第五話

 殺気のなかに寒気を纏う野生の犬を前にして、モンスターたちは動けなかった。

 長身の男で頭頂部は黒髪なのだが、毛先にかけて徐々に色素が抜けて銀髪に。それでいて剛毛かつ硬毛の髪質からウルフカットが獲物を目の前にして、興奮して毛を逆立てしているように思えてしまう迫力。

 なのだが、

 顔立ちは中性的であり、見る角度からは一見、美しい女性の風情があった。

 その右手に握られている日本刀のきっさきから、露が滴る。それが地面に、一滴、一滴、吸い込まれいくにつれ、野犬の周辺の温度を徐々に下げていく。


"村雨丸むらさめまる"の力は行使できるな」


 と、

 呟きながら牡丹色の瞳が地面を見つめる。


 殺気からくる寒気でもなく、自然現象からの寒気でもなく、人為的現象による寒気だった。

 握られている日本刀、村雨丸の異質な力を含んだ露が地表の水と結合することにより分子運動を鈍らせ、地表面の温度を低下させ、零度以下にしていた。

 モンスターに囲まれているのに顔色を変えことなく、かえって威圧的な殺気を放っている長身の男の足元から半径三メートル一面に、霜柱ができていた。


「あと、俺、自身の戦闘能力か」


 サク、サク、サク、という聞いているだけでアイスクリーム頭痛がしそうな霜柱を踏み鳴らしながら。野犬は餌である、モンスターに襲いかかった。

 避ける必要がないのにあえて、複雑な歩法を用いながら敏捷な動きで駆けながら、一匹目のモンスターの左懐に飛び込むなり急に時計回りに独楽のように回転し、その勢いで横薙ぎに刀を振ると、身体は綺麗に上下に切断。

 あまりにもめちゃくちゃな動きにモンスターたちが動揺しているうちに、野犬は視界に入っていた二匹目のモンスターに、しゃがみ込みながら強堅で回転足払いをしすると、身が重さなどないと言わんばかりに軽々とフワッ浮き、転倒させた。

 ――とどめを刺すかと思えば。

 それを無視して転倒させた後方に居るモンスターに、足跡が残るほど思いっきり大地を蹴飛ばし、高く飛びあげり。そのまま重力にまかせて、真っ向唐竹割りで、三匹目を左右に切断。


「なるほど、なるほどねぇー。そういう握り方をしているんだ」


 八房やつふさの口調は先生で、モンスターが生徒、という傍からどう見ても正気ではない関係。命の殺り取りの真っ最中にすることでない、常軌を逸した行動。

 他のモンスターよりも一回り大きな体躯だから持つことができている、長剣ロングソード。剣士の見様見真似みようみまね、ド素人と構えをし、凶悪な牙を剥き出していた。

 

 露骨な敵意に満ちた視線を挑発行為な手招きで返す。


 言葉は理解できていないが、ジェスチャーは理解できたみたいだった。

 他のモンスターたちは平均身長、約、一二◯センチから一四◯センチ前後と小学生の低学年ぐらいだが。徹底的に可愛らしさが、ないのだ。本来なら背格好よりも、こころもち大きなランドセルを背負って学校に元気よく、挨拶しながら登校している姿なんて――皆無。

 なぜならば、

 周囲の植物の葉や幹、土や岩などに隠蔽する擬態色、そのために体は深緑や焦げ茶。それに頭部に角が生えており、皮膚はうっすらとテカりが。あわせて、人の子どもの年齢ではありえない、アンバランスな筋肉質が心理的抵抗感を増大させる。

 さすが――――怪物。

 八房と対峙しているのは、約、一六◯センチ。ちょうど小学生の高学年にチラホラと現れ始める身長である。八房も小学校卒業するときは、あのぐらいの身長だった。が、中学校に入学して卒業するときには、一◯センチも伸び、一七◯センチになっていた。そして、高校に入学して卒業する頃には、一八◯センチに成長していた。最終的に、大学を卒業したときには、一八八センチ。

 今でも、酒に飲まれ、絡まれ。姉にあんなに小さかったのに、大きくなったね。と、頭を撫でてくる始末である。自分よりも一センチ身長が高い、だけのことはある。

 

 指の長さと手のひらのサイズが比例していないうえに、爪が異様に鋭利で長く、指にもう一本指が取り付けられているように見えるほどだった。例えるなら、鉤爪。

 手のひらで握るというよりも、指ニ本で引っ張るように握る持ち方をしていた。右手は人の手の指でいうところの人差し指と中指で柄を握り込みながら手のひらに握り込んでいきながら、折りたたんだ薬指の外側に柄を当てる。左手も右手同様の握り方をしているのだが。しっかりと左手の折りたたんだ薬指に柄頭を引っ掛けるという工夫された握り方をしていた。

 手のひらと指の長さを認識し、道具を効率よく使うという経験知識を共有する知的集団らしい。


 金属同士が衝突し、耳障りな甲高い音色が大気を震わせる。

 小学低学年の体躯でも普通の一般男性よりも身体能力は高い、明らかに人間の肉体的構造を凌駕していることを証明していた。それを証明させたのが、八房だった。

 柄を両手でしっかりと握っている日本刀で斬撃を受け止めている八房。モンスターとの体格は、大人と子どもだが――膂力は互角。


「ギィ」


 横長な口から漏れ出る小さな勝利の喜び。

 モンスターは自分よりも遥かに背格好で劣っている、が。力比べでは均衡を保っている。これは剣を交えている奇妙な男のアドバンテージである、体格差が無意味であることを示していた。

 だからこそ、剣が激突した瞬間にモンスターは心のなかで雄叫びをあげた。それが、という小さな言葉となって自然に飛び出したのであった。


 愉しそうに剣を交える八房と、反対に、モンスターは呼吸を荒げ苦しそうにしていた。

 剣を交えるたびに速度がじわじわと加速し、反応が遅れ始めてきていた。あわせ、八房が繰り出す斬撃は速度に比例して重みを増し、剣を握っている握力を奪っていく。

 最初は互角と思っていたが、数える程度、剣が重なっただけで劣勢へ。以前、変わりなく八房は息切れ一つ乱れることもなくリズミカルに、打ち込んでいた。

 防戦一方になっていくモンスターは、一旦距離を取るために鍔迫り合いを仕掛けた。

 八房の刀を長剣で押し込む、おのずと八房は押し返した。器用にその力を利用し、大きく後方にバックステップし間合いを遠ざけた。八房も鍔迫り合いを仕掛けてきたときから、このモンスターが自分と距離を取りたいと読めていた。

 すかさず、間合いを詰めた瞬間――縦回転しながら長剣が、顔目掛けて飛んできた。


「やるぅー」


 刀で長剣を弾き飛ばす――眼前に居たモンスターは消えていた。

 いや、

 違った!

 剣を投げ、死角にし。八房の懐に入り込んでいた。

 黒ずむ鋭利な鉤爪が首へ……、

 と…………。


 転がっていた一つの頭部が。


「残念。爪での攻撃が君だけの専売特許じゃーぁー、ないだな。こ・れ・が」

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