第29話 転校生は注目の的なのです。

「グッモーニング。ミスター森末」


 私は真新しい制服を着て、学校の職員室にいました。


『おはようございますシェリーさん。緊張していますか?』

「イエス。ちょっとだけ…。」


 初日から竜也と登校したら、変な噂が出そうだったので、葵に相談したところ、一緒に登校してくれることになり、今に至ります。


『一緒に今日から入る教室に向かいます。初めに自己紹介をしていただきますので、考えをまとめておいてくださいね。』

「イエス。」


 日本の学校は、私にとって完全なアウェー。竜也や葵の通う学校とはいえ、その他の生徒達は皆、英語が通じるわけではありません。

 私は担任の教員と共に、これから通う教室へと向かいます。歩きながらも大きく息を吸って吐く事を繰り返しました。


(大丈夫。私ならやれる…私ならやれる…。)


『大丈夫かい?シェリーさん。』

「は…ふぁい!」


 急に話しかけられるので、私は驚いて顔を見上げました。気づいたら既に教室の前に立っていたのです。


「あ…アイム…オケー」

(いや、日本語で何と言うんだっけ?)


 緊張のあまり、日常生活会話の日本語が出てきません。


『では、私が合図をしましたら入室して、一言お願いしますね。』


「は、はい!」


 そう言うと、担任教師は中へ入って行きました。


(落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて)


 その間に私は、自分の気持ちを鎮めていました。すると、教室内が静かになりました。


『起立!礼!着席!』


  一人の掛け声に何やらガタガタと音が聞こえる。


(中で一体何があったの!?)


 私は少し驚いているところに、担任教師の声が聞こえる。


『えー。今日は皆さんに転校生の紹介をします。では、入って来て下さい』


 そう言われて、私は恐る恐る引き戸を開けて中に入りました。そこには、これから私のクラスメイトになる人達が、一斉に私を注目しています。


「ふぅ…。」


 大きく息を吸って、私は一言目を頭に思い出します。


「I'm from San Diego, USA. This is Shelley Williams.Nice to meet you.」

(はじめまして!私はアメリカ・サンディエゴから来ました。シェリー・ウィリアムズです。)

「I was interested in Japanese culture and history, and I was planning to study abroad from last year, but it was postponed due to the spread of illness worldwide.」

(日本の文化や歴史に興味があり、本当なら昨年からの留学を予定していましたが、世界的な病気の蔓延により延期しておりました。)

「I'm still not good at Japanese, but I would like to talk with you a lot and learn it.

thank you.」

(日本語はまだまだ下手ですが、皆さんといっぱいお話をして覚えたいと思います。

よろしくお願いします。)


 最後は笑顔で会釈してこれで完璧…。と思ったのですが、教室内が少しざわざわしています。


(私…何が変な事言ったかな?)


 私はそう思って、視線を教師へ向けました。すると、その教師も少し咳払いをするような仕草を見せます。すると、一人の生徒が手を上げました。それは、制服に身を包んだ竜也でした。


『シェリー?ジャパニーズ、プリーズ。』


 そう言われて、私はやっと気が付きました。


(わーーーー。私、緊張のあまり母国語Englishで話しちゃってるーー)


 すると、その一声に堰を切ったように声が上がります。


『え?シェリーちゃんって言うの?』

『あたしも日本語で聞きたい~。』

『途中、わかんなかったよね。』


『こら、シェリーさんが困っているでしょう。』


 途中から教師が止めに入って教室が再び静かになる。私は既に自分の顔が熱くなっている事に気づいていました。


「あ…あ…あの…、その…シェ…シェリー・ウィリアムズデース。よ…ヨロシクオネガイシマース」


 これが限界でした。私は深々とお辞儀をすると、教室内からは拍手が起こりました。


『あ~シェリーさんの席は空いている席なので、そこへ座ってください。』


 教師の言葉に、私はすぐに顔を上げて左右を確認すると、竜也の後ろに席が一つ空いていました。

 席に着くとすぐに、竜也が後ろを振り向いて、小声で私に言いました。


『Good job』


 その一言に少しムッときた私は、頬を膨らませて目線を逸してやりました。すると、目線を逸した先に、葵の姿も見えました。


『シェリー、リラックス』


 そう言って笑顔を見せる葵。


(葵と竜也はクラスメイトだったのね。そう言えば葵は竜也と同じ学校に入りたくて、努力したと言っていたわね)


 私は葵に対して笑顔で頷いて、ジェスチャーでのみの返事を返しました。


 授業が始まると私の苦悩は更に続きました。私の苦悩は自分でも自信の無い日本語のです。日本の授業は祖国の授業とは違い、教師の口頭による聞き取りと文字による書き写しが多く、日本語がまだ上手く書けない私は、目と耳を使って何とか日本語を翻訳し、英語で書き写すという慣れない時間が続きました。


(もう…日本の授業もアメリカと同じくプリントでやればいいのに…)


 入学前の準備で、日本語の教科書を入手した時から不安に思っていましたが、まさかここまで教科書を多用するとは思いませんでした。ちなみにアメリカで使っていた教科書はボロボロのレンタル物でしたので、新品を買うことにも驚きでした。


(はぁ…もっと日本語で書けるようにならないと…。)


 私の受ける初めての授業は、書きが追いつかず自分でも何を書いているのかわからなくなっていました。

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