第10話 殺されたくなかったら

知念が了承すると阿々津は質問をはじめた。


「まず、美奈と私だけじゃ部屋に籠っている岡部は殺せない。そこはどうするの?」


答えにくい質問だと困るところだったが、その質問に対しては自信をもって答えることのできる知念。


「実はもう一人、協力してくれる人がいてその人の特権は『マスターキー』、個室の開閉が自由にできちゃうの。だから阿々津さんの特権さえあればもう完璧ってわけ。誰が『マスターキー』なのかは、阿々津さんが協力してくれるってなったら教えるね。」


「なるほど、そういうこと。私の『コピー』で殺傷性のある特権をコピーさせようってことね。でもなんで直接その殺傷性のある特権の持ち主のところへ行かないの?」


「その人はとても協力してくれるとは思えないからね、他の人のとこにも行ったけど、断られもしたし。」


「美奈、なんかすごい変わったね。そんなに行動力あるタイプだったんだ。」


阿々津はもうこれ以上質問もないようなので、知念に協力することを決めた。

すると知念が『マスターキー』は柿原の特権であると伝え、知念と阿々津は時間をずらして柿原の部屋に入った。


3人が集まると実行に向けた話し合いが始まった。


自分が人を殺すための話し合いに参加するなんて、そんなことを予想していた者は3人の中にいなかったであろう。



「阿々津が殺傷性のある特権をコピーして俺の『マスターキー』で岡部の部屋に侵入。3人がかりなら岡部の動きも抑えられるし、周りに聞かれることもないだろうな。夜中に決行すれば、まずバレない。『マスターキー』なんて想像の範疇にないだろうから、部屋を出るときに鍵をしめちまえば、それはもう自殺にしか見えないってわけだ。」


3人は部屋に入ってからの動きの話を進めていく。しかし阿々津はまだ肝心な話を知念に聞いていなかったので、知念に尋ねる。


「結局さ、私は誰のどんな特権をコピーすればいいの?」


やっと聞いてくれたかと知念は笑みをこぼす。


「あなたには飯島の特権をコピーしてもらう。」


なるほど、確かに飯島には協力を要請しにくい。だから『コピー』の私のところに来たのか。阿々津は納得をすると、どんな特権なのかを尋ねた。柿原もまだ聞かされていないので緊張して知念の答えを期待する。


「飯島の特権はね、すごいシンプル。『ナイフ』だったの。それをコピーしてね。」


単純だ、殺傷性のある武器だ。

思い返してみると初日、飯島だけは特権を確認した後の集まりに来なかった。

自分の特権がナイフであるならば、確かに他の人間の特権も危険な武器だと考え、集まりに参加することを過剰に恐れるというのも納得できる。

「飯島の特権は危険だ」という初日に言われていたことが事実だと判明し、阿々津は身震いした。

しかし阿々津は一つ気になった。知念は『特権把握』で、初日から全員の特権を知っていたことになる。飯島はナイフを持っている、明らかに殺し合いを助長する特権が配布されている、それがわかっていたのに初日の集合に参加できたのか。今でこそ死にたくないという焦りからか、人が変わったような知念だが、初日の知念はとても怯えていた。どうして知念は部屋に籠らなかったのか。『マスターキー』があるなら籠っても無駄だと判断したのだろうか、それほど賢そうな印象を持っていなかったが、今こうして殺害計画を実現させようとする知力と行動力も持ち合わせている。自分には人を見る目がないのだな、と思った。


コピーした特権がどのように配布されるのかは、金庫に入っている特権の説明書に記載がなかったので、阿々津に飯島の特権が付与されてからもう一度話し合いをしようということで、その場はお開きとなった。


この日の夜に、玉井の暴露によって知念は周りからの信頼を失うわけだが、知念はすでに岡部殺害に向けたグループは結成済みだったのだ。


日が変わるころ、阿々津は自室のカメラに向かい、「飯島」の『ナイフ』をコピーすると伝えた。どう配布されるのかはわからないため、とにかく目立たない配布方法を期待し、眠りについた。



11日目腕時計の示す数字が506の日の朝、阿々津が目を覚ます。物の少ない部屋だ、何か見覚えのない物体があると、それはすぐに目につく。鉄格子から差し込む日光を反射するその物体は特に存在感があった。

近くに行かなくてもわかった。あれはナイフだ。コピーに成功したのだ。

なぜナイフが部屋の中にあるのか、考えられる手段は一つしかない。鉄格子の向こうから外部の手によって放り投げられたのだろう。梯子か何かを使ったのか、ドローンのようなものが使われたのか、それはわかるはずもなかったが、外部の人間が関与したことは間違いない。阿々津は自分たちが監視されているということを改めて認識した。まるで世界に自分たちしかいないような感覚、夢のような非現実感。それを許さないかのような外部からの接触。確かに私たちはここにいるぞ、そんなメッセージに思えた。感覚が麻痺していたが、改めてどうして自分はこんな理不尽な目に遭っているのかと絶望した。死ぬべき人間はもっと他にたくさんいる。かわいそうな私は絶対に生きるべき人間なんだ。



時間が経ち落ち着いたころ、阿々津はひっそりと知念と柿原の個室を訪れ『コピー』の成功を報告し、12日目がはじまる、腕時計の示す数字が505となる時間から数時間後、知念の部屋で集まるという話になった。



約束した頃合いになり、3人は知念の部屋に集まった。

今から本当に人を殺すのだ。それにきっと殺害は成功する。

今更恐れることはないと思ってはいたはずだが、直前になるとやはり躊躇してしまう。

頭を抱え、泣きそうになりながら身を震えさせている知念の姿、これまでの知念はなんだったのか、どっちが本当の彼女なのか。しかし今は阿々津も柿原もそんなことを気にする余裕はなかった。殺害を正当化して自分に言い聞かせることに必死だ。

もしこれが1人での殺害だとすれば、全員踏みとどまったことだろう。やっぱり殺したくない、それが全員の本音だった。しかし集団心理とは恐ろしいかな、誰も言い出せなかった。

ここは男の自分が行かなくてはという無意味なプライドが柿原を動かした。


「それじゃあ、行くぞ。」


そう言って部屋を出ようとする柿原に、知念と阿々津は着いていくしかなかった。


もう、考えたらダメだと。考えてしまっては決心が鈍ると。

柿原は急ぎ足で岡部の部屋に向かう。

部屋の前に着く。

自身のマスターキーで開錠する。

開錠を終えた頃、知念と阿々津も追いつく。


何も知らない眠った岡部に柿原は勢いよく近づく。

岡部の体を起こし、後ろに回り首を絞め、口を塞ぐ。

この時知念と阿々津はまだ少し躊躇っていた。

柿原は早くしろという殺意に満ちた眼差しを向ける。

阿々津はナイフをつかんだまま、柿原が固定している岡部に突っ込む。

阿々津は知っていた。人肉を刺す、この感覚。

大量の出血に怯え、柿原は思わず岡部の体から離れてしまう。

阿々津は知っていた。刺してもすぐには死なないことを。

叫ばれるとまずい。阿々津は急いで、柿原から離れた岡部の喉元をナイフでかき切る。

これでもう声は出せない。血の溢れる音だけがある。命が零れていく音。

岡部はベッドの上で倒れ込む。ベッドのシーツはもともと何色だっただろう。

もう放っておいてもこの女は死ぬ。ただ、このままでいいのか。

阿々津は腹が立った。この計画を立案し、予定では柿原と2人で体を抑える予定だった知念が何もしていない。この期に及んで自分だけは汚れずにいるつもりか。柿原も同様に知念を恨んでいた。阿々津は血まみれのナイフを扉の前で失禁する知念に投げつける。とどめをさせというメッセージ。

出来るわけがない、出来るわけがない。だが、ここでとどめをささなければ今2人に殺される。ナイフを持った知念にそう思わせるほどの凄みが今の阿々津と柿原にはあった。

勢いに任せるしかない。岡部の元に勢いよく近づき、岡部の体に突き刺す。突き刺す。突き刺す。知念は泣きながら何度も何度も突き刺した。もう動きもしないのに。



腕時計の示す数字が253であることに気が付くと、阿々津は黙ってナイフを抜き、岡部の部屋を出た。

お前も早くいけよと柿原に促され知念も部屋を出る。

最後に部屋を出た柿原は鍵をかけ、これで計画は終了した。


自室に帰った阿々津はナイフを必死に洗い、知念は必死に何かをメモし、柿原は全てを忘れたくて自慰行為に勤しんだ。


その後、朝方になり岡部の死が周知の事実となるのだった。



―――作戦は完璧だと思っていたが、まさか他殺を疑う者が現れるとは。

高梨がマスターキーを思いつくのには何か理由があると思った。

高梨の特権がわかればヒントになるかもしれないと思った。もう同じ共犯者だ、協力するしかない。阿々津は当然、知念は高梨の特権を暴露するはずだと思っていた。


「計画に必要な人の特権はもう喋ったし、それ以外の人の特権は言わないわよ。」


知念の返答は期待を大きく裏切るものだった。


「今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。もし俺らが犯人ってバレたりしたらおしまいなんだぞ?偶然なら偶然でいい、だが高梨の特権次第でそれが偶然じゃねえ可能性だってあんだろうが、いいから早く言え!」


柿原と阿々津は岡部殺害の実行の時以来、知念に対して鬱憤がたまっている。


「言わないんだったら阿々津のナイフでてめえを岡部と同じ目に合わせてもいいんだぞ」


柿原はこんなことを言い出す始末。ハッタリとはいえ、発想が常人ではない。殺人に加担したことで大きく崩壊したようだ。

柿原の発言で岡部の死に際の姿を思い出してしまった知念は口を震えさせる。今にでも泣きわめきそうだ。騒がれては困る。こうして仲違いをしているはずの柿原と阿々津が同じ部屋にいるというおかしな状況を見られたら困る。柿原は急いで知念の方に近づき体を抑え、口を塞いだ。殺すつもりでとった行動ではなかったが、柿原は自分が今阿々津と協力すればこのまま知念を殺せる状況にあると気が付いた。柿原は悪魔になった。この状況を利用してやろうと考えた。


「知念、このまま殺されたくなかったらお前の知ってる情報全部言え、いいか」


知念にとってこれがハッタリに聞こえるわけがなかった。殺人の共犯者でいざというときに人を殺せる人間だと知っている。それもこの状況は岡部のときとそっくりだ。

知念は首を激しく縦に振り、すべて話すことを誓う。

阿々津は流れを察し、携帯しているナイフを知念の首元にあてる。

少しでも騒いだり、情報をなにも言わなかった場合は殺す。そんなメッセージ。


知念が話せる状態になったことを確認すると、柿原は口から手を離す。

果たして知念は何を喋ってくれるのかと柿原と阿々津は期待した。したのだが、


「私、高梨君の特権は言えない!本当は皆の特権なんてしらないから!私が『特権把握』

なんて嘘だから!」


予想外の答えだった。


「嘘つくんじゃねえ!」


柿原はそう言い知念を殴る。思わず大きめの声を出してしまった。聞かれていないだろうか、阿々津は少し不安になり、こんな馬鹿と協力しているなんてと呆れてしまった。

馬鹿というのは柿原だけでなく知念もだ。あからさまな嘘。特権を正確に言い当てていたのに、その主張は信じられるはずがない。


柿原じゃ話にならないので、阿々津が知念に問い詰める。


「あんたが『特権把握』じゃないならなんで私たちの特権を言い当てることが出来たの?他の人から聞いたとでもいうの?」


知念は返事をためらった後小さく頷いた。


「そんな訳ないでしょ。仮にそうだとしても、そいつがあんたに私たちの特権を教えるメリットがない。それに私たちは一緒にいる時間が多かった。あんたが誰かと協力している様子もなかった。私は正直あんたのこと疑ってたから、部屋の出入りとかを隠れて観察することもあったけど、私が見た限りでは他の人の部屋に出入りする様子なんてなかった。」


阿々津は知念が『特権把握』でない可能性も考えてはいた。知念が本当の『特権把握』の人物と組んでおり、自分たちをハメようとしているのではないかと。しかしそんな人物は確認できなかったし、何しろ計画は無事に成功している。知念に協力者がいるはずもない。

だが、知念は反論する。


「それは・・・その人とはメモで連絡してたから。部屋にあったメモ帳を予め決めてた隠し場所に置いて・・・。そうすれば直接会わずに報告が出来るから。」


確かに知念の言うとおりだった。阿々津は反論の隙を与える主張をしたことが悔しかった。

でも、仮にそうだとしてもやはりメリットがない。自分たちに岡部を殺させるメリットが。

いや、そんなことはない。岡部を殺すメリットは、ある。阿々津は気が付いた。


「めんどくせえな、てめえが『特権把握』じゃないなら誰がおめぇに教えたんだよ?」


柿原は尋ねる。答えないなら殺す、そんな眼差しで。

知念は躊躇したが、保身のために言わざるを得なかった。


知念が口にした人物の名前は阿々津の予想通りだった。


岡部を殺すメリットがその人物にはあった。

自分の手を汚さず、岡部を殺すことがその人物の目的。


岡部を殺したい、そう公言していた人物がいたことを思い出した。



「私に2人の特権を教えてくれたのは・・・明知君だよ。」





13日目に入って数時間経った深夜2時ごろ。

この暴露がきっかけで、この夜は怒涛の死の連鎖を迎える長い夜となる。


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