」


 見知らぬ声、ここは、病院?


 母さん。僕は……。


「テラ、もうダメかと思った。ほんとに、良かった」


 叔父さんが、目を真っ赤にしている。

 母さんの兄さん。

 母さんの面影があるその顔を、僕はじっと見つめた。

 


 ☆



 叔父さんは毎日、見舞いに来てくれた。


 今まで僕が叔父さんと疎遠だったのは、叔父さんが海外で忙しく生活していたからで、母さんとはずっと連絡を取り合っていたと後で知った。


 叔父さんは、母さんのことも、僕のこともよく知っていた。


 僕と母さんは毎朝駅まで一緒に歩いて行って、別々の電車に乗って、会社と学校に向かっていた。


 あの朝も、いつもと同じように二人で駅に向かっていた。


 横断歩道を渡っていた時に、

 交通事故に巻き込まれて、

 僕は出血多量で数分後には意識を失い、

 その後、生死の境を彷徨っていたらしい。


 母さんは即死だった。


 僕はその時、母さんの姿を目にしていた。


 僕は仰向けに倒れたまま、空を仰いでいた。




 雲のない、だった。




 僕が助かったのは奇跡だと言われた。



 叔父さんは僕が落ち着いた頃に、事故当時僕が持っていたカバンを病室に持ってきてくれた。

 カバンは血だらけで、中に入った教科書や文房具にも僕の血がこびりついていた。



 退院の日、叔父さんが仮住まいとして借りているアパートに、

 叔父さんの運転するレンタカーで向かった。


 開けた窓から入ってきた隣を走る旧式の車の排気ガスが煙たくて、僕は息をむせ返した。

 道端のコスモスの花が、キミを、テラを蘇らせた。


「叔父さん、母さんに幼馴染みっていたの?」


「あぁ、いたよ。同い年の女の子が。

 二人は双子のようにいつも一緒に遊んでいたよ。


 高校生の時に病気で亡くなったんだ。


 家族以外には病気のことを隠していてね。

 本当は、色々辛かったろうに……。

 強気で明るい子だったから、びっくりしたのを覚えているよ。


 名前はテラだった。

 天文学者の父親がつけた名だって。

 地球Earthを意味するテラTerra


 その子が生まれた時、

 それまで宇宙ソラばかり見上げていた父親は、

 初めてこの地球ホシをどこの惑星よりも好きになったんだって。


 テラ、キミの名前はその子からとって付けたんだよ」



「そっか」



 アパートに着くと、僕はリビングの窓を開けてベランダに出た。

 白い影が僕の頬をなでて、空に消えていった。


 ☆  ☆  ☆








 P.S.

 叔父さんが買い揃えてくれたのだろう。

 キミが言っていた通り、

 僕の部屋に置かれた本棚には、

 新しい教科書が並んでいた。


 ☆


 THE END

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星屑のキミ -The Story of the Stardust Guardian- 青山 立 @ritsu-aoyama

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