6 ペナルティを受けた彼

 朝、墓地で貰った朱羽あげはからの誕生日プレゼントは、小さな赤い石のネックレスだった。


「可愛い」


 鏡の前であてた自分を眺め、京子はネックレスを箱へ戻して制服に着替える。


 アルガスの三・四階部分に当たる訓練用のホールへ行くと、二人の先客が広いその中央でストレッチをしていた。京子に気付いた眼鏡の少年が軽く頭を下げる。


 高い天井のホールにマサの「よぉ」という声が響き、どんな衝撃にも耐えると言う硬い床に、京子のヒールが高い音を鳴らした。

 夏はそこそこ涼しいが、冬はこの上なく寒さの厳しい場所だ。京子の息がたちまち白く濁った。


「おはよ。こんな寒いトコでやってるの? 少しくらい暖房付ければいいのに」

「何ババくせぇこと言ってんだよ。俺等はもう十分熱いぜ」

「ババアって何? まだ二十歳なんですけど?」

「言われたくなかったら、俺を見習え」


 どんと胸を張るマサの姿に、余計寒さを感じてしまう。黒のラフなハーフパンツに半そでTシャツという組み合わせは、彼の春夏秋冬定番スタイルだ。


「じゃあ、外套がいとう着てやりますか?」


 一方の少年は、制服姿でそんなことを言う。


「それはちょっと窮屈きゅうくつかな。いつ何時なんどきでも動けるように制服で訓練、って言うのは分からなくもないんだけど、せめてもっと楽なのがいいよね」


 京子は自分の姿を見下ろし、「これじゃあね」と不満を零す。

 アルガスの爺こと大舎卿だいしゃきょうと京子、それにメガネの少年・木崎綾斗きざきあやとの三人が着る濃紺の制服は、短めのテーラー襟のジャケットにシングルの銀ボタンが二つ並ぶものだ。

 セナ達が着るノーマルの施設員の制服と似ているが、キーダーを示す濃い緑のアスコットタイと左肩に縫われた銀刺繡ぎんししゅうの桜をやたら堅苦しく感じてしまう。

 しかも女子は短めのタイトスカートで、パンストとパンプスの組み合わせとくれば動き難いことこの上ないのだ。


 本部であるこの関東を中心に全国七つの支部を持つアルガスには、京子達三人を含め十二人のキーダーが在籍する。キーダーを中心に管轄かんかつ地区ごとの安全と秩序ちつじょを守るというのが表向きの仕事だ。

 しかし実際は、キーダーを英雄に仕立て上げることでその力を政治的に管理し、能力者による反乱を食い止める──つまり、能力者の絡む事件は能力者に任せるというのが根本的な狙いだ。


「ところで、爺は?」

「とっくに帰ったよ。夕方から移動だからな。綾斗もあがるトコだ」

「そういえば大阪戻るって言ってたもんね。最近ちょっと動き過ぎじゃない?」

「まぁ本人は楽しそうにやってるからいいんじゃねぇのか?」

「楽しんでるのかな。だったらいいけど」

「俺で良かったら残りますよ。まだ動けます」

「すごい、さすが高校生。じゃあお願いね」


 能力を覚醒させるという十七・八歳を見越して、キーダーは十五歳でアルガスに入る。

 けれど綾斗はそれよりも前に能力の兆候が表れたという。そのせいで彼はとある問題を起こし、ペナルティとして十四歳でアルガスの拘束こうそくを受けた。


 北陸にある訓練施設での三年を経て先々月にこの本部に着任したばかりの彼は、京子より三つ年下の高校三年生だ。

 キーダーという肩書と成績が考慮され、転校してきたばかりだというのに持ち上がりの大学へ進学が決まっている。


「暮れだし、お前ら早くあがっていいからな。俺もこれからセナさんとデートだから」


 にんまりと嬉しそうに話すマサに、京子は思わず「はあっ?」と聞き返す。


「でえとって。アポ取れたの?」


 さっき会ったばかりの本人は、そんな事言っていなかった。ずっとフラれ続けてきたマサの激しいアタックが、ようやくむくわれたのだろうか。

 しかし京子の予想を反して自信満々の表情で返ってきたのは、


「ばぁか。今から取るんだよ」


 みなぎる自信は何処から来るのだろう。

 京子は綾斗と顔を見合わせ、困り顔を傾けた。


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