第11話 だから殺す

「そんなの信じられるかよ。証拠出せよ。嘘なんだろ?早く他の奴らの特権も言えよ。殺すぞ」


柿原は明知が『特権把握』という知念の発言を嘘だと決めつけている。

だが、阿々津は違った。自分たちは明知にいいように使われていたのだと気が付いた。


「前に、明知君が・・・協力者は部屋にくるようにってロビーで言ってたでしょ・・・。その夜に私は明知君のところに行ったの。死にたくなかったから。不安だったから。そこで色々指示をもらって・・・・。」


柿原もそのことは覚えていた。阿々津が知念と接触している人物は確認できなかったと言っていたが、それは知念と協力してからの話、それより前に明知と接触し、メモでやりとりをしていたのだとしたら、今の説明に矛盾はない。

柿原も徐々に気づき始めた。


明知ははじめからこうなることをねらっていたのだ。自分の手を汚さずに岡部を殺すこと。

明知が『特権把握』だとしたら阿々津が感じた違和感にも色々説明がつく。


まず臆病な知念が1日目の特権確認後の集まりに参加できたこと。

ナイフを所持した者がいるとなれば身の危険を感じ、部屋に籠るのが普通でないかという違和感。知念はただナイフを与えられた者がいることを知らなかったから集まったのか。

明知ならばナイフを所持する人がいようと、初日での殺し合いはまずないと冷静に考えることが出来たから、初日の集まりに参加できたのではないだろうか。


他にも平木の死が発覚した後、岡部以外の全員で平木の部屋に籠ったが、その後部屋を最初に出たのは明知だった。あの行為はあまりにリスキーだった。「部屋でしか使えない拳銃とかだろうから大丈夫だ」と明知は言っていたが、そんな保証はどこにもなかった。岡部の特権が何ら制限のない拳銃の可能性があった中、よく最初に部屋を出られるなと思ったものだ。しかしそれも最初から岡部の特権について知っていたからなのではないか。自分が殺されることはないとわかっていたうえでの演技だったのか。


それに一番疑わしかったのは知念自身だ。あれほど怯えているだけだった女がこうも人を殺すための策を練ることができるだろうかという考えだ。策を語るときの知念と殺害を実行しているときの知念とではまるで別人だった。何を言うか、どう行動するかそれを予め指示していた人物がいるというのはとても納得がいく。


明知とグルだったのだ。そう考えると次々と思い当たる節が出てくる。

部屋の入れ替えを高梨が提案した際も、知念は明知の返事に注目している様子だった。知念は明知の返事に合わせるかのように返事をしていた。

こんな小さな事さえも、明知と知念がグルであることにより真実味をもたらすのだった。




自分が明知にいいように使われていたことに気づいた阿々津は黙るしかなかった。

その様子を見た柿原も知念が言うことが事実なのだと認識せざるをえなかった。


「じゃあ、お前の特権はなんだったんだよ。」


柿原が知念に尋ねる。答える義理はないが、命がかかっている状況なので知念もそれを拒まない。


「私の本当の特権は『犯人特定』・・・。人が殺され時、その人が誰に殺されたかを知ることが出来るらしくて・・・阿々津さんの話を聞く限り、多分同じように犯人の名前が書かれた紙とかが鉄格子から投函されるんだと思うけど。」


知念のこの説明はおかしい。阿々津は聞き逃さない。


「らしい、って何?あんたの特権が本当ならあんた既に受け取ってるはずでしょ?平木が殺されたんだから。その犯人を知ってるんでしょ?」


「それが、いまだにわかんないの。だから焦ったんじゃん。どうして平木君が死んだのに私は犯人がわからないの?そう思って。私の特権はちゃんと機能しないんだって。だから誰でもいいから協力してほしくて。明知君と協力することに決めたの。」


「つくならもっとマシな嘘をつけよ。」


柿原は呆れていた。阿々津がコピーに成功している以上、外部の者による不手際はあり得ない。もちろん平木が自殺の場合なんかは犯人の通達が来なくて当然だろうが、自殺したとは考えられない。


しかしどうしても阿々津には、この発言が嘘だとは思わなかった。

柿原の言う通り、つくならもっとマシな嘘をつくだろうし、明知に関する暴露はおそらく真実であるため、命の危機を感じている知念は嘘をつく余裕すらないのではないかという気がするのだ。


「多分、本当だと思う。なんで平木の時の犯人がわからないのかはわからないけどね。」


「本当に信じるのか?そんな話を・・・」


阿々津の発言に柿原が耳を疑う。


すると、阿々津が手に持っていたナイフで知念の喉元を思い切り切った。

声を出せなくした後で、阿々津は知念が暴れないよう馬乗りになり、今度はそのナイフを柿原に渡そうとした。


柿原は理解できなかった。知念も理解できなかった。


阿々津は淡々と柿原に告げる。


「このままこの子を生かしておくと、私たちが犯人だって書かれた紙をこの子が入手する。その紙をこの子が特権の説明書とともに暴露したら、私たちが犯人ってバレるよ。だから殺す必要がある。」



「いやっ、そうかもしれねーけど、平木のときの犯人を知れてないってことは俺たちだって知られるとは限らない!それにきっとその犯人のリストには知念の名前だって載る。わざわざ自分の首を絞める暴露はしない!」


「そんなのどうとでもなるでしょ。自分の名前のところを破いてから元々の紙を破いて最初からこんな感じだったとか言えば信じるしかない。印刷された文字だったら外部が用意したってことの証明になるしね。それにそもそも明知は知念から特権の説明書ごと奪い取って犯人の名前が書かれたリストごと暴露。私たち3人を公開処刑するのが目的なんじゃない。美奈ってやっぱ馬鹿だし、騙されて渡しそうだから。」


「明知がそんなことする理由はなんだよ。」


「言ってたじゃない。自分は生き残るべき人間だって。死人がいっぱい出れば、早く帰れるようになるんだし、それだけ生き残る可能性が高くなる。」


柿原が言葉に悩んでいると、阿々津は再度ナイフを柿原の手に押し付けた。


「とどめはあんたが差してよ。」


卑怯な女だ、ここまで来たらもう殺すしかない。柿原は知念の体に何度もナイフを差し込んだ。知念が岡部にした光景を思い出して。同じように何度も何度も。


知念は何故自分が死を目の前にしているかが分からなかった。


――知念美奈は罪人だ。

田舎にある小さな学校にて、この女には思いを寄せる男子生徒Aがいた。話しかける度胸もない知念は彼の存在をただ横目で見るしかなかった。知念にはそれで十分だった。

しかし最近、その男子Aがとある女子生徒Bと頻繁に話していることが度々観測された。

勉強も運動もできるその女B、知念にとっては憧れだった女B。彼女は自分が思いを寄せる男子までもっていくのか。彼女に対する憧れはすぐに身勝手な嫉妬心へと変わっていく。


はじまりは些細なことだった。知念は誰よりも早く登校し「Aと話すことをやめろ」といった趣旨の手紙を匿名で下駄箱に入れた。何も変わらないとは分かっていた知念、直接伝える度胸があるはずもない知念がとった陰湿な手段。しかしその日の女Bの様子は普段と異なっていた。周りの目を気にしている様子が目に見えてわかる。男Aから話しかけられた時も周囲を見渡してから話し始めた。しかし、その会話時間はいつもより短い気がした。

知念は自分の行動が他人の行動を変えることに喜びを感じた。いじめを受けていた期間が長かった知念は今まで生きてきた中で、知念は周りに合わせるか、主張をしても蔑ろにされるだけだった。そんな自分がまるで人を操っているようだ。自分が思っているよりも、自分は他人の人生を変えることが出来る。


知念はそれから誰より早く投稿しては、女Bの下駄箱に怪文書と女Bが前日に男Aと話した回数を記録したメモ用紙を入れるということを習慣としていた。

しかし女Bも慣れてくると動じないようになってきた。知念にとってそれは面白くない。

もっと怯えさせてやろうと、徐々にエスカレートしていくのだった。

怪文書の次は壊された女Bの私物、カッターの芯などなど知念が考えつく様々な嫌がらせを行った。


そんなある日、学年集会で女Bに対する嫌がらせの話がされた。

知念は既に感覚が麻痺していたので、自分の行いが大事になるなんてことをすっかり考えていなかった。

しかしこれでもう派手に動くことは出来ない。この時の知念には余計なことをしてくれたものだという逆恨みの感情しかなかった。


知念からの嫌がらせもなくなり以前と同じように、いや以前よりむしろ沢山女Bは男A

と話している。今回の件を女Bが男Aに相談でもしたのか。より仲を深めせてしまったのかもしれない。このままではまずい。最後に一つだけ大きな報復をしようと知念は考えた。



知念は女Bの本名をニックネームに設定し、女Bの写真をプロフィール画像として使い、ネット上のコミュニティに参加した。すぐに頭のおかしそうな男を見つけては口説き、自分に惚れさせるよう振舞った。男はなんともちょろく、あっさり会う約束に成功した。指定の時間、指定の場所で会いたいと連絡した。それは女Bの帰宅時間・帰宅経路だ。知念は以前に女Bを追尾し、帰宅経路を把握している。できるだけ人通りの少ない道を指定した。道端で会おうなんておかしな話だが、男はそんなことに何も思わない。


約束の日、約束の場所で待機していた男は本当にやってきた女Bに声をかける。


「や、やあ。えっと、どっか行く?」


意味がわからずに女は無視をして男の前を通り過ぎる。関わらない方が賢明だ。

しかし、勢いよく肩をつかまれて体を引っ張られる。


「ねえ!?それどういうこと?誘ってきたくせに。実際会ってみて僕が不細工だからそういう態度なの?君まで僕を馬鹿にするの?」


男はそれでもきょとんとした様子の女を殴り、傍に停めてある運転してきた車に引きずれこむ。


「き、君みたいな女の子にはお仕置きが必要みたいだねえ・・・」


そんな気持ち悪い台詞を吐きながら、男はズボンを下ろし、女に襲い掛かる。


必死に抵抗する女も男の暴力の前になす術がない。


気持ち悪い男の気持ち悪い視線、気持ち悪い息遣い、気持ち悪い舌の動き、気持ち悪い手の動き、気持ち悪い腰の動き。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


なぜ、自分がこんな目に遭っているのか。


女が車に連れ込まれていくのを遠くから見ていた知念は車内の出来事を想像し、達成感を覚えるのみであった。



――死ぬ前には走馬灯というものを見るらしい。

最期を迎える知念に様々な記憶が蘇る。

昔訪れた場所、昔好きだったもの。好きだった男のこと。そして自分が犯した罪。

事件後の女のことを知念は知らない。知念にはこの施設で目覚める前の記憶でそこで止まっている。ただ自分の行動でその女の人生が今後大きく変わるだろうと思うと嬉しかった。

最後に、一番嬉しかった経験の記憶が蘇る。同じ学校にいた勉強も運動もできる憧れの女の子。長かった自分へのいじめを解決してくれた女の子。もう顔も名前も思い出せはしないけれど。

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