未来からの声

午後十一時に聞こえてくる声


 大学進学と同時に私は、北九州市から東京に移り住んだ。


 福岡県第二の都市とはいえ、私の住んでいた町は、北九州市のメインターミナルである小倉駅から電車で一時間もかかる場所で、最寄り駅はなんと無人駅という有様だ。


 駅を降りると辺りには、誰も手入れをすることもなく放置され、雑草がただ生い茂っている田んぼばかり。しかも、コンビニなどの便利な店も近くには無く、とても不便な場所だった。


「実家から通える大学にしたらどう?」


 両親には何度も言われたが、私は やっぱり”東京” に行きたかった。

進路担当の先生には、「流石のおまえでもやはり無理じゃないか?」と言われていたW大に合格したのも、両親が「W大だったら東京に行くことを許す」と言ってくれたからだ。



 今思えば、それは、引っ越してきた初日から始まった。



 午後三時必着で手配していた引っ越し荷物が届き、ゆっくりとしたペースで荷ほどきをしていく。


 神田川の近くにある築四十年、六畳一間のアパート。

 壁だけは綺麗な白色にリフォームされているが、天井や台所などのあちらこちらに時代を感じてしまう。


 大学への距離と間取りを考えれば、これでも月六万円は安い方なのだろうと思う。オートロックで、築浅で、お洒落な女性専用マンションを夢見ていたが、不動産店で物件の家賃を聞いていくにつれ、一瞬でもそんな夢を見た自分がとても恥ずかしく感じた。


 でも、私はこのアパートに決めて良かったと思っている。

六畳一間とはいいつつ、実は一畳くらいの収納スペースが別にあることや、不動産スタッフに部屋を紹介してもらった際、部屋の窓から見えた神田川の両岸に咲き乱れる桜の美しさに魅了されたからと言ったら負け惜しみに聞こえるかな。


 薄汚れていた風呂場とトイレを念入りに掃除すると、一時間もかからず、自分が思っていた以上に綺麗になった。


 私は達成感からか、置いたばかりの小さなベットに横たわっていつの間にか眠っていた。



「そのままだと風邪をひくよ」


 

 誰かの声で、薄らと意識が戻る。

気がつくと、窓も半分開けたまま私はベットに横たわっていた。


「えっ、もう夜?嘘!!!」


 今日は、朝五時に実家を出発したこともあり、やはり疲れていたのだろう。夕食も食べずに眠ってしまっていたらしい。


 それにしても、誰かが私を起こしてくれたような……。薄らとした意識の中で、優しい声が聞こえた様なそんな気がする。

あれは何だったんだろう?と思いながらも、私は急いで窓を閉め、箱の中にあったカーテンをレールに取り付け、シャワーを浴び早々に眠りについた。




 あんなに憧れていた大学生活は、自分が思っていたようには上手く進まなかった。学生達は日本全国から集まって来ているとはいえ、塾仲間や高校の友人達と一緒に固まって動いている……。


 私の思い込みだとは思うものの、すでにある程度のグループの枠が出来上がっているような気がして、どうしても他の学生に声をかける勇気がでない。


 そもそもの引っ込み思案に加え、福岡特有の方言などが残っているので、それを笑われるのではないかということも、私が一歩踏み出せない理由だった。


 そして、一日一日と時間がが過ぎていくにつれ、あれだけ心を躍らせていた東京での生活、W大で過ごす時間がとても窮屈に思えて来た。



「小倉に帰りたい……」


 そう言えば、私はしばらく人と話をしていない。

スマホの連絡先には、高校時代の友人のみで、東京で知り合った人はまだいない。


 気がつくと涙が溢れてきた。

 

 こんなはずじゃなかったのに……。


 どうすればいいんだろう。友達ってどうやったら作れるんだろう。今まで当たり前に出来ていたことが出来ない。


 私は深い闇の中を行方もわからずに彷徨っているようなそんな気がした。



「明日、心理学概論Aの講座の時、隣のテーブルの端に座っている男子生徒がコンタクトを落とす。そして、君はそれを探す手伝いをすることになる」



「えっ!?」 


 確かに、今、誰かの声が聞こえた。

心理学概論Aって。明日、二限目にある科目名……。


 無意識に時計を見る。

デジタルの数字が午後十一時を表示していた。









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