第10話 舞い降りた混沌の女神

 翌朝、訓練生たちは、訓練内容の説明を受けるため基地内ブリーフィングルームに集合していた。


 刀島隊長とアーニス副隊長が入室すると、全員起立し敬礼。刀島隊長は答礼するとすぐに説明を始める。


「突然ではあるが、本日より諸君らはCRESクレスパイロットと合同訓練を行うこととなった」


 いきなりのお達しに、訓練生たち皆が驚く。


CRESクレスパイロットと合同訓練⁉」

「いきなり、マジで⁉」


 教官の刀島とうじま隊長が手招きをすると、ざわつく部屋に一人の人物が入室してきた。自己複製型ナノマシン「SRN」を投与された人間「CRESクレス」と聞いてどんな人物かと皆身構えたが、入室してきたのは、なんと女の子だった。


 亜麻色の長い髪、アイボリー色のブレザーとスカート、シャツの襟もとには薄ピンクのリボン。一般の高校の制服と思われる装い。そんな女の子が、とても緊張した様子でブリーフィングルームに入室してきた。


 自分たちと同じくらいの年齢としの女の子に、訓練生たちは皆、動揺を隠せない。


「本日から6日間、諸君らと共に模擬戦闘訓練を行うことになった、フェリシティ・ヘザリーバーンさんだ」


 刀島とうじま隊長の紹介の後、手で促され一歩前に出てお辞儀をしてから第一声。


「ラズリコット・カレッジから参りました。フェリシティ・ヘザリーバーンです。えっと……今日から皆さんの訓練に参加させていただきます。皆さんの足を引っ張らないよう精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します!」

 の、穴が開きそうなほどの熱い視線に耐えながら、恥ずかしそうに頬を紅潮させ、目をギュッと閉じて挨拶をする。とても緊張した様子ながら丁寧で初々しいその姿。


 普通の高校生らしい挨拶に訓練生たちは皆、新鮮さを感じる。


 その柔らかく、頼りなさそうな雰囲気からは、とても軍用SWGのパイロットには見えない。


 こんな華奢な女の子が14mを超える人型機動兵器を操ることなどできるのかと、皆、にわかに信じられない様子でその少女を見やる。


「この子がCRESクレス? パイロット⁉」

CRESクレス、見た目は俺らと全然変わんないよな」

「14m級のSWGを操縦できんの……こんな子が、本当に?」

「あんな細い腕で、軍用SWG操縦できんの?」

CRESクレスつったって、まだ普通の高校生だろ。なんで一般人が軍事訓練に?」

 ざわつく室内、とその時。


「貴様らあっ私語は慎めええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっ‼」


 刀島とうじま隊長の怒声が轟雷のごとく室内に鳴り響く。一瞬で場が静まり返る。


 ビクッとはするが、訓練生たちにとっては、いつものことなので慣れているのだがしかし、一人、見るも無残に完全に委縮してしまっている。しかもあの超でかい金切り声の怒声を最も間近で浴びてしまい、ひどく顔が青ざめている。


(あちゃ……普通の学生、しかも女の子がいきなりあれを喰らったら、そりゃそうなるよな) 

 その姿を見ていた櫂惺は気の毒に思えた。

 

 刀島とうじま隊長は咳ばらいをして話を続ける。


「ヘザリーバーンさんはHERITエイチ・イー・アール・アイ・ティー所属のSWGパイロットである。皆、くれぐれも失礼のないように。ヘザリーバーンさんに不埒なことを働いたら、その時は、分かっているな、貴様らっ!」

 刀島とうじまは訓練生たちを威嚇するようににらみをきかせ、強く警告する。


 訓練生たちにとっては、いつものことなので何ともないが、教官の隣にいる、にらみを利かされていないはずのヘザリーバーンさんが、なぜか脅えている。足も心なしか震えているように見える。


 普通の女子高生が、いきなりこんなところにつれて来られて、何だかすごく可哀そうに思えてきた。


「えいち・いー・あーる・あい・てぃー?」

 訓練生たちが、またひそひそと小声で話し始める。

「何それ」

「すごいの?」

「知らん、でもなんかカッコイイ」

「よくわからねぇけどスッゲ」

「てか、めっちゃかわいくね」

「昨日の女の子だ、運命…………」

「かわいいな」「かわいい」「うん、かわいい」「超かわいい」

「なんかここまでいい匂いしてきた。むふ」


 またざわつき始めた連中に、教官の刀島とうじま隊長はにらみを利かせ黙らせる。


 しかし、訓練生たちを黙らせていた刀島とうじまもまた、心がざわつくのを感じていた。H.E.R.I.Tエイチ・イー・アール・アイ・ティーとやらから派遣されてきたこの少女、容姿端麗でいて見た目も清楚。雰囲気もはかなげでいて、緊張した様子がまた初々しい。 形容するに、まさに可憐な美少女。


(妻帯者のこの俺ですら隣にいると、年甲斐もなくドキドキしてしまう。ましてや……こいつら童貞どもなど、一溜りもない)


 興味なさそうなふうを装いながらもチラチラと横目で見ている者。

 

 なぜか念仏を唱えながら何かと闘っている坊主頭。

 

 泥水の中を匍匐前進ほふくぜんしんしようとも、絶対に折れたり汚れたりしないよう幾重いくえにも光学薄膜こうがくはくまくを張り巡らしたアイドルのブロマイドを密かに忍ばせた左胸ポケットに手を当てて葛藤する者たち。


 涙ぐましい無駄な努力。じかに接し五感に訴えかける美少女を前に、抗うすべなどない。


 こいつらは苛烈な訓練にも耐えてきた自慢の教え子たちだ。しかし、こいつはいささか分が悪い。


――まずいことにならねば良いが……。


 刀島とうじまは言い知れぬ不吉なものを感じながらも、ブリーフィングを終え、戦闘訓練が行われる演習場へと向かう。

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