第9話  月――スティクス――

 再び〝月〟面でのSWGの戦闘模擬訓練を行うため、工科学校のパイロット候補生たちを乗せたSWG輸送艦は、ニューランズ・コロニーを出航し、惑星ヘレネーの月「スティクス」を目指す。


 櫂惺かいせいはSWG訓練に参加できないが、それでも何か自分にできることがあればと無理を言って同行の許可を得て、訓練中はSWG教官でもある刀島とうじま隊長を補佐することが認められた。


 訓練生たちの乗るSWG輸送艦が、視界一面に見えるほど月に近づくと、その不思議な星の姿があらわになる。


 色とりどりのオーロラが、絶えず月――スティクス――の空を飾っている。地表は大量の塵によってもやがかかり、スティクスの輪郭はいつもぼやけていた。


 輸送艦が寄港するアムレート市に近づき、月の表面がはっきり肉眼で捉えられるようになると、大地の至る所で青いマグマが流れている。初めてこの光景を見た人たちはこれを水の川と勘違いしたらしい。なぜ溶岩が青く発光しているのか、未だ謎とされている。


 惑星ヘレネーから見て、月「スティクス」の裏側に位置するアムレート市は、巨大クレーターの中に建設された都市であった。


 AIと無人機械による開発、加えて工場の生産性を最優先にしたため、雑然としていて、人間の利便性などは二の次の都市設計となっていた。


 都市の空間には縦横無尽にレールが敷設され貨物列車がひっきりなしに走っている。さらにそのレールの間を大小様々なドローンたちが忙しく飛びまわっていた。


 その甲斐あってわずか7年で、このアムレート市は月最大の都市へと成長を果たしていた。


 スペースコロニーとの定期船も常時運航され利便性も良く、多くの企業が進出、市内に軍の基地も存在し、軍関係者も多く滞在している。


 訓練生たちの乗る輸送艦がアムレート市の軍港に入港。接舷された艦の出入り口にガラス張りのボーディングブリッジが渡され、訓練生たちは下艦準備に入る。


 そんななか、訓練生たちの興味が1隻の軍艦に引きつけられる。


「なんだあれ? 見たことないタイプのふねがあるぞ」

 訓練生たちが右側の窓に集まり隣に停泊している軍艦を覗き込む。


「あれ軍艦だよな?」

「こっちの港、軍港だし、そうだろ」

「それにSWG搭載艦だろ。射出カタパルトあるし」

 訓練生たち皆興味津々とその軍艦らしき艦船を食い入るように見る。


「でも、何の表記もされてないぜ」

「特殊部隊のふね?」

「マジ⁉ かっけー」

「いや、知らんけど」

「何あの色、グレーというか、銀色?」

「光沢というか、少しキラキラしてるぜ、変わった塗装してんな」


 白銀の塗装を施された謎の軍艦に渡されたガラス張りのボーディングブリッジを歩く軍人たちに交じって、不思議な一団の姿が目に入る。スーツ、ツナギ、白衣、ウェアラブルデバイスづくめ。他にも研究者や技術者のような人が多く見て取れる。その中で、ひときわ目を引いたのが、


「おい、見てみろよ! JKだ! JKがいるっ‼」

「うそっ⁉ どこっ?」

「マジっ⁉」

「えっ、どこ、どこどこ⁉」

 一斉に色めき立つ艦内の一室。


 軍艦に架けられたガラス張りのボーディングブリッジの中を、一般の学校のものと思われる、上下アイボリー色の制服を着た少女が歩いていた。


「ほんとだ、女の子だ! 女の子がいるっ!」

「すっげ! JKだ!」

「うわっ俺JK、生で初めて見た! マジ感動……」

「うおおおおお! 生JKえええええええええええええ!」

「女の子! 女の子、お、お、おω@£%♭¥*☆#」


 ただ普通の女子高生が歩いているだけなのに、訓練生たちのいる一室は、超大物スターが突然街中に現れたような賑わいを見せる。


 ニューランズ・コロニーに来て以来、一般の学生と接点のない工科学校の訓練生たちにとって、女子高生は別世界の住人。


「スカート‼ スカートっ‼」窓にへばりついて下から覗き込もうと四苦八苦するやからまで。ボーディングブリッジは訓練生たちのいる艦室から十数メートルも下、見えることなどあり得るはずもないのに。


 と、艦室の扉が乱暴に開かれたと思った、その刹那。


「何をやっとるかっ! 貴様らあああああああああああああああああっ‼」

 一人の将校が入ってきたと同時に怒号が轟く。


 訓練生たちは電光石火の動きで整列、直立不動で入ってきた将校に向き直り一斉に敬礼。


 入室してきたのは、この部隊の隊長でありSWG訓練教官の刀島とうじま少佐。鋭い眼光で訓練生たちを睨みつける。


 場が一瞬にして極限の緊張に包まれ、空気が凍てつく。


「貴様ら、下艦準備もせず何をしていた。霧笛っ‼」


 訓練生16名もいる中から、なぜか迷うことなくご指名を受ける。


「ハッ! 自主的に情報収集活動を実施、連携強化に努めておりましたっ‼」


「……いったい、何の、情報収集、かっ?」


 大量の飛沫が顔にかかるほどの至近距離で、睨まれながら詰問される。


「ハッ! 女子高生の情報収集――いえっ‼ 不審船及び敵性天体の情報収集に努めておりましたっ‼」


「貴様、いま女子高生、とか言わなかったか、んん?」

 刀島とうじま隊長の被るキャップのツバが、おでこにつくほどの超至近距離で睨みつけられながら問いただされる。


「いえ! 決してそのような言葉は発しておりません! の情報収集に務め、危険な太陽嵐が発生しないかを監視しておりました。特段の異常は確認されませんでしたっ‼」


 冷や汗が背中を伝う。


「ふんっ、まあいい、下艦‼」


「「「「「「ハッ!」」」」」」」

 訓練生たちが大急ぎで下艦準備に取り掛かる。


   ***


 アムレート市にある軍の宿舎に移動した訓練生たち一行は、割り当てられた自室へと向かう。


「カイちゃん、来て大丈夫なん?」

「病気なんだろ、寝てなくていいのかよ?」

 宿舎のエントランスでアーティットとシェノルが心配して声をかけてきてくれた。ウィルもその後ろにいて、心配してくれているようだ。


「ああ、別に寝てなきゃいけないわけじゃないから。SWGには乗れないけど、何かできることがあれば何でも言ってくほしい」


 メンタル疾患と言っても精神に異常をきたして、気が狂ったわけでもないから、傍目はためから見ても分からないし、やはり説明してもなかなか伝わらない。


 実際のところ、自分もこの病気にならなかったら、「パニック障害」なんて知る由も無かった。

  

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