第24話 開門と探索者

「んー。起きませんね」

「待つしかねえよ」


 シスは地面に寝そべったままのファティを見ながらそう言った。

 彼女はその薄い胸を浅く何度も上下に動かしながら、目を瞑っている。


 生きてはいる。

 生きてはいるが、目を覚まさない。


「起きますかね」

「起きなかったら……。まぁ、その時はその時だよ」

「あっ! 私、1つ良い提案があるんですけど!」

「どうせろくなものじゃねえだろ。聞いといてやるけどよ」

「ほら、昔から解呪には王子様のキスがいるって言われてるじゃないですか」

「そうだな」

「マスターのキスで目覚めるかも知れませんよ!」

「魔法の欠片もねえな」


 シスがそういうと、ファティがゆっくりと目を見開いた。


「わっ! マスター! ファティさんが目を覚ましたよ!!」

「分かった。今行く」


 ファティが身体を起こすと、自分の体だと思えないほどに驚くほどに重かった。

 地面には黒い外套が被せられており、それがシスの外套であるということを、ファティはゆっくりと時間をかけて理解した。


「大丈夫か? 身体は、なんともないか?」

「……不思議な、夢を見たんです」


 シスに問いかけられて、アイリはぽつりと漏らした。


「夢?」

「お父さんと、お母さんがいて……変な場所だったんです。でも、どれだけ呼んでも2人は来てくれなくて、ずっと遠ざかって」

「……そうか」

「そ、そこに1人だってことがすごく悲しくて、泣いてたらお師匠とアイリ先輩が来てくれたんです。それで、気がついたら、ここに……」

「お前は戻ってきたんだ、ファティ」

「……これで、強くなれますか?」

「とりあえず、立てるか?」


 その問いには答えず、シスはファティに手を差し出した。

 ファティはシスに差し出された手をぎゅっと握りしめると、ゆっくりと立ち上がった。そして、自らの胸に手を当てた。傷は既になくなっていた。


「ファティ。落ち着いて、深呼吸をしてみろ」

「……はい」


 シスの指示に従うように「すぅ、はぁ」とファティは深呼吸を繰り返す。

 すると、ふと身体の中央が熱くなってきた。


「ヘソの下のあたりが熱くなってくるだろ。それが、魔力の溜まる感覚だ」

「これが、魔力の……」

「レッスン3だ、ファティ。《熱の感覚を忘れるな》」

「熱の感覚を……」


 ファティはヘソの下を触りながら、ぽつりと漏らした。


「魔法についてだが、授業はまた明日からにしよう。今日はもう疲れただろう。帰ろう」


 シスはそこまで言って、ファティの深呼吸を止めると上層に帰るように促した。ファティの《門》はまだ開いたばかりであり、まずは魔力を感じたままの生活にならすことが大切なのだ。


 ファティもそれを聞いて、こくりと頷いた。


「は、はい! それで、あの……」


 そして、ゆっくりと周囲を見ながら彼女は尋ねた。


「これ……。どんな状況ですか?」


 ファティは最初、自分がどこにいるのか分からなかったのも不思議ではない。見慣れたEランクダンジョンにいたはずなのに、気がついたら天井が見えないほど巨大な吹き抜け。


 そして、半径数百メートルはあるような大きな円柱状の部屋の中心には、絵でしか見たことのないような巨大なドラゴンの首から下だけが転がっている。


「まぁ、ちょっとごたついただけだ。上がろう」

「は、はい……。お師匠がそういうなら……」


 ファティはその状況を「ちょっと」と言えるシスにかなりの驚きとちょっとの引きを混ぜた感情で眺めていた。


「ファティ。熱を意識しているか?」

「は、はい!」

「なんかえっちですねー!」

「お前の頭の中ってそれしかないの?」


 アイリにつっこみながら、シスたちはダンジョンへの入り口へと戻るゲートをくぐった。ふわりとした浮遊感と共に、彼らがダンジョンの入り口に戻った瞬間、ダンジョンがぐにゃりと曲がると地面に吸い込まれるとして飲み込まれていった。


「えっ? えっ!? ダンジョンが消えちゃいましたよ!?」

「ダンジョンの核を外に持ち出したからな」


 そう言ってシスがマジックポーチの底から取り出したのは、ぱっと目を離せば空気に消えてしまうほどに澄んだ結晶体。


「だ、ダンジョンの核ですか……」

「そう。こいつがあるからダンジョンは動いてる。逆に言えば、これをダンジョンから取ってしまえば、ダンジョンは跡形もなく消えるんだ」

「はぇ……」

「んで、こいつはなかなか取れないから、それなりに高く売れるんだ。ファティのお祝いも兼ねてぱーっと行こうぜ」


 シスはそう言いながらダンジョンの跡地を後にした。


「んで、ファティ。なんか食べたいものあるか?」

「た、食べたいもの……ですか」

「なんでも良いぜ。今日はお祝いだからな」


 シスがそういうとアイリがこくりと頷いた。


「ええ、そうですとも! ファティさんが生き返ったお祝いですよ! ファティさんが食べたいものを選ぶのが一番でしょう!」

「ほ、本当に……良いんですか……?」

「ああ。遠慮なんてすんなよ」

「じゃ、じゃあ……その……」


 ファティはゆっくりと屋台を指差した。


「あれ。食べてみたいです」

「ん? ああ、豚肉をパンに挟んだやつか」

「あれ美味しいですもんね!」

「でも、あんなんで良いのか?」


 シスの問いかけにファティはこくりと頷いた。


「はー! 分かります。分かりますよ、ファティさん」


 そして、なぜか急にアイリがしたり顔でうなずき始めた。


「私たちみたいな美少女は、ああいうジャンクな食べ物を食べないと思われてますし、実際に食べていたら引かれちゃいますもんね。『え、あの子。あんなに可愛いのにあんなもの食べてるんだ……。引くわ……』って言われちゃいますもんね!」

「それはお前の食べ方が汚いからだろ」

「なんでですか! 私の食事マナーは完璧ですよ! 綺麗に食べてます! マスターが使えないお箸だって使えるんですからね!!」

「……そういや、そうだったな」

「ホムンクルスに不可能はないんですから!」

「はいはい」

 

 シスはふらりと屋台に寄ると、3人分買って手渡した。

 それをファティはおずおずと受け取ると、口に運んだ。


「い、いただきます……」


 豚肉を焼いて、塩を振ってパンに挟んだだけというシンプルな食べ物だが、その分味は保証されている。ファティはすぐに花が咲いたような笑顔になった。


「美味しいです!」

「なら、良かった」


 シスの顔も思わず微笑んでしまう。


「マスター。私へのご褒美はいつになるんですか?」

「ん? 何だっけ。アイリの食べたいものなんてあったか?」

「違いますよっ! 約束したでしょ! ダンジョンの底で!!」

「ああ、そういえばそんなのしたな。また、今度。気が向いたらな」

「あー! ほら、そうやってマスターは女心をもてあそぶんですから! マスターのクズ! 変態!!」


 アイリが大声でにぎやかに騒ぐ。

 それに慣れてきたのかファティが思わず笑う。


 上手く行っている、とシスは思った。


 ファティが弟子になると言った時、どうせすぐに逃げ出すと思った。だが、その覚悟を誰よりも見誤っていたのはシスだった。彼女は自分の人生を受け入れ、その中で最善を選択肢し、最良の努力を繰り返した。


 そして、最も懸念していた《門》すらも開いてしまった。


 これが、上手く行っていると言わずしてなんと言うのだ。

 だからこそ、思わず上機嫌になってしまい頬も緩んで、


「良い顔していますね。“鏡櫃”」


 ふと、そう話しかけられてシスは自分の口角が上がっているということに気がついた。前を見ると、そこには紫紺の和服を着込んだ黒髪黒目の男。


「まるで、今までずっと重くのしかかっていた仕事を無事に片付けたような顔ですね。良い顔です」

「……《人斬り》」

「お久しぶりです。探しましたよ、“鏡櫃”」


 シスの手がファティを抑えて、後ろに下がらせる。

 それを見もせず、アイリが一歩前に出た。


「では、その娘を渡していただきましょう」

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