第3話

 目が覚める。窓から射し込む太陽光を遮光カーテンがフィルターして、温度だけが私の顔に掛かっている。部屋は散らかっている。昨晩は自分の部屋で寝た。ここのところリビングのソファか羽佐間の部屋で寝ていたので、ここに至ってかび臭い布団がやけに懐かしくなった昨晩。立ち上がる。床に下ろした右足。そして左足。激痛。何か堅い物を踏ん付けたらしい。鳩尾の辺りからうめき声が出て、私はバランスを崩した。咄嗟に衣類の山が目についたので体を捻ってそちらに倒れ込んだ。埃が舞う室内。今日も新しい朝が来た。

 昨日の飲み会で殆どアルコールを入れなかったからか、肩が随分軽く感じる。シャワーを浴びて目を覚まし、ランニングに出、知らないおばさんが連れている小さいポメラニアンと目があって、家に帰る。またシャワーを浴びて、汗をながし、下着を替える。これでようやく新鮮な気分になる。今日の予定は相沢との稽古だけだ。最近はもう外も随分暑くなってきたのでジャケットは要らないかもしれない。私はデニムと黒いTシャツを着た。まだ朝だが、心ちゃんはもう起きているだろう。私は彼女の家に向かった。

 出てみると風が強くなっていて、むしろ涼しかった。ケヤキの葉がしきりに擦り合って啼いていた。心ちゃんからの返信は無かったが、私は彼女がそろそろ時間に慰められ飽きた頃合いだと予想していた。徒歩二十分ほどで彼女の家の前に到着し、まずは部屋の窓を見た。カーテンは開いている。私は安心した。エレベーターに乗って彼女の部屋の前に立ち、インターフォンを鳴らした。しばらく待っても彼女は出なかった。私は自分がとんでもなく馬鹿なことをしているのではないか、という気に駆られたが、もう後に引くのも馬鹿の所業に思われた。二度、三度インターフォンを鳴らし、ようやく扉の向こうに人の気配がして、それは玄関の鍵を開けた。

 心ちゃんは伏せ目がちに、化粧をしていない。ファンデーションの無い彼女の肌にはそばかすが咲いていて、髪は跳ねていた。

「昨晩はすいません」と彼女は言った。

「いや」私は彼女に謝るべきことがあると頭の中で分かっていたが、それを言えば彼女と終わる気がした。じゃあ、何を話そうかと思って頭を探ったが、何も無かったので、咄嗟に「羽佐間の名前が分かったんだ」と言った。

 彼女は心持ち私に目を向けて意外そうな顔をしたあと、「何ですか」と聞いた。

「薫だった」

「薫」

「羽佐間、薫」

「へえ……」どうやら彼女の興味を引いたらしい。

「何か、歌川の方の薫さんとの関係に裏がありそうなんだ」

「そうなんですか」彼女がまた目を伏せて、私は少し焦った。しかし、彼女は言葉を続けた。「インターネットで検索してみました?」

「してない。出るかな」

「出るかもしれませんね。この界隈の方なら。どうでしょう」

 そこで私は彼女の部屋に上がる口実を思いついた。

「パソコン借りてもいい?」

「いいですよ」心ちゃんは何でも無い風に私を部屋に招き入れた。

 玄関に入ると、左に台所、奥に部屋があり、右の方には廊下が少し続いて、トイレ、風呂場とあった。奥の部屋に入ると、ガンガンに冷房が動いていて寒かった。玄関先で出た汗がすごく冷たくなった。Tシャツに短パンの心ちゃんは寒くないのだろうか。

 彼女の部屋は向かって左のほうに拡がっていて、右はいつも私が見ているらしい窓だった。左の壁の近くに置かれた小さいテーブルの上にノートパソコンが載っていて、画面が暗かった。その隣にベッドがあり、よく片付けられている。心ちゃんは窓辺の座椅子に腰掛けて文庫本を読み出したので、私は勝手にパソコンを借りることにした。パソコンのマウスを動かすと暗い画面が明るくなる。インターネットのウィンドウが画面一杯に拡がっていた。アダルトサイトだった。私は仰天したが、少し冷静になると今更こういう趣味を恥ずかしがるような間柄でもないな、と思った。しかし、不意に右耳の横からスッと白い腕が伸びてきて、私の手からマウスを取ると右上のバツ印を押した。

「ごめんなさい」心ちゃんは顔を真っ赤にしていた。

 私は「気にしないよ」と言ったが、何故か彼女以上に顔に血が昇っている感触があった。彼女が抱いているのは私が予想しているものとは別種の羞恥のような気がする。

 彼女が隣で気まずそうに髪を弄り出したから、「ちょっと、こっちまで恥ずかしくなるじゃん。本人が恥ずかしがらないでよ」と言うと、彼女はようやく彼女らしく笑った。それで私は心底嬉しくなって、思わず口角が上がった。

 気を取り直して本来、部屋に上がり込む名目を達成しようと検索ボックスに「羽佐間 薫」と入力した。「薫」の文字まで入力したところで、予想検索が「脚本家」「作品」と早くも答えを提示してくれた。

「脚本家、だったのか」

 心ちゃんも私の右耳の横で顔を近づけて画面を見ている。鼻息が微かに耳に掛かってくすぐったい。エンターキーを押すと、彼女の名前に続いてネットの辞典の名称が青地になっていて、そこに大凡ネットで知りうる彼女の全てが書いてあった。

 羽佐間薫は東京都の生まれで、二十九歳。私が知っていた薫さんと較べ、一歳年を重ねている。都内の私立大学を出ている。東京の劇団の座付き作家を学生時代からやっていて、二十二歳の時に小説の新人賞を獲る。その後は小説を書いたり、劇団に脚本を書き下ろし、今では他の劇団からも脚本の依頼があるらしい。「著書」の項目には驚くほど多くの作品が並んでいた。だが、作品に関すること以外の私的なことに関しては殆ど何も書かれていなかった。メディアにはあまり露出をしていないらしい。

 要するに、羽佐間薫は物書きだということだ。薫さんとの関係も、西山との過去との因縁もそこからは何も分からなかった。

「作家さんかあ。すごいな……」と心ちゃんが言った。

 私は両手で顔を覆った。

「余計分からなくなった。何で私の前に現れたんだろう。薫さんと入れ替わるみたいにさ」

「単純に仲が良かったんじゃないかな。よくあるじゃないですか。違う劇団の人と仲良くなるのって」

「そうなの? 知らない」

「あるんですよ」

 それに、<アトール>で聞いた西山の黒歴史が引っかかる。羽佐間の部屋の机の引き出しにあった高そうな指輪は一体なんだろう。どうして彼女はそれを置いていったのだろうか。

 それから心ちゃんは最初のように窓辺の座椅子に座って本を読み出した。

 用事が一段落した私は探るように心ちゃんに最近観た映画や小説の話を振った。彼女は聞き流す風でもなく、適度に相づちを打った。私はこの部屋を犯すノイズを発している気がして、話が中途半端なところで何も言えなくなって、そのまま終わった。変に心臓が高鳴って、このまま終わるのかな、という思いが過ると余計心臓が跳ね出した。心ちゃんは優しいから私を拒絶することはしないが、彼女の態度に陰りがあるのは疑いようがなかった。だから、彼女が笑うと焦燥感の着地点が遠ざかる気がして安心した。

 また、冷房が動き出して部屋の空気を冷やしだす。彼女の温度は私には低すぎる。腕を組んで擦り合わせていると、机の上に置いてあった小さな卓上時計のガラスに後ろに座っている心ちゃんが映っていることに気がついた。パソコンを弄る振りをしながら、ガラスに映った彼女を観察すると、本のページはほとんど捲らず、ちらちら私の後頭部を見ていた。何か言いたいことがあるのかもしれない。しかし、しばらく待っても彼女は何も言わなかった。

 そのうちに稽古場に向かう時刻になる。私は立ち上がった。

「相沢との稽古の時間だ」

「そうなんですね」

 私は座椅子に座っている心ちゃんに寄った。

「ねえ、元気出して」と我ながら子供みたいなことを言った。

「元気ですよ」心ちゃんは軽く笑った。「あの日は、本当に悪い酔い方をしただけです」

「本当?」

 心ちゃんは本を閉じた。

「本当に」

「そっちの舞台は順調?」

「まあ、そうですね。順調です。そっちほど規模も大きくないですし」

 彼女の方が担当する舞台では、舞台に出す役者は少ないが、経験の豊富な連中を中心に出して小規模の公演を数度行う。薫さんも退団する前は、主にこっちの部隊で演っていた。一人芝居や、会話劇が主だ。

「じゃあ楽しみにしてる」

「はい」


 部屋から出ると、冷えた肌が一気に熱されたが、体の内部はしばらく冷たいままだった。去り際に部屋の窓に彼女の影を探したが、見つからなかった。

 それから私は駅まで十五分ほど掛けて歩き、バスが来る時間まで駅内の、いつも心ちゃんとの待ち合わせに使う喫茶店でカフェラテを飲み、時刻になるとバスに乗って、目的の場所に到着するとそこからさらに二十分歩いた。スマートフォンで時間を確認すると、午後二時だった。稽古場のレンタルは二時半からと聞いていたので、<スタジオくらら>の近くの喫茶店で適当に食べることにした。店の名前を確認したが、英語の筆記体のようで読めなかった。小卓に読書している若い男と四人がけの卓に談笑しているおばさん達がいる。私は前座った席が空いていたので、そこに座った。メニューを見ると、店名にふりがなが振ってあった。<フォレート>。なんとなく<アトール>に似ている。

 ミートソーススパゲティを食べ比べる気になって喋るウェイトレスに注文した。待っている間、もう習慣と化した脚本のチェックを行う。今更再発見するようなところもないのだが、こういうときにこれ以外のことをすると不安になると知っている。今の段階になると、稽古の段階で合わせたシーンがそれぞれ瞬間として頭の中で再生される。これからの稽古はこれらの瞬間を繋ぎ合わせて、空間を作り出すような作業になるのだろう。そのうちに、店内のドアベルが鳴って新たな客が顔を見せた。相沢だった。彼女は私を見つけると向かいの席に座った。

「寒くない?」

「少し寒い」

 相沢はウェイトレスにコーヒーを頼んだ。オリジナルブレンドらしい。

 それからウェイトレスが美味しそうに盛り付けられたミートソーススパゲティを持ってきた。不味くは無いが、<アトール>のぐちゃぐちゃのスパゲティほどは美味しくは無かった。世の中はままならない。

 相沢は特に何を喋るでもなく、私と同じように脚本を鞄から取り出して読み始めた。今日は深緑のカットソーに黒いスキニーパンツ。耳に金色のイヤリングを付けている。稽古場で動きやすい格好に着替えるのだろう。

 私が食べ終わるタイミングに合わせて彼女もコーヒーを飲み終えた。丁度良い時間で、私たちは<スタジオくらら>に向かった。その間も会話は無かった。今日は利用者が多いのか、<くらら>のロビーには何か、普段から体を動かしているらしい雰囲気の女性や男性が揃って座り、談笑していた。

 稽古場に入ると案の定、相沢は着替えを始めた。彼女は予想以上にスリムな体型で、動きやすそうな黒のインナーを着ていた。下腹部に疼くものがないわけではなかったが、私は彼女の方を見ないようにした。デニムを脱ごうとしたが、膝の辺りまで下ろした所でどうしても足が抜けなかった。寝転んでようやくデニムを脱ぐと、その頃には相沢はとっくに着替えを終えていて悔しかった。私は着替えが早い方なのだが。

 それから私たちは話し合って、今日は一幕から、二人が登場するシーンを通していくことにした。それにしても瞬間を繋ぎ合わせることにはならないのだが、私は彼女のカムパネルラの中に演じるべきジョバンニを探した。しかし、カムパネルラにその影はなく、先日合わせ稽古で見たようなものを再生しているような感覚にすら囚われた。私はイラついた。色々なことに関する焦燥感が一本の太い幹になって私の体の中を通ったようだった。相沢は私の演技にそういう感情を読み取ったのか、二幕の中頃から明らかに動揺しはじめた。私は三幕に入る直前の所で休憩を申し出た。相沢は了承した。

 西山や相沢、他のスタッフはこの調子で舞台稽古に進めることに抵抗は無いのだろうか。私には何か、舞台を構成する大事な要素が欠けている気がして、自分の演技はもちろん相沢の演技にも満足はできなかった。ただ、違和感の正体がここ最近私の周囲で起こっている事件や謎に対する焦りや苛立ちではないと断定できない私が居て、そのため相沢に対しても面と向かって演技の不満をぶつけることができないでいた。

 ロビーで時間を潰そうと思ったら、さっきの元気そうな連中がまだ屯していた。私は立ち止まらず<くらら>を出た。

 稽古場にいると、否応なしに鏡に映った自分が眼に入る。ふと、演技に集中しているときの自分の顔を見ると、驚くほど素直な少年の顔をしていた。ただ、その表情の中に自分の影が無かった。台詞の合間、動作の隙に私の少年を探していた。ジョバンニは居なかった。私の求めるジョバンニは存在しないのかもしれない。私のなかにも、この世界のどこにも。今は生きていない人間の中にしか居ないのかもしれない。

 私の足は近くの書店に向かっていた。<くらら>から然程離れていない、大型の書店で、ビルがまるごとそれだった。店内に入った時の誰かの視線で自分がTシャツにジャージというラフすぎる格好をしていることを思い出した。まあいい。

 二階の国内文学・作家別の棚で、「は」の行を探すと目的の本はすぐに見つかった。羽佐間の著作、「杉の歌」と「滲み」という題が本棚に二つ並んでいる。所謂純文学らしい。どうみても著者名は羽佐間薫だった。「杉の歌」を手に取る。最初のページを開いて数行読んでみた。当たり前だがプロが書いている文章だった。すごい。私は口角が上がりそうになって、本を閉じ、二冊を取ってレジへ向かった。

 稽古場に戻ると、相沢は書き込みで黒々とした脚本のページを開いていた。

「どこ行ってたの?」と彼女は尋ねた。

「本買いに行ってた」

「真面目に稽古してよ」

「私は真面目だよ」

「何が不満なの……」

 私はパイプ椅子に座った。

「不満?」

「さっきから変な感じでしょ」

 私は本屋の袋を椅子の下に置いていた鞄に入れた。その間も何を言うか考えた。

「相沢は、自分の演技に満足したことある?」

「……ない」

「私は自分のジョバンニに納得していない」

「だから最近ピリピリしてたのか……」

 それだけではないが。

「でも、それは仕方ないでしょ」相沢は私を見ている。「受け入れないと」

「何を?」

「自分の演技が下手なんだって」

 私は両肘を腿で支えて俯いた。こいつに私の一体何が分かるんだろう。

「やっぱり意識高いな、相沢」

「高くないって。やめてよそれ」

「高いんだよ!」

 思いがけず、稽古場に通る程の声量になった。私は怒っているのかもしれない。

 相沢は目を見開いて私を見ている。長い睫毛が震えている。彼女は今何を考えているのだろうか。

「何が良い舞台にしましょう、だ」私の口からは思ってもないような言葉が出ていた。「母親が観に来るって、なんだ? ガキみたいなこと言って」

 言いながら、私の演技を観に来る人間は一体誰なのだろうと考えた。答えは出なかった。そして帰るところは「私は何故演技をするのか」という単純明快で、今までに何度も何度も反芻しきった役者の疑問だった。

 相沢は、「意識が高いのはそっちだよ」と台詞を捨てた。言葉は震えていた。後から冷静になって考えると、この言葉は全く的を射ていた。

 それから私たちはお互い何を言うでもなく台詞を交わし合った。演技は無く、無駄な時間を過ごした。いっそ、演出家にするように思いっきり反発してくれればこちらとしても楽に受けたのだが、相沢は役者の領分を際どいところで遵守していた。そうすると、私の怒りの行く先が無くなり自分の中でそれが反響して、自分が嫌いになった。台詞を読みながら、私は相沢のくせに、相沢のくせにと彼女を呪った。それで出てくるのは滲む程度の涙だった。

 演技が下手だと?

 黙れ。私はジョバンニだ。誰がなんと言おうと。

 ……。

 翌日からは連日劇団の合わせ稽古が入る。相沢との個人的な稽古は今日が最後だろう。だが、空気は修復されないまま相沢と別れた。

 帰りのバスの仲では羽佐間の小説を読んで過ごした。「杉の歌」。名前が同じ二人の女の話らしい。普段はミステリやSFを好むので、純文学のそれらは本棚の肥やし(というよりは部屋の腐葉土)になるだろうか、と心配したが杞憂だった。ページを少し捲るつもりだったが、初めに目にした一文に引き込まれて、それから数行読み、二ページ読んだところで最初のページに戻ってきちんと読み始めた。時間を掛けて十ページを読み終えた所で、スマートフォンが鳴った。相沢からの「さっき私が言ったことは嘘じゃない」から始まる長々として不細工な文章のメッセージ。一気に興が冷めた。そのおかげでバスを乗り過ごさずに済んだ。帰ってから相沢の文章を読んで反撃してやろう。

 ジョバンニのことは酒で忘れて、映画を観たり羽佐間の小説を読んだりしているうちに、相沢のメッセージの件もすっかり忘れていた。それを思い出したのは風呂に浸かりながらスマートフォンを弄っていたときのこと。新たな長文メッセージが相沢から送られてきた。

 曰く、「演技が下手というのは、役者各人が思い描く理想の演技と対したときの、技術的な限界である実際の演技のことであるので、私はあなたの演技を腐した訳ではない」らしい。続いて、「私はあなたの言わんとしていることに共感は覚えるが、役者の矜持としてその態度を演技に滲ませるのは如何なものか。ところで、あなたとの稽古は発見が多く(中略)今日の出来事は水に流して、また新たな気持ちで向き合えることを願います」と文章は奔った。私は「長い。黙れ馬鹿」と送った。すぐに返信が来て「最低」とあった。とても分かりやすい。相沢は傷ついたかな。私はすっきりした気分で湯を出た。


 *


 今朝は<西山劇場>の稽古場に向かう時間になるまで、<アトール>で羽佐間の小説を読みながらコーヒーを飲んで時間を潰した。店内は他に客がいなかった。本当にこの店は大丈夫なのだろうか。案外、別口の稼ぎがあって、洋食屋は趣味でやっているのかもしれない。今朝は喋らないウェイトレスは居ない。マスターは開き直っているのか店内のスピーカーを切ってポータブルテレビの時代劇を流している。羽佐間の文章に少し食傷した私はマスターに話を振ることにした。

「ねえ、マスター」

「なんやー」マスターは時代劇から目を離さなかった。

「西山さんとは長い付き合い?」

「せやな。お嬢ちゃんが常連さんになる前からになるな」

「ふーん」

 ということは、相当前からだ。

 私はまた小説を読み出した。妹と同じ名前を持つ姉が、アイデンティティとも呼べる絵画の腕を妹に上回れたところで、文章に読んでて気持ちの良い諦観が乗った。この小説を読んでいるうちに純文学の楽しみ方が身に付いてきたらしい。そのうちに稽古場へ向かう時刻になった。

 稽古場に入ると、主要な役者たちは既に鏡の前で体操していたりストレッチしていたり、表情筋を動かしたりしていた。相沢はいなかった。津田や見学のスタッフは殆どいなかった。もう本格的な準備作業に入り出したのかもしれない。心ちゃんも居なかった。

 やがて西山が入ってきて、稽古の開始時刻になった。それでも相沢の姿は無かった。嫌な予想が頭をもたげた。

 私への当て付けのつもりか? ……役者の矜持がどうの語っていたあいつが、ストライキ。まさかね……。

 カムパネルラ役が居ないので、その日の稽古は大いに停滞した。私たち二人が登場しないシーンは殆ど無い。西山に相沢の不在の理由を尋ねると、風邪らしい。いかにもありがちだ。まず二回、カムパネルラ役不在のまま、つまりカムパネルラを創造で補完して幕を通したが、どう演じても空振りをしているような感覚があり、他の役者にしてもそうだったらしい。結局、西山の指示で暇をしていた女優がカムパネルラに当てられることになった。それにしたって、虚しさが少し薄まる程度だったが。

 役者が稽古に来ないと、当たり前だが稽古の質は落ちる。

「今日は止めだ。もういい。解散」

 西山が言って、予定の半時ほどで稽古は切り上げられた。役者のモチベーションも低かった。化粧室で着替えようと稽古場を出るところで西山に「ちょっと待て」と呼び止められた。

「相沢が休んでいるんだが」

「はい」

「心当たりがあるんだろう」

 無いわけが無い。反射的に視線が横に流れた。

「喧嘩か」

「いやあ……喧嘩という程でも無いんですけど、ちょっとした言い合いというか価値観の相違というか、ですね」

「要するに喧嘩なんだな」

「……」

 西山は天を仰いだ。

「やっぱりこうなったか……」

「やっぱり?」

 西山はため息を付いて私を見た。

「相沢はな、お前が、というより、周囲が思っているほど図太かないんだよ。繊細なんだ。あいつ」

「ええ……?」

「心配事があると、すぐに演技に出るだろ」

 そうなのだろうか。

「出るんだよ。役者なら他人の演技もしっかり見ろ」

「見てます。見てますけど、相沢の悩みなんて存じません」

「はあ……」西山は親指の爪で右の眉毛を掻いた。「お前、ちょっと様子見てこい」

 私は自分の耳を疑った。

「本気ですか? 私がですか? これからですか?」

「お前がだ。これからだ。まだ昼だろうが」

「そこは西山さんが行くところじゃないんですか!」

「馬鹿、通報されたらどうすんだ」

「……ああ……」私は頭を掻いた。

「アホ!そこは突っ込みどころだろ!」

 西山のユーモアは分かりにくい。彼はこう言うが、劇団の名簿で相沢の居住を調べ、あの住宅街で家宅のインターフォンを鳴らしている西山の姿は想像できない。それくらい怪しい風体だということだ。

「そもそも、お前らのトラブルを置いて俺が相沢の様子見に行くのも変な話だろう。お前が行って、あいつに謝ってやれ」言いながら、西山はスマートフォンを弄り出した。

 私のスマートフォンが鳴った。

「相沢の住所送っといたから」西山は稽古場の出口に向かい、扉の前で振り返って、「お前が謝るんだぞ。もう場当たりまで時間ないんだからな」と私を指さした。


 日はまだ高い位置にあった。時刻を見ると午後二時二十分くらいだ。稽古場の近くから出ているバスに乗って、そのまま相沢の家の近く、彼女との稽古の時に降りているバス停に降りた。

 そうしている間にも、何か取り返しの付かない事態が進行しているような感覚に囚われた。心ちゃんのパソコンの、アダルトサイトが写されたときの画面が頭の中でちらつく。私はそれを考えないようにした。


 バス停から相沢の家まではそう遠くなかった。周りが石塀に囲まれていて、門がある。塀の中の敷地には園芸趣味の草木、その周りに玉砂利が敷き詰められていて、家の玄関までは赤い石のタイルが渡っていた。

 鉄の門が見えた辺りで血の気は引いていた。取り敢えず知らん顔して素通りしてから、少し歩いて、電柱の近くで立ち止まり、スマートフォンを取り出し、相沢の家の住所を二度確認した。続いて回れ右をしてから、また知らん顔で門の前まで歩き、こりゃあ立派なお宅だなあ、と心の底から感心しながら横にある表札を横目で確認して、ようやく本格的に後込んだ。

 ええ……声優ってそんなに儲かるもんなの……?

 私は門の前を少しの間ぐるぐる歩き回って、これでは西山でなくても通報されると気づき、意を決して回転の勢いをそのままにインターフォンを押した。

 間を置かず「相沢でございます」と男の声がした。

「ええ、あの、お宅の華さんの、劇団の者なのですが」無意味に私の頭が上下に揺れた。言葉の切れ間に会釈をしているらしい。

「ああ、華の」と言って、インターフォンの向こうで何か動く気配がした。「門は開いています。どうぞ玄関へお越しください」

「はい、はい、どうも」と返したが、既に切れているらしかった。

 少し歩いて玄関の扉を開けると、三十代くらいの男に迎えられた。白髪が少し見えて、線の細い男だった。シンプルで上下共に黒の、体のラインが出るタイトな服だった。

「いらっしゃい。日頃から華がお世話になってます」

「あ、はい。こちらこそ……」

 相沢の兄、だろうか。

「華は二階の奥の部屋に居ます。申し訳ありませんが、調子が悪いようなので」

 何が申し訳ないのか不思議に思ったが、二階に上がる途中に、半開きになっている扉が見えた。その向こうはどう見ても「応接室」だった。普通、客人はあそこへ通されるのだろう。

 二階奥の部屋を空けると、壁紙と家具にカジュアルな統一感がある部屋だった。トータルコーディネートだろうか。相沢はベッドで寝ていた。私が扉を開くと、ゆったり上半身を起こして隣のキャビネットに置いてあったマスクを付けた。

 頬が赤い。風邪は本当だったらしい。

「相沢、昨日はごめん」私は素直に謝った。

 相沢は俯いて指先を擦り合わせた。コットンシャツの襟から、白い首元が見える。

「悪かったって。ムキになってたんだよ」

「取り敢えず座って」言って、私の近くにあった椅子を指さす。

 私は椅子を相沢の方に向けて座った。

「今日、色んな人がカムパネルラの代役をやったよ。でも、私のカムパネルラはやっぱり相沢だよ」

「そっか」相沢は少し咳をした。マスクで口元が隠れているが、照れているのかもしれない。

 そこでドアがノックされて、さっきの線の細い男が入ってきた。お盆にティーカップが載っている。

「カモミールティーです。どうぞお召し上がりください」と笑みを向けられた。

 私はちょっと立ち上がりかけて「ごめんなさい、ありがとうございます、お構い無く」と三拍子で返した。男は満足そうな顔をして出て行った。高そうなティーカップだった。

「古い言い方だけど、相沢はお嬢様だったのか」

「お嬢様って」相沢は笑った。

「今の人、お兄さんでしょ?」

「違うよ。父さん」

「おと、……え?」

 相沢は二十四歳。男は三十代、前半と言ったところだろうか。

「私が二十の頃に再婚して、その時父さんは二十八。変でしょ」

「う、変というか、まあ……はぁ」

 相沢は咳をした。「変だよ」とこぼした。

「お嬢様は私じゃなくて、母さん。祖父が資産家で、そのお金で昔っから自由にやってるらしいんだ。この家も殆ど実家のお金なんだよ。かといって、再婚してから家に寄りつかないし。……はあ。だから、あれも嘘なんだ」

「あれって?」

「母さんが宮沢賢治のファンっていう話。……ああ、頭が重い」

 相沢は怠そうに、私の方を向くように横臥した。熱のせいか、目が潤んでいた。

「本当は、母さんが最近一緒にいる男がそうなんだって」

「男って相沢のお父さんじゃなくて?」

「うん。あの人は、この家を手入れしているだけの人だから。家政婦みたいなもんなの」

「それじゃあ、相沢のお母さんと、その、よく分からない男の人が相沢の舞台を観に来るってこと?」

「多分ね。とんだ事件だよ。家に帰ったら母さんと知らない男と父さんが同じ空間に居る。想像できる? 父さんときたら、さっきみたいに何でも無い顔してお茶出して。変でしょ?お盆持って、台所で突っ立ってんの。ねえ。最低でしょ? 馬っ鹿みたい。そんで、テーブルに置いてあった私の脚本を男が読んでたの。俺これ好きなんだよ、ってさ。はあああ」

 相沢は鼻を啜った。

「だから母さんも来るんだってさ。私の舞台に、観に来る。子供の頃の最初の何度かしか、舞台なんて観に来なかったのに」

 私は脚本を勝手に読まれていた時の相沢の気持ちを想像した。日頃から、演技の書き込みをしている脚本だ。なんだか聖域が侵されたような気持ちになって、辛かった。私は目元に力を込めた。

「だったら、良い舞台にしないとね」と私は言った。

「うん……」

「良い演技して」

「うん」

「相沢のお母さんの記憶に、相沢の爪痕を残すんだ」

「ふっふ」相沢は何故か笑い出した。

「格好良いよ。相沢」

「ふっ。へへへ」相沢は布団の中でもぞもぞ体を動かした。

 カモミールティーは飲み慣れていないが、美味かった。

「あ、ごめん相沢」

「んー?」

「見舞いの品、買うの忘れてたわ」

「は? ははは、要らない要らない、そんなの。明日にはきっと元気だもん」


 その日の晩は少し酒を飲んだ。酒を飲むと寂しさの理由を忘れることが出来た。

 相沢は私と似ているのだろうか。初め、心ちゃんにそう聞いたときはそんなことない、と思ったが。

 私はリビングのソファに寝転がって「杉の歌」を読み始めた。姉が妹と離れて暮らし始めた辺りで、いつの間にか私は眠ったらしい。眠っている間に、心ちゃんの部屋に入ったときの記憶がフラッシュバックした。……パソコンの画面。アダルトサイト。その衝撃に囚われた一瞬。そして、画面上部、インターネットのタブの文字……「破廉恥水着♡美人教師」、その横に、「デート マナー 検索」。

 目が覚めた。私は起き上がった。栞を挟んでいない「杉の歌」が胸から落っこちて閉じた。酒は抜けていた。

 私は心ちゃんの「本当の幸せ」に付いて考え始めた。

 羽佐間の部屋に入って、机の上の小さい鏡の前に立った。部屋の電気は消えたまま。

「私には分からないけれど、誰だってほんとうにいいことをしたら、それでもう幸せなんだと思うわ。……だから、お母さんは私を許してくださると思う」

 カムパネルラの台詞を諳んじる。そうなのだろうか。私は誰に許されるのだろうか。

「本当にみんなの幸せのためなら、私の体なんか、百遍焼いても構わない」

言ってて、違和感があった。やはり私はカムパネルラではないらしい。

 僕が「僕もそうだよ」と返す。

 心ちゃんの幸せは何だろうか。「本当の幸せ」は。結婚だろうか。だとしたら、彼女は女を愛する女ではなく、女も愛せる女だったのかもしれない。子供が欲しいのだろうか。彼女の気質を考えれば如何にもあり得る。

「子供が欲しいんです」心ちゃんの声質を真似て言う。「子供が欲しいんです」

 それから私に何が残るのだろうか。私は女しか愛することが出来ない。子供の居ない未来は、老後は彼女にはもっと現実的に見えていたのかもしれない。あの夜に彼女を受け入れていたら、絶対に何かは違っていた。拒絶を態度に示したのは間違いなく私の方が先だった。あれがいけなかった。

 ジョバンニに会いたい。薫さんに会いたい。羽佐間に会いたい。相沢に会いたい。心ちゃんには明日会おう。

 リビングに戻って、床に落ちた「杉の歌」を拾い、適当なページを開いた。姉が妹に恋人を取られていた。


 *


 椅子に座って読んでいた本のページに、カーテンの間から漏れた朝日が差し込んだ。「杉の歌」を読み終わった。同名の妹を持つ、主人公の女は、結局敗北感を抱えたまま人生を送ることになったらしい。ただ、なんとなくすっきりとした読後感だった。私は自分の部屋に戻り、放置していたゴミ袋を見てうんざりしてから、本棚の空いているスペースに「杉の歌」を突っ込んだ。……そういえば「滲み」の方はどこへやったのだろうか。リビングをあちこち探したが見つからなかった。ふと隅に立ってリビングを見渡すと、飲み物の缶、ペットボトル、インスタント食品の容器、包装、ビニールの袋がこの間ちょっと片付けた時より散らかっていた。どうしてだろう。私は家に帰ってからの自分の行動を追ってみた。

リビングの扉を開く。鞄をそこらに置く。コンビニで買った弁当やらを食べる。コンビニで買った飲み物やら、最近は酒も多いが……それらを飲みながら脚本を読む。テレビを観る。だらだら化粧を落とす。風呂に入る。寝る。……なるほど。ゴミを捨てていないのか。

 空腹を感じて、床に置いといた財布を拾うと、嫌な感触がした。軽い。中を確認すると、札が無かった。<スタジオくらら>のレンタル代は折半だった。その他、ここの所目立つような出費はしていなかったはずなのだが。……ということは、日々の生活費が度を超しているということか。

 もしかして、私って生活力が無いのだろうか。薫さんという、一種の強制力が無くなるとこうも生活が堕ちるものなのだろうか。ソファに座り込んで溜息をつくと、肩がガックリ落ちた。

 今日の稽古は団員の都合を示し合わせて午後六時からだった。朝から夕方まで予定が空いた。それに今日は平日だった。私は心ちゃんに電話を掛けたが、出なかった。何かメッセージを残しておこうと思ったが、やめた。文字で何かを伝えようとすると、大事なことを伝える言葉が腐るような気がした。そこで考え込んで、通し稽古、その後の場当たりに挑むに当たって重要なステップを飛ばしていないか、脚本を読みながら確認した。何周か、シーンを脳内で再生したが、不安な要素は無かった。詰まるところ、暇だった。

 窓の外を見ると小雨が降っていた。私はシャツの上にジャケットを着て近くの駅に向かった。

 駅前には平日らしい人々の忙しさがあった。私は大して金もないのに、駅の構内を見渡せる喫茶店に入って、アイスコーヒーを注文した。丁度改札辺りの様子を見渡せるガラスウィンドウの前に設えられたカウンター席に腰を下ろして、私はしばらくぼうっとして、スーツを着た人々が腕時計を見たり、電話をしたりしながら改札を行く様子を眺めた。私はこういう時、ぼんやり人生の道を踏み外したのかなあと思ったりもするのだが、いや、きっとそのうち実力で、もしくは運の良さでテレビの仕事を……と自分を勇気付ける。実際、<西山劇場>を役者が退団する理由にテレビ番組の仕事が忙しくなったから、というのは少なくないのだ。何にしても、<西山劇場>は比較的大きな劇団ではあるが、日々の稽古にギャラが出ないのは如何なものなのだろう。まあ、舞台に立てる、ということだけでも感謝しないといけないのかな。

 私はアイスコーヒーに浮いた氷をストローで突きながら、殆ど夜を通して読んだ「杉の歌」について反芻し始めた。親の結婚で姉妹になった、同じ名前の二人。やはり、あれは羽佐間と、歌川の方の薫さんの過去がモデルなのだろうか。そもそも、同名の人間が家族として関係を持つことは可能なのだろうか。気になってスマートフォンで検索してみると、養子縁組、結婚で家族となる場合には可能らしい。つまり、無い話では無い、ということだ。しかし。

 薫さん(歌川の方)から、姉の話は聞いたことがない。同名の姉妹なんて、如何にも話のネタになりそうだが、共同生活をしていた私でもその話は知らない。そもそも、何故羽佐間はなぜあの家に現れたのだろう。

 私はストローに口を付けて、アイスコーヒーを啜った。

 ……もしかして、私か?

 そこまで考えて、全く前触れもなく羽佐間の裸体が脳裏に浮かんだ。考えないようにしていた光景だった。そのせいで、私の下腹部で性欲が暴れ出し、しばらくの間、浮いてくる氷をストローで沈める作業に集中して興奮を鎮めた。少し興奮が冷めたと思って、また人々の行くのに目を向けると、そんな時に限って若い女の、スタイルの良いのが目についた。努めて目を逸らして、出来るだけ汚いオッサンが頑張っているのを見る。オッサンは多種多様で、早歩きの禿げたオッサン、汗かきの背の高いオッサン、道に迷ったらしいオロオロしたオッサン、髭が生えて太っているオッサン。……西山じゃないか。「太鼓やで!」の声を思い出して、急激に萎えた。西山は電話で少し話してから、スマートフォンをかざして改札を行った。それから、小洒落た格好をした、本能を突っつくような立ち居振る舞いの女が改札の前に現れ、スマートフォンを少し弄ってから、左の方を向いて手を挙げた。背の高い男が一人、女と合流した。女は少し緊張した様子で礼儀よく頭を下げた。そして二人は並んで改札を通っていった。女は心ちゃんだった。

 ……。

 頑張れ、心ちゃん。

 私はいつの間にか立ち上がっていて、滑稽な程心臓が高鳴っていた。彼女たちが消えた改札の、向こうの人込みを注意深く見ていた。

 ふっと力が抜けて、腰がカウンターの椅子に落ちた。大きく溜息を吐いたら、席を一つ空けて左に座っていた金髪の若い女が、スマートフォンを弄る手を止めて一瞬私を見た。それからまた弄りだした。私は席を立って、喫茶店から出て行った。

 駅前の書店に寄って、大きな本棚の前を適当に流した。殆どタイトルも宣伝の文字も頭に入らなかったが、本の香りを嗅いでいると落ち着いた。尿意を感じて化粧室に行くと、羽佐間からメッセージが入ってることに気が付いた。

「最初の方、編集できたよ」

 例の映画の話らしい。そのあとにムービークリップが添付されていた。

 私はムービークリップは再生せずに、「薫さんとはどういう関係なの?」と送った。しばらく便座に座ったまま返信を待ったが、スマートフォンは沈黙していた。化粧室を出るころには軽率に彼女の領域に足を踏み入れたことを後悔していた。しかし、ちょっとした後に「追々話すよ」と返ってきた。私はそのメッセージを読むと心の底から安堵した。

 私はしばらく人通りの多い中で一人の時間を過ごした。駅前に設えられたベンチで今後のことを考えながら空を見ていた。途中、見知らぬ若い男に話しかけられた。男は一生懸命私に話しかけたが、私は男を存在ごと無視した。それで男は私から離れて、また別の女性に声をかけ始めた。そのうちに、曇り空からまたぽつぽつと雨が降ってきて、それがタイルに斑な模様を付けた。アスファルトとアスファルトを擦り合ったような匂いが立って、スマートフォンで時間を確認すると、そろそろ稽古場に向かう時間だった。私は生気を取り戻して立ち上がり、稽古場に向かった。

 僕は車窓の向こうに煌々と光る赤い炎を見つけた。なんだろう。街頭の灯りだろうか?太陽だろうか。「あの灯りは一体何かな。あんなに赤い火は見たことがない」と言った。

 彼女も車窓をちょっと見て、今度は手元の地図を車窓にかざして読み始めた。「あれは蠍の燃える火じゃないかな」

 すると、彼女の横に座っていた女の子が喋り出した。「あら、蠍の炎なら、私知ってるわ。あなたたち、知らないの? あの炎の話」

 僕らは知らなかった。

「蠍のことなら知ってるよ、人を刺して殺す虫のことだろう」と、曖昧な知識で反撃した。僕はこの女の子に喋ってほしくなかった。でも、喋りだした。

「でも、良い虫なのよ」から始まって、昔、多くの命を奪って食った蠍の話をし始めた。蠍はある日イタチに見つかってしまい、必死に逃げたけど、誰の手も届かない井戸の底に落ちてしまった。こんなことならイタチに食べられれば良かったと蠍は思った。それから、こんなことならあんなに多くの命を奪わなければ良かったと思った。そうして息が出来なくなって、今度はみんなの幸せのために生きれば良かった、次の世にはそう生きたいと祈った。すると、蠍の体は燃え始めて、やがて美しい炎になって夜空を照らし始めた。そんな話を彼女は大変な物語のように語った。聞くに、別離したお父さんから伝え聞いた話らしい。彼女もまた銀河鉄道の乗客であった。死人、ということだ。

 僕はカムパネルラの眼を見た。その眼に映っている赤い炎を見た。そうしていると、賑やかな祭の音が聞こえてきて、眼に映る光が二つ、三つと増えてきた。車窓を見ると、巨大な蠍の炎の下にケンタウル祭の夜があった。僕の隣に座っていた男の子が俄かに目を覚ましてはしゃぎ始めた。祭の光はもう十二十には収まらないようだった。それらは蛍火のように青にも緑にも黄にも変貌し、どれか一つにも蠍の炎のように赤く輝ける光ではなかったが、それはもう美しかった。そうだ、今夜はケンタウル祭だった。

 小さな灯の集まりはそれぞれが母音を無茶苦茶に叫びまわっている。笛の音や喇叭の音を出しているのもいる。蠍の炎を崇め奉っている。なんだか舞台のようだった。いつの間にか車窓から漏れる光が眩しい程になって、私の眼には何も見えなくなった。

 稽古場にはスタッフが来ていたが、案の定白田心は居なかった。一応津田に確認したが、彼女は今日用事があるらしい。そうだろうな。明日の通し稽古には必ず来るはずだ、と言った。津田に感謝を述べて私は着替えに行った。化粧室は混んでいて、入り際に誰かの背中にぶつかった。相沢の背中だった。化粧室の混雑が解消されるのを待とうと、着替えずに出る所だったらしい。化粧室の中では、さっきの稽古で蠍の話をくっちゃべっていた鈴木がどうでもいい話を鏡の前でくっちゃべっていた。私は眉間に力を込めた。相沢は私の顔を見て笑った。

「鈴木さんは何と言うか、女の子だな」トイレの前のベンチに座った相沢が言った。

「女の悪い部分だよ」私はタオルをシャツの中に突っ込んで汗を拭きながら言った。「熱はもう引いたの?」

「うん。今朝にはもうね。風邪うつっていないか心配した」

 それから私たちはベンチで、演技や演出に掠るような話題を適当に流し合った。そのうちにスッキリした顔で鈴木が出、続いて、ちょっと疲れた顔をした女優たちが二三人ぞろぞろ出てきた。私たちはようやく化粧室に入って着替え始めた。なぜこの建物には更衣室というものが無いのだろう。……まあ、あっても今みたいな事態は発生するのだろうが。

 着替えを終えて夜十一時。相沢は父が車で迎えにくるらしい。白田心がいないので、私は徒歩で帰る。相沢が何か、ついでに送ろうかと聞いてきたが、適当な理由で断ろうとした。相沢と彼女父が居る空間が想像できなかった。しかし、はっきりした理由が無いせいか、結局相沢に押し切られてしまった。車は黒いセダン。ベンツだった。乗車する前に、運転席の窓が下がって、相沢の父に挨拶された。予め相沢が連絡しておいたらしい。

「ああ、この間娘のお見舞いに。どうもお世話になっております」

「いえ、私こそ。あの、今日はどうもご迷惑おかけして」また私は頭を上下に揺らし出していた。「すいません。よろしくお願いします」

 相沢は既に向こうの扉から後部座席に乗っていた。どこに乗れば良いのだろう。助手席に乗るのは変だが、後部座席に乗るのも失礼な気がする。

 相沢の父は苦笑して「どうぞ。後部座席に。華の話相手でもしてやってください」と言った。

 私はすっかり顔に血が上ったような気もするが、夜の暗さに紛れただろう。発車する前に家の住所を尋ねられたので、私は自分の住所を伝えた。車が動き出した。

 車が出て数分。相沢と適当に会話していたら、急に反応が無くなった。「相沢?」と促しても、返事はない。よく見ると相沢は腕を寝息を立てて熟睡していた。私は驚愕した。一体何なんだこいつは。

「疲れていたみたいですね。病み上がりですから」と相沢の父がバックミラー越しに言った。

「……そうみたいですね……」

「ところで、今度の公演はどこになるんでしょうか」

 右折。

「変更が無ければ、さいたま市の劇場ホールになると思い、ます……」

 何故相沢から聞かないのだろうか。

 直進。風景が流れる。

「ありがとうございます」相沢の父は小声を潜めた。「調べる手間が省けました」

「相沢に聞けば良いんじゃないですか?」私も釣られて声を潜めた。相沢は寝息を立てている。

 徐行。左折。

「華は、私が舞台を観に行っていることを知らないんです」

 私は不思議に思った。

「……どうしてですか?」私はさらに声を潜めた。運転席のシートに顔を近づけた。

「華が嫌がりますからね」と相沢の父は言った。「でも、私は華の父親ですので、観に行くようにしているんです」

 車がしばらく徐行して、停車の雰囲気を感じた相沢が目を覚ましたらしい。フン、と鼻を鳴らして辺りを見回した。そして不思議そうに私の家を見た。

 私は相沢の父を不憫に思った。しかし、そう思っただけだ。私は相沢の父に感謝して、相沢に別れを告げて車を出た。車がじりじり発進して、住宅街の十字路を左折するのを見届けてから家の玄関を開けた。

 家のリビングは散らかっていた。私は玄関とリビングを仕切る扉に寄り掛かって、ゆっくり腰を下ろして、膝を抱えて座った。相沢は、あの父親とどういう暮らしをしているんだろう。トータルコーディネートの部屋、二人で住むには大きすぎる家、気のままに帰ってくる母親、食事はやはりあの父親が作ったものを、二人で食べるのだろうか。……いや、きっとそんなことはしない。まず父親が先に食べて、相沢が後から一階へ降りてくる。その頃には食事は冷めている筈だから、父親は冷めても美味いような料理を工夫して作るのだろう。

 ……相沢は、きっと父親のそういう姿を知らないわけではないんだろうな。彼女がそういう気遣いを受け入れるには、彼女たちは家族すぎるのだろう。彼女の父親がそういう気遣いを押しつけるには他人すぎるのだろう。要するに、絶妙な距離感なのだろう。あの二人は。

 まあ、私には関係の無いことか……。

 乾いた汗が皮膚に貼りついて気持ちが悪かった。私は熱いシャワーを浴びたあと、下着を変えて、そのまま何も着ないでベッドに入った。羽佐間のベッドだ。最近気が付いたが、片付いた部屋で寝ると、とても寝覚めが良いのだ。布団の中でもぞもぞ動いているうちに私はぐっすり眠ったらしい。酒を飲まないで眠ったのは久しぶりな気がする。

 

 *


 薫さんが私の上に乗っていた。こういう夢は彼女の生前時々見た。その度罪悪感を感じたものだが、この時私は気分良く夢世界に浸っていた。彼女が死んだことを思い出して、早い時間に目が覚めた。空がまだ暗いことを確認して、私は窓の方に横臥してまた寝た。再び目を覚ます前の夢の続きを見た。昨夜の宙ぶらりんになった性欲が作用したのか、夢の中では私の願うように薫さんが動いた。後半になると殆ど覚醒していたが、本能的に眠気にしがみつこうとしたが、昼から通し稽古があることを思い出し、気合いを入れて夢から出た。

 目が覚めると、重力と枕に押しつぶされて中途半端に開いた口から枕に涎が垂れていた。私は一気に目が覚めて、焦ってティッシュで枕を擦った。染みが残った。起きてから考えると、悪夢を見た気がする。私は夢を見なかったことにしてシャワーを浴びた。体に感触が残っていて、朝から不快な気分に落ち込んだ。白田心と最近夜を共にしていないのだ。それも原因の一つだったのかもしれない。黒い下着に白色の染みが付いていた。

 私はリビングの窓を開けて外を眺めた。今日も曇っていた。夜明け頃に雨が降ったらしい。雨の匂いが路上から漂っていた。手櫛で前髪を横に流すと、髪の間の湿気が大気に逃げてすっきりした。あの稽古場は湿気が籠もるから嫌だ。

 羽佐間からムービーを送られたことを思い出して、スマートフォンで再生してみた。

 映像の中の女はこちらに背を向けて歩いている。

「私は西山劇場っていう劇団に所属している。この辺りでは割と有名で、演出家の西山さんは変人だけど、業界では結構注目されているらしい」

 黒いワイドパンツに、それより少し明るい黒のジャケットを着ている。髪は襟元まで伸びていて、髪質は良いように見えないが、同じ長さで揃っている。カメラが女を中心に回って、ジャケットの下に着ているのが心から貰った薄いピンクのシャツであることが分かる。彼女は家から<アトール>までの道をのろのろ歩いている。時々カメラを見てはにかんでいる。

 この日は確か、羽佐間と<アトール>に行った日だ。その後、店内に羽佐間を残して私は心ちゃんに会いに行った。

 感傷的になりそうな雰囲気だったので動画を止めた。私は傘を持って稽古場へ向かった。

 稽古場には多くの役者が詰まっていた。演出スタッフは相変わらず少ないが、彼らも彼らで仕事をしているのだろう。西山は既にいつもの、鏡張りの反対側の壁近くの位置にパイプ椅子を置いて座っていて、その横に津田もいる。彼らから少し離れて、心ちゃんが立っていた。

 彼女は何かに怯えているようにそわそわしていて、私を見ると俯いた。彼女の頬には湿布が貼ってあった。いつかのキスマークを隠していた私のようだった。

 相沢は大石と何か鏡越しに喋っていた。大石が戯けて体を動かすと、相沢は気持ち良い笑い方をした。思えば、彼女は変わった気がする。私の知る今までの相沢はあんな風に他人を受け入れた接し方をする人間では無かった。彼女を変えた要因は幾つか思い当たる。しかし、私が彼女の新たな側面を見いだしたことも事実だった。衝突の多い彼女に、私は完全主義者のイメージを持っていたのだが、最近になって彼女のチャイルディッシュな要素がそうさせると理解した。

 広い稽古場だったが、どこの空間にも他人の間合いに入らない隙間が無かった。私は心ちゃんに近寄った。

「心ちゃん」

「あ」彼女は中途半端な声を出して。ただ俯いた。

「今日、一緒に帰ろう」感情を抑えたまま言えた。

 彼女は微かに顎を引いた。頷いたらしい。

 稽古は全体的に呼吸が合った。瞬間と瞬間だったシーンが連続し、繋ぎ合わされて物語を構築している実感があった。しかし、全幕を通して登場する主役の私たちには、予想はしていたものの非常にハードな稽古だった。それでも、日々の体力トレーニングの成果か、終幕まで息を付くような演技はしなかった。病み上がりとはいえ、相沢にしても同様だった。それで大凡一時間半となる。予定通りだ。それから西山のダメだしを聞きつつ休憩してまた一幕から通す。今度は各所で西山からのストップが入る。ダメだしを受けた役者は少し前から演技をやり直す。当然私たちも演じ直す。至らぬ演技には容赦なくやり直しの指示が飛ぶ。そうでなくとも西山が役者のキャラクターに合わせて台詞を変える。それを繰り返す。そんなことを続けて三時間。途中からは殆ど無意識に演技していて、自分がどこに立っているのかすらも覚束なかった。終幕まで進行して、ようやく休憩が取れた。演技を体に叩きこむ前は、感情の方向性や技法なんかについて深く悩んだものだが、結局、体を動かしている時は無意識だ。実際には相手役との間合いや声量なんかを際どく調整しているのだが、後から振り返ればそういった計算すらも思い出すことが出来ない。だが、無意識で体が動くのは良いことだ。思考の中で自分の過去の体験から得た感情をエミュレートすることができるから。

 稽古が終わった所に役者が集められて、西山は鈴木に対してダメ出しを始めた。何度か同じ旨のことは稽古中から言われていたようだが、鈴木には西山の感覚的な助言が理解できないらしい。結局鈴木が泣き出して、西山は降参して「解散!」と叫んだ。心ちゃんが鈴木に近づいて、何かボソボソ励ましらしい言葉を掛けていた。

 私は鏡越しにその様子を見ていた。この後の心ちゃんとの展開を想像して気が重くなっていた。体を伸ばし始めて気を紛らわせた。稽古場は役者同士の雑談で少し賑わった後に、一人二人と女優が化粧室に向かい、男性は稽古場でそのまま着替えを始め、やがて稽古場には迎えを待つ役者か、私のように団員同士で今後を示し合わせているらしい役者が残った。しばらくして、鈴木が着替えに化粧室へ行った。彼女が稽古場に戻らずそのまま帰路に向かう様子が出入り口越しに見えた。彼女はケロリとしていて、どうやら隣で歩いている水野に慰められたらしい。心ちゃんもその様子をぽかんと口を開けて見ていた。要するに、鈴木に必要なのは心ちゃんからの慰めでは無く、水野からの慰めだったということだ。

 それから私は意を決して心ちゃんに話掛けた。それで私は彼女の車で送ってもらうことになり、それは名目で、私は彼女とホテルに行くことにした。稽古場から出、着替えのために化粧室へ行くと、何故か稽古場に残っていた相沢が付いてきた。またいつもの構図だ。個室の中で相沢と話す。

「あなたって、白田さんと随分仲が良いよね」と隣の個室から相沢に話しかけられる。「いつも一緒に帰ってない?」

「まあ、恋人同士だからね」と私は返した。

 隣の個室から衣擦れが聞こえなくなった。声にならない掠れ声が聞こえてきた。

「相沢。嘘だよ」と私は言った。

「ええ!はあ。もう。びっくりした!」と彼女は露骨に安心した。「いや、何か、考えてみればあなた、なんだか男らしい雰囲気があるもんだからさ。変な話だけど、すごく納得しちゃって、今までのこと思い出してゾッとしちゃった」

 彼女の内心の吐露は、私にすれば結構ショックな内容だった。きっと今、目に動揺が現れているに違いない。個室で話して良かった。役者の彼女には私の心の動きを表情から発見されたはずだ。

 その化粧室の中での会話で、私の中のぼやけていた考えにピントが合った。

 私は<西山劇場>を退団する。正確には、東京の方の劇団に移籍する。

 何にしろ、彼女に別れを切り出して、今の劇団に居続けられる程私は図太くはない。この劇団に恩義はある。養成所からこの劇団で演技を磨いた。薫さんとの思い入れも多い。演出家として西山も好きだ。だが。

 相沢と別れ駐車場の彼女の車に入ると、「ホテルへ行こう」と告げた。私たちが、情事にビジネスホテルを利用するのは、そっちの方がいかにもそうではなく、クラシックな雰囲気があるからだ。顔に血が昇るような言い方をすればロマンチックだからだ。

 心ちゃんはサイドレバーに手を掛けて、停止したまま少し何かを言いたそうにしたが、私は「早く出して」と彼女を急かした。夕方だった。町のビルが路上に長い陰を落としていた。運転している彼女の向こうには町の明かりが走っている。光点が光線になって、晴れの切れ間に降り出した小雨が窓に当たって、光の軌道が滲みだした。窓の前には運転している心ちゃんが居る。彼女の頬には湿布が貼ってある。私は前を見た。そのうちに駅前のホテルへ着いて、顔なじみとなった受付に挨拶。ダブルの部屋を取って、わけ知り顔の彼。腹が立つ。鍵を渡され部屋へ行く。私が先に入って、後ろに付いた彼女が扉を閉じると、私は振り返って彼女に深いキスをした。部屋の短い通路に鏡はなかった。ただ、彼女の頬の白い湿布が見えただけだった。彼女は嫌がった。「待って」と私の胸を手で押し返したが、私は殆どドアと自分の体で彼女を押しつぶすように彼女を抱いた。「痛い、痛い」と彼女が言った。私は殆ど男だった。とにかく彼女の手を掴んで、ベッドに擲つ。窓から差し込む外は真っ赤だった。赤い夕焼けが部屋の中に台形に差し込んでいて、ベッドに仰臥する彼女の頬まで伸びている。白い湿布に色が移っていた。濡れた瞳が私を見ている。それで私は窮屈な程の火照りを感じてシャツを脱いだ。上半身は黒いストラップレスに下半身はスキニージーンズという格好になる。そのまま彼女の上に跨がった。気がつくと、私は喘ぐ程の興奮に内蔵を支配されていた。息の切れ間に「どうだったんだ、え」と彼女に聞いた。「昨晩、男と寝たんだろ?」と続けると、彼女は目を見開いて私を見た。

 私は彼女のシャツのボタンを外し始めた。

「な。なんで。何で?」と彼女はされるがままの体勢で、狼狽えた。

 一番下のボタンを外すのに手間取って、結局そこは放って、彼女の上半身を開いた。ボタンが留まっているのでシャツは二の腕の辺りまでしか脱がせなかったが、十分な程彼女の肌が見えた。使い古された白いフルカップのブラがあった。明らかに抱かれる覚悟がある人間のそれではなかった。私は彼女の肌に残った性交の後を隈なく探し始めた。キスマークの一つでも残っているはずだった。

「昨日、駅で男と会ってるのを見た」と言いながら、彼女の首筋から肩に掛けて、手を触れ探して廻った。経験的に、この辺りに跡は付きやすかった。部屋の電気を付けたかったが、ここで彼女の上から離れると逃げられる気がした。

 心ちゃんは顔を手で覆って泣き出した。

 私は彼女の脇から腰、臍の辺りに手を回して肌を探った。初めて触った頃より腰の辺りに肉が付いていることに気がついた。何か私は焦っていた。彼女の胸の間で引っかかっているホックを外して、白いブラを開けた。彼女の両乳房が綺麗に左右に流れたし、やはり肌も綺麗だった。どこにも私が危惧していた行為の痕跡は無かった。

「ない」

 彼女の呼吸が横隔膜を揺らして、横隔膜が揺れると乳房もだらしなく振動した。

「寝たんだろ? 寝たんだろ?」私はその頃には完全に息を切らしていた。彼女に触れた手が情けない程震えていた。

 私は彼女の背中を探ろうと覆い被さって背中に手を回した。彼女を横臥させようとしたが、その前に彼女の手が私の背中に廻った。そのまま体を引きつけられて、抱き合う姿勢になった。私の顔が彼女の顔に接近した。彼女の化粧は少し落ちて、そばかすがよく見えた。後ろに廻された手が、宥めるように私の背中を擦りだした。

「昨晩は何も無かったんです」

 さらに力で引かれて、私の体重が完全に彼女の上に乗った。私の右耳に彼女の顔があった。「へ、え……?」と押された肺から声が出て、震える私の体が彼女の肌を擦った。

 心ちゃんが私の方を向いて横臥すると、自然と私も彼女に体を向ける形になる。私は慎重に彼女の頬の湿布に手を触れた。肌が突っ張らないようにゆっくりそれを半分まで剥ぐと、顎の辺りが青く腫れていた。明らかに殴打痕だった。私は湿布を貼り直して、上から擦った。

「あの方はこの間の結婚式で久しぶりに会ったデザイナーさんなんです」心ちゃんは話し始めた。

 私は取り返しの付かないことをしたらしい。興奮が萎えて、顔から血の気が引く感触があった。

「以前からお誘いは受けていたんですけど、あの日が初めてのデートでしたよ」

 私は自分の表情を忘れて、変な風な形に表情筋を動かした。

「……あの日は、楽しかった。楽しかったけど、私がタクシーで帰ろうとしたら、変な雰囲気になって。それまで彼も優しかったんだけど」

「ああ……」

「車に強引に入れられそうになって、それで」

 彼女は腫れた頬を擦った。

「殴られた時、一瞬気を失ったんですけど、気がついたらもう車は出てました。怖かった」

「ごめんね」それ以外に言葉が無かった。「ごめん。優しくなれなくて」

「私が悪いんだよ」と、彼女は大人が子供に対する時の声を出した。「好奇心だったんだよ。男性と付き合うってことがどういうことなのか知りたかった。ほら、泣かないで。元気出して。明日も稽古があるんだから」

 彼女が私を横臥のまま抱きしめた。私は泣いていた。

 彼女は間違っている。先に彼女を突き放したのは私だったのだ。それを説明しようとしたが、「うううう」とか「ああああ」とか私の口からは母音しかでなかった。舌が引きつって、表情筋が凍ったように固まっていたのだ。

 それから彼女は私の上に跨がって、私は彼女のペースで抱かれた。私が犯した罪をそれで濯がれる気がした。私の顔は歪んで醜いに違いなかったので、彼女の情欲に水を差さないよう、終始両手で顔を覆っていた。ちらと指の隙間から見えた彼女は、輪郭がぼやけていて、赤い面と黒い面が綺麗に分かれた油絵のようだった。息を吸う唇の隙間から白い歯。充血した赤い眼。

 ……。


 陳腐な芝居で彼女を強引に抱いて、私は彼女の不貞を突きつける。それで彼女との関係が終わるはずだった。しかし、現実に見えたのは彼女を通してみた自分の羞悪な姿で、……。

 彼女は鏡だった。私自身も彼女にとってのそうだったのかもしれない。私が彼女の前で私を演じていたように、彼女も私の前でそうだったのかもしれない。

 結局、私は誰かが居たから誰かになれたのか。そう気づいてみると、胸が刺されるような痛みを感じる。思い当たりがありすぎた。今までの生活の変化にそれは現れていた。互いが居なければ男にも女にもなれない二人は、だからこそ男にも女にもなれた。


 顔から手を離すと彼女はいなかった。しばらく前に、彼女が顔を近づけて何か別れを告げる旨の言葉を告げた。言葉は覚えていないが、胸の痛みは覚えている。無論、刹那的な別離ではなく関係性としてのそれだ。振られたのだ。

 陰毛に彼女がいた跡が付いていた。シャワーを浴びて、洗面所の鏡の前に立つと、裸の女が立っていた。女の顔の輪郭を指でなぞる。太ってはいない。脂肪は付けないように日頃から注意している。眉毛をなぞると殆ど直線を通った。眉間の辺りが悲しそうに上がっている。その下には目。瞼に力を入れないと奥二重になってなんだか眠そうな表情になるので、普段から目力を込めて二重を強調している。「間合いに入ったら斬る、みたいなね」といった水野。なるほど。確かにそんな眼光だ。それから鼻、顎の先。人差し指を立ててそれらの頂点に触れると、第二関節の辺りに薄い唇が軽く触れる程度だ。Eラインと言うらしい。

 ……美人か? 分からない。自分の顔は見慣れている。ただ、相沢のように華があるとは思えない。整っている、程度か。

 Cカップ程度の胸。体毛はそれほど濃くはない、と思う。心ちゃんや羽佐間、それに何度か見た薫さんのそれと比べると、少し黒々としている気がする。

 女だ。


 下着とシャツ、スキニージーンズを着直して、しばしベッドの上に座り呆然とした。

 彼女は私の初めての恋人だった。

 私はこんな私だから。恋人の作り方なんて、どんな人がふさわしいかなんて分からなかった。だから、あの日、殆ど無理矢理彼女に抱かれて、私はああ、こんなもんなんだなって思った。彼女は化粧を取ったらそばかすの付いた、性欲の強い三十代で、私は未だに自分を知らない二十四。それが人生ってもんだよね。

 男女の恋を歌った歌を無理矢理自分に当てはめる気は起こらない。私も彼女も、そういう人間だったってことだ。どう考えても爛れた関係だった。不純だった。これで良かった。これで良かった。

 ……。

 窓の向こうが明度を下げた。くすんだ橙色に藍色が滲み出して、私は走り出していた。

 足に突っかけていたのはホテルの室内スリッパで、エレベータを出るときにつんのめった。知ったような顔をする受付が私を見て、何かを口にして、その頃には私は駐車場に向かってホテルを出ている。

 彼女の車があった。中には誰も居なかった。首を回して周囲を見ても誰も居なかった。私は少し考えて彼女の寄りそうな所を予想した。それで私はまた走って、駅前は時間通りの人混みだった。すれ違う人が私の風体に気づくと怪訝な顔をする。私は何度もつんのめって、またホテルのスリッパを突っかけていることに気付く午後六時。人込みを掻き分けるように駅の改札前、少し辺りを見回して、見覚えのあるような親しみのある顔がこっちを見ていることに気づいたが、それは彼女ではない。無視して探し、喫茶店近くの化粧室に入る彼女を見つける。追って視られて中に入って、そこでは手洗い場の鏡が化粧室の蛍光灯の高いルクスを反射している。そこで一息付いた。

 私は肩で息をしていた。センサーに手を翳して蛇口から水を出して、その水を手で掬って飲んだ。鏡に映った私の顔は紅潮している。

 洗面台の縁に両手をついて、荒く息をしていると、個室から出てくる他人が次々に私を不審そうな目で見る。勝手に見てろ。

 また鏡を見る。演技をしている最中の少年の顔だった。

 そのうち奥の個室の扉が開いて、心ちゃんが出てきた。私を見るなり、私の名前をさん付けで呼んで、それから絶句した。私は横眼でその様子を見ていた。

 彼女の方を向く。思い出すのはいつかの西山だった。

 だって、私は彼女に別れの言葉を伝えていない。あんな幕切れでは、彼女には悲しすぎる。

 そうでしょう。そうだよな。


 私は彼女の方を向いて、表情筋を使って満面の笑みをした。両手を大仰に広げて、腹から「男やで!」と声を出した。

 心ちゃんはしばらくぽかんと口を開けて私を見た。悲しみ、笑いの前に、単純に私の行為が理解に及ばないらしい。

 それから私はもう一度「男やねん!」と叫んだ。嬉しそうな顔を作って。

 彼女は戸惑ったように苦笑してから、高い声で笑い出した。私はそれで本当に嬉しくなった。「信じられないかもしれないけど!」と、また彼女に向かって叫んだら、彼女はまた笑いを強めた。膝に手を付いて、身を折って笑った。爆笑だ。

 それからお互い何も言わずに、私はハァハァ息をしていたし、彼女は始めて見るような、見た人間を笑いに誘うような笑い方をしていた。お互いのそれが落ち着いた頃に、私は彼女に近づいた。

「だから、大丈夫だよ」と言った。「きっと、心ちゃんは幸せになれる。絶対にそうだよ。男の私が保障する」と続けた。

 彼女は俯いていた顔を上げた。笑っていた。私をふんわり抱きしめてから、耳元で「ありがとね」と言った。それから、体を離して、手の甲で軽く、ぺちと私の乳房を叩いた。そこで初めて私がブラジャーをつけ忘れたことに気づいた。彼女は私を置いて、化粧室の出入り口の方を見て遠い目をした。それから歩いて出て行った。彼女が振り向かないで良かった。鏡を見ると、私は切なそうな顔をしていた。

 ああああああ。……はあ。

「終わった」

 口に出して、絶望が胸に染みた。心の澱が乗ったような息が漏れた。

 また人が化粧室に入ってきたので、私は蛇口から水を出して顔を洗い始めた。情けないほどに悲しい顔をしていた。眉間に皺を寄せて、口角が強張って開いている。

 また顔を洗う。両手の隙間から揺れる吐息が漏れた。違和感を感じて足元を見ると、ホテルの薄っぺらいスリッパに赤い色が滲んでいた。どうやら、人込みの中で躓いたうちに、誰かに足を踏まれたか擦ったかしたらしい。真っ赤な血が私の両足の爪から流れて、床のタイルの碁盤目の隙間にそれがインクを落としたように伝っていった。

 痛い。もの凄く痛い。思わず顔が強張る。

 私は足の負傷した部分を庇うように歩いて、化粧室を出た。出た所に、先ほど私を見ていた親しみのある顔があった。久しぶりに見る顔だったので、一瞬向かい合って誰かと思ったが、彼女は羽佐間だった。キャリーバッグの把手を伸ばし、両手を重ねてそれを支えている。

 何故彼女がここに居るんだろう。疑問が湧いて、それから私の情緒不安定なところを見られたという事実が頭に昇る。私は、到底耐えきれない羞恥心に襲われた。羽佐間が何か言おうとした。私は何かを考える前に、全力で彼女から離れようと走った。だが、まともに足を地面に付けると激痛が走り、女性的な悲鳴が私の口から飛び出た。それで人が行き交う中、壁に凭れて座りこんでしまった。

 羽佐間はキャリーバッグを化粧室の前に置いたまま、「あーあーだから言ったのに」と小走りで私に寄ってきて、「怪我してるじゃんか。早く脱ぎな。それ」と言って、ジャケットのポケットからハンカチを取り出した。

「痛いっ。痛いっ痛たた。は。羽佐間、なんでっ」彼女が帰ってくるのに、まだ三日ほど残っていたはずだ。

「予定が早く終わったんだよ」彼女は屈んで私の右足を持った。「ああ、底に穴空いてら」

 羽佐間の手が私の足からスリッパを脱がそうとする。乾いた血が皮膚を突っ張って、また私は悲鳴を上げた。通行人が私たちを不思議そうに見る。

「痛い痛い痛いっ。うっ。あたたたた」

「我慢してよ。恥ずかしいなっ」私の足からパリパリ音を立ててスリッパを剥がす。よくみると彼女も紅潮して、額に汗をかいているのだ。

「うっ。ううううう」恥ずかしいのは百も承知だ。他人に見られる恥なんて、麻痺するほどに味わった。それでは、どうして私は今、恥ずかしいのか。「なんでだよお……」

「あ?」

「なんで、選りに、選って、羽佐間が、……うう。だっ」スリッパが脱げた。開放感に続いて、空気に触れた傷口がチリチリ痛む。眼に涙が滲む。「くそっ」

「じっとしな」あの、語尾を上げる口癖。

「羽佐間、私はなあ、もっと」

「あ?」折りたたんだティッシュを私の足の裏の擦過傷に当てる。ガーゼの代わりにするらしい。

「もっと、私らしいんだよ!いつもは」

「……」羽佐間は私を一瞥して、また足を持ってティッシュの上からハンカチを当てて結んだ。それからもう片方の足を見て「ふいー」と息を漏らした。

「消毒しないとダメだなこりゃ。もう片っぽは後で良いか……」

「もっとクールなんだぞ、普段は」

「分かったって。歩ける?」

「う」私は立ち上がろうとした。すぐに膝が崩れて尻餅をついた。また立とうとする。

「ちょっと待って」羽佐間に押し止められて、私は床に座り直す。彼女は人混みの向こうに消える。キャリーバッグを取りに行ったのだろう。

 私は膝を抱えて座って、顔を埋めた。さっきの心ちゃんが、化粧室を出てくる前の一瞬を思い出して、それで気がついた。あの時、心ちゃんは出入り口に立っていた羽佐間と初めてまともに顔を合わせたのではないだろうか。それで、女の勘のようなものが働いて、彼女が羽佐間だと分かったのではないか。だとしたら、彼女のあの遠い目の説明が付く。

 もしかしたら、今も私を見ているのかもしれない。あの化粧室近くの、駅の改札前が見渡せる喫茶店は、私たちがよく待ち合わせに利用していたのだ。

 しばらくして、羽佐間が小走りでやってきた。

「表にタクシー待たせてるから、ほら」と言って私に背を向けて屈む。

 おぶってやる、ということだろうか。

「恥ずかしい」

「私だってそうだよ。ほおら!」じれったそうに、無理矢理私の手を鎖骨の辺りに回す。


「重い?」

「重いね。膝に来る」

「普段の私はもっと軽いんだよ」

「アホか君は」

「ほんとに」

「……はぁ」

 周囲のざわめきが遠くなって、肌に夜風が当たる。飲食店から流れてくる賑やかな匂いが夏の夜らしい。私は瞼が重くなって、彼女の肩の辺りでうつらうつらしていた。

「私は……私は、もっと女性らしかったろ?」

「どういうことさ」

「男だったのは、あの、化粧室で会った、彼女の前だけだったんだよ」

「ああ……」

 タクシー乗り場に着いたらしい。羽佐間が立ち止まった。

「自分の性別が分からないんだよ」

 羽佐間がタクシーの扉を開いて、私を乗せようとした。

「羽佐間。信じて。本当だよ」

「信じてもいいよ。だけど、私が信じたからって一体どうなるのさ」扉を閉める羽佐間。 反対側の扉を開けて乗り込んでくる。運転手に何か話掛けて、タクシーは走り出した。

「誰かが信じていてくれないと、この世界から私が消えちゃうんだよ」

「……消える……」

 私の抽象的な言葉に、何故か羽佐間は感じ入ったらしかった。

「私が男でも女でもないっていうアイデンティティを、誰かに知っていて欲しい」

 劇団や、外で出会う人々は私を女だと思うだろう。心ちゃんは多分私を同性愛者か、性同一障害か何かだと思っているのだろう。そのどちらの認識も私にすれば半分正解であって、半分不正解だった。観客がいなければ役者は役になれないということだ。心ちゃんがいなければ私は男にも女にもなれないということだ。

 どうにでもあれる本当の私はどこにも居ないということだ。薫さんが居なくなってから。

「こんなこと、薫さんにしか話したことないんだよ」

「あの娘」と初めて聞く薫さんの呼び方を、羽佐間はした。「そういうことか。君、あの娘とそういう関係だったの」

「いかがわしいようなことは」私は羽佐間の予想が妙な方向に進行していないか心配した。しかし、「分かってる」と返ってきた。

「ただ、お互いの存在を承認しあう関係だったんだな。つまり、あの娘、歌川薫もエックスジェンダーだった……。そんな二人があの家で暮らしていたんだな。今まで……」

 羽佐間は何やら難しい言葉を使い出した。

 聞き流して、「薫さんの性自認は私にも分からない」と言った。「私は昼と夜で、ちょっと偏りがあるんだけど」と続けて、私がとんでもないことを言っていることに気づいた。しかし、羽佐間はどこ吹く風だった。

 タクシーが大通りから外れた。風景が住宅地になった。

「いや、多分……あの娘に自認する性別は無かったんじゃないかな」

「……無い?」

 薫さんに性別は無い。男でも女でもなかった。羽佐間が私の予想の通り、薫さんの血縁だとすれば、羽佐間には思うところがあるのだろうか。

 ……そういうこともあるのか。

 タクシーが徐行を始めて、停車した。ちょうど話題に上げていた、薫さんと住んでいた家だ。勝手に扉が開いて、車内灯が点いた。私はなんとか立って出ようとしたが、羽佐間にそれを制されて、結局おぶられた。トランクに積んでいた彼女のキャリーバッグはタクシーの運転手が玄関の前まで持ってきてくれたらしい。彼は車中の私たちの話を聞いていたはずだが、ずっと何も聞こえなかったような顔をしていたのだ。

 羽佐間はまず、私を玄関に転がして、キャリーバックを中に引き入れた。それから靴を脱いで私の脇の下を持ってリビングに引きずっていこうとした。

「待って待って。もう大丈夫だって。もう這っていけるよ」

「あ。それもそうか」と言って、リビングの扉を開けようとした。

 そこで、ようやく私はリビングが散らかっていることに思い当たった。私は焦った。

 私は床に転がった、横臥の姿勢のまま「あ!」と大声を出した。

 視界を横断する、驚いた羽佐間が私を見る。

「今何時だろう……」

 不思議そうな顔で「八時くらいじゃないかな」と言って、また回転ノブに手を掛ける。

「わ!」

 肩をビクンと跳ねさせた羽佐間がまた私を見る。「なんだよ!さっきから」

「……ちょっと、やっぱり引きずってってくれない?」

 羽佐間が不審そうに眼を細める。それから勢いよく右手でドアを開いた。少しの間、彼女は硬直した。「ほーお。ほっほっほ」と、如何にも感心そうによく通りそうな声を出した。「やったもんだね。おい」

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